* Instant Killing
とりあえずと思ってソファのコーナー部分に座ると、ビールを飲み干したアゼルも隣に座った。最初に会った時と同じように彼が左で、コーナー部分にはクッションを数個置き、ふたりして背をあずけた。
「真昼間からヤッたこと、あったよな」アゼルが言った。
聞こえない。「男はみんな野獣か」
「野獣ってのはもっとこう、すごいぞ」
「顔を選ぶ野獣」
「贅沢だな」
「野獣は目の前にあるもんぜんぶ食べなきゃダメだよね。皿までも」
「んじゃブルがそうだな」
「ほんとだ」と笑って、彼の肩に頬をあずけた。目を閉じる。「昨日おばあちゃんに言われた。眠れるならもっと寝たほうがいいって」
「だろ。無理してつきあわなくていいんだって」
「でもなんか気遣うじゃん」
アゼルも私の頭に自分の頭をあずける。
「お前の場合は気遣う相手が変」
「でもさすがに、この性格の悪さをいきなりぶつけたら、引くでしょ」
「俺はおもしろいと思ったけどな。お前と一緒で、俺もビビられるほうだし。背がデカいだの目つきが悪いだの、なんだかんだ。女にはモテるけど。いろんな意味で、初対面であんだけ態度悪かったの、お前だけ」
「さっきのあんたを起こすマスティは怖かったけど、あんたを怖いと思ったことはない気がする。や、するだのしないだのって話の時はたまに怖いけど」
「なんでそこだけ怖いんだよ。どんなだよ」
「さあ──小学校四年の時、調理実習があったのね。家庭科の授業で」
「ん」
「包丁持ったの。野菜切るために」
「肉切れよ」
無視した。「クラスメイトに、“ベラに包丁持たせるの怖い”って言われた」
アゼルは笑った。「ひでえ」
「でしょ。五年の時はね、ハサミ使う授業があったの。なにかは忘れたけど」
「うん」
「別の子なんだけど、やっぱり“刃物持たせるの怖い”って言われた。“なにするかわかんない”って」
彼はまた笑った。「気持ちはわかるけど、普通思ってても言わねえよな」
「わかるとか言うな。普通言わないよね。もう誰が言ったかも覚えてないんだけど、とりあえずすごいムカついて、ホントに刺してやろうかと思ったことは覚えてる」
「刺さなかったお前はすげえ」
「そう。耐えたの」でも間違ってもいないことに、あとから気づいた。私には、自分で作りあげたあの映像があった。「マスティたちが言ってたリーダー格のオーラみたいなのって、まさかヒト傷つける類のもんじゃないよね」
「どうだろな」と、彼が答える。「そんなんだったら、ホントに殺人集団しか出来上がらねえわけだけど」
「だよね。やっぱ盾な感じかな。他人守るとか助けるとかいうタイプじゃないんだけど」
「気づかないうちに助けてんのかもよ」
覚えがない。「じゃあ、どうやったら同等の立場になってくれるわけ?」
「そりゃ向こうに強くなってもらうしかないだろ」
強く。「ようするに勘違いか。強いわけじゃないのに、向こうが勝手に、私は強いって思いこんでるから、なんかついてくる」
「そういうこと。いろんなもんを強さと勘違いしてる。お前の場合はたぶん、基本無関心なところ。ちょっとやそっとじゃ動じないところ。常にキレてるところ」
笑える。「短気が強さ?」
「と、思われてる」
「便利じゃない便利屋」
「なんだそれ」
「ハサミをナイフ代わりに持つようなもの」
「お前はハサミか」
「逆でもいい。紙を切るためにナイフを持つみたいな」
「そっちのほうがいい。ナイフのほうが万能。けど使いすぎると欠ける」
「ダイヤとは違うからね。あと融通も利かない。常にまっすぐ。尖ってる」
「うしろは弱い」
「うしろってなに。弱いってなに。ナイフのうしろは弱いどころか使い物にならないわよ」
「お前は背中が弱い」
弱い。「っていうかあんたもナイフよ」
「んじゃ俺ら一緒にいたらヤバイな。本物の全身凶器みたいになる」
全身凶器。「なんか怖い」
「たまに自分で自分が怖くなったりしねえ?」
「なる。よく、みんなと違うエグい考えがすぐ浮かぶ。そのうち、ちょっとしたことでヒト刺すんじゃないかと思う」
「お前も理性失ったら刺すんだろうな。俺はすぐ理性がなくなる。だからヒト殴る」
「更生したんじゃないの?」
「更生施設ってのは、人間の中身までは変えてくれねえよ。集団生活に慣れさせようとするみたいなのが目的。規則正しい生活させて、社会の常識とかを理解させようとする。度が上がるとカウンセリングとかも」
「反吐が出る」
「だろ。なんもおもしろくねえ。外ともロクに連絡取れねえ。刑みたいな、あからさまな罰がないだけで、少年院みたいなもんだろうな。待機鑑別除けば、実際ほぼ一歩手前だし。最近はタチの悪い少年犯罪が多いから、喧嘩だとたいてい両成敗ってことで、少年院より数の多い更生施設にぶち込まれるのがほとんどらしいけど」
「今年のが二回目なんだよね」
「正確には三回目だ。最初は一週間くらい入ってた」
知らなかった。「なんでおもしろくないってわかってんのに、また戻るようなことするわけ?」
「だから理性がぶっ飛ぶんだって。そういう時は周りが見えてねえんだよ。そんなこと頭にない」
「そんなにキレやすそうに見えないんