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R E D - D I S K 0 1  作者: awa
CHAPTER 01 * ENDING AND BEGINNING
3/91

* West Castle

 祖母の質問には、できる限り答えた。

 どんな友達がいるか、好きな男の子はいるか、学校生活はどうか、どの授業が好きで、どの科目が得意か。中学は楽しみか、部屋をどんなふうにしたいか──洋裁の仕事をしているから、今度サイズを測って服を作ってあげる、とも言われた。

 それでも、どちらも両親の話はしなかった。“親”だとか“家族”だとかいう言葉を出すことは、どちらもしなかった。

 祖母は、このあたりも昔は、この家のように屋根裏部屋のついた二階建てや三階建ての家が多かったと話した。だが数十年前、家の建て替えが多く行われ、オールド・キャッスルからはそういった家のほとんどが姿を消した。この家はその名残だという。

 そして、オールド・キャッスルがどんな場所かも教えてくれた。西地区のニュー・キャッスルとは違い、誰かれかまわず挨拶する高齢者が多くいるほか、赤の他人に対しても驚くほどフレンドリーだったり、逆に容赦なく叱りつける大人もいるという。そして向かいのブロックにひとり、中学生の女の子がいると。

 私もなんとなく知っていたことではあるが、ウェスト・キャッスルはの小さな町にも関わらず、オールド・キャッスル地区とニュー・キャッスル地区でいくつかの点において、少々の違いがある。

 地区を区切っているのはウェスト・キャッスルを南北に走るキャッスル・ロードで、西に位置するニュー・キャッスルは、小学校を含むきれいめな家屋やマンションや多く建ち、道路もほとんどは整備されていて、住宅街も西に進むほど小綺麗になり、閑静な雰囲気が漂っている。住人の平均年齢層はオールド・キャッスルに比べると低めで、それ故か子供も多い。だが隣人の細かい情報など知らないことのほうが普通で、よそよそしさが目立つ。

 東側にあるのがオールド・キャッスルで、中学校を含め、古い住宅や小さな工場、建物が多く、ニュー・キャッスルに比べれば貧困層も平均年齢層も高い。代わりに、最低でも四方のブロックに住む人間同士ならたいていが顔見知りで、相手の家が何人暮らしか、大黒柱の職業がなにかくらいまでなら、当然のように把握されている。名前や顔を知らない人でも目が合えば挨拶を交わしたり、祖母の言ったように、悪さをすればたとえ赤の他人だろうと容赦なく怒鳴りつけ、でも普通なら怒るだろうということに対しては寛容だったりする大人がいる。まるで通りをはさんで時代が変わるようだった。

 そしてそんな違いは一時期、このウェスト・キャッスルにおいて、西地区と東地区に分かれ、大きな対立を招いていた。オールド・キャッスルの人間は、新しいもの好きで気取った態度の目立つニュー・キャッスルの人間を嫌い、ニュー・キャッスルの人間は、古い考えを捨てようとしないオールド・キャッスルの人間を見下した。差別のようなものがあったのだ。

 もちろん、全員がそうというわけではない。だが数十年前のこの町は、ニュー・キャッスルの人間かオールド・キャッスルの人間かというので、話す相手を決めるような部分もあったという。

 けれども私の学年ではあまり、そういうのはなかった。確かにオールド・キャッスルだのニュー・キャッスルだのということを気にする人間はいるし、そういう親や祖父母を持つ生徒もいるけれど、少なくとも同期のあいだでは、どちらに住んでいるかということより、地味か派手かで友達を選ぶことのほうが多い。同じ派手タイプなら、オールド・キャッスルとニュー・キャッスルの人間同士でも、仲がいいということは多くある。

 詮索されるのがキライで、知らない大人と話すこともそう得意ではないけれど、この引っ越しのことは、中学が近くなったのだからと気にしないことにしていた。小学五年生の時に友達と中学の話になり、それがひとつの区切りになるかもと考えていたからだ。

 深夜の両親の喧嘩に耳を塞いだ日々。目に見えて“家族”が壊れていった日々。

 いじめられたことはないけれど、燃えるように赤い、マダー・レッドとまで表現されたことのある髪のせいか、一部の友人を除き、なにもしていないのに本能で危険なものと意識してるように自分に遠慮するか、それを逆手にとって私をリーダーであるかのように扱うか、もしくは勝手に敵視してくる同級生たち。昔からキライでキライでしかたない同級生の嘘つき女はいるし、わかっていたこととはいえ、険悪な状態を数年続けたあげく離婚した両親に捨てられ、よく知らない祖母と暮らすことになった。

 もうこれ以上、悪くなる気がしなかった。なにがどうなろうと、どうでもよかった。

 部屋は三階にあるワンフロアの屋根裏部屋をもらった。一階から二階へとあがった階段のつきあたりにドアがあり、一応はそこからが部屋ということになる。ドアの向こうは右に伸びる階段になっていて、そこをのぼってはじめて“屋根裏部屋”と呼べる場所に辿り着く。

 階段のつきあたりは仕切りのように壁になっていて、その反対側には階段に背を向けるよう設置されたクローゼットがあった。はじめて入ったそこはゲストルームだったらしく、ダブルベッドやチェスト、テレビボードはそのまま使わせてもらうことになった。アンティークのデスクとチェアは、引っ越し業者が二階から運んできてくれていた。両側の天井が少し低いのは当然だが、家具はじゅうぶんに置ける。バスルームがついていないのが残念だけれど、その点を気にしなければとても広く、それでいて屋根裏部屋ということを考えれば、まるで秘密基地のようだ。

 とは思っても、そんな感想を口にすることもなく、祖母と一緒にいくつかのダンボールを整理した。

 持ち物はほとんどない。一部の友達にもらったもの以外、ぬいぐるみや人形などは捨ててきた。小学校の教科書も捨てたし、卒業証書も卒業アルバムも捨てた。友達との写真アルバムは持ってきたけれど、見るつもりはない。私は写真がキライでほとんど写っていないし、それ以上に、過去を思い出すことはしたくない。だからニュース・ペーパーに何重にも包んでテープで留め、二度と開かないと誓った。

 大好きだった音楽関係の物も捨てた。お気に入りのCDどころか、コンポやプレーヤーでさえも捨てた。あのヒトたちと関わるモノは、できるだけ捨てなければいけない気がしたからだ。

 ブラウン系のアンティーク家具で揃えられた、ブラウンの板張りの屋根裏部屋だからこそ、整理されたぬくもりある部屋のようになったものの、子供らしいとはとても言えない、最低限のモノがあるだけの部屋になった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 祖母と一緒に夕食をとり終えたあと、リビングのソファに座ってテレビを観るともなしに観ていると、玄関のベルが鳴り、キッチンで食器を洗っていた祖母がこちらを振り返った。

 「イザベラ、出てくれる? 勧誘だったら断って。しつこかったら呼んでくれれば行くから」

 その名前を呼ばれるのはキライ。「はい」

 私はテレビを消して玄関に向かへと向かった。

 ドアの鍵をはずすとすぐ、勝手にドアが開いた。同じ歳くらいの背の低い、肩下まである栗色の髪を持った、黒いスウェット姿の女の子が立っている。

 「あ、ごめん。デボラは?」戸口に立った彼女が言った。「っていうか、あなたが彼女の孫?」

 デボラ。祖母のことだ。「そうですけど」

 「ああ、やっぱり」彼女は笑顔で右手を喉の下にあてた。「私はリーズ。この近所に住んでるの」今度は右手でななめうしろを指差す。「近所って、向かいのみっつめの角の家なんだけどね」

 小さい。「中学生?」

 「そーだよ。あなたはもうすぐ一年よね? 私は二年になる」そう言って、彼女は悪戯っぽく笑みを浮かべた。「ま、しょっちゅうサボってるけどね」

 オールド・キャッスルに住む中学生以上の子供は、なぜか素行の悪い問題児が多い。もちろん全員がそうというわけではなく、ニュー・キャッスルに比べればタチが悪いという話で、これもオールド・キャッスルとニュー・キャッスルにある違いのひとつといえる。

 オールド・キャッスルにあるコンビニや公園には夜、学校にも行かず仕事もしていない不良が集まっている。喫煙や飲酒だけでなく、窃盗や暴力といった犯罪を犯すのは当然で、純粋な子供を悪の道に勧誘するのもすべて彼らだ、とまで言われている。もちろんこれもニュー・キャッスルに比べれば多いというだけの話で、ニュー・キャッスルからも時々、そういった犯罪を犯す人間が出てくるが。

 この違いは昔からあるもので、最初からニュー・キャッスルに住んでいれば、ほとんどがロクなものではないという眼でオールド・キャッスルの人間を見たり、貧困率が高いだとか考え方が古いだとかいうイメージだけで、最初からオールド・キャッスルの人間を見下したりする大人もいる。ニュー・キャッスルの一部の人間にとっては、オールド・キャッスルに住んでいるというだけで、その相手を見下す理由にはじゅうぶんなのだ。つまり偏見がとても酷い。

 そして一部のオールド・キャッスルの人間は、そんな偏見と陰口にまみれたニュー・キャッスルの人間を嫌う。数十年前に比べればかなり改善されたとはいえ、はっきり言おうと言うまいと、大人がそんな考えを植えつけていくから、子供もそうなる。だからそういう考えはいつまでもなくならない。

 通常ならあっても町対町のレベルだろう問題が、ウェスト・キャッスルというこの小さな町では、東と西という小さな地区レベルで起きていた。

 つまりこのヒトは、オールド・キャッスルの不良側のヒト。

 私は彼女に訊いた。「祖母に用が?」

 「うん。っていうか、あなたに──」

 「あら、リーズ!」

 振り返ると、エプロンをはずした祖母がリビングから顔を出していた。こちらに来る。

 「明日だと思ってたわ。今日だった?」

 「んーん」彼女は祖母に答えた。「明日ニコラと一緒にだけど、いきなりこんなのが」両手を肩の高さまで上げて手の平を見せた。「突然二人も来たら、彼女もちょっと引くんじゃないかと思ってね」

 私の隣に立った祖母は笑った。

 「そんなことないわよ」と言ってこちらに言う。「さっき話したでしょう。向かいブロックに住んでる唯一の中学生よ。リーズっていうの。中学に入ってからの素行はあまりよくないけど、根は悪い娘じゃないわ」

 「褒めてるのかよくわかんないな」再びこちらに視線を戻す。「なんて呼べばいい?」

 「ベラ」

 私は即答した。できることならもう、この名前に変えてしまいたい。まったく別の名前にできるなら、そっちのほうがもっといいけれど。

 「オッケー、ベラね。明日、もうひとり友達連れてくる。その時ゆっくり話そ。中学のこと、色々教えてあげるから」

 腰に両手をあて、祖母は彼女に微笑んだ。

 「あまり悪いことは教えないでね、リーズ。わかった?」

 彼女が笑う。「わかってるよ、デボラ。じゃあね」

 笑顔で手を振り、リーズは帰っていった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 寝る準備をしたあと、静まり返った屋根裏部屋のベッドに入った。

 祖母がなにを考えているのか、よくわからない。

 確かに引っ越しはしたけど、転校生じゃない。

 確かに中学生になるけど、まったく知らない場所というわけでもない。

 ウェスト・キャッスルには小学校も中学校もひとつずつしかなく、持ち上がりだ。ときどき転校していったり転校生が来たりすることはあっても、メンバーは基本的に変わらない。

 中学は小学校と違いはっきりとした上下関係があるという話だけれど、そんなことに興味はない。媚を売るタイプでも守ってもらうタイプでもない。自分の身は自分で守るタイプだ。今までずっと、そうしてきた。

 不良にだってなる気はない。さっさと中学を卒業して高校に入学して、それを卒業したら自立する。今はそのことしか頭にない。それ以外は必要ない。新しい友達が欲しいわけではない。面倒をみてくれる先輩が欲しいわけでもない。どうでもいい。

 目を閉じ、いつもの映像を再生した。

 早く大人になりたい。大人になって、ひとりで生きていきたい。

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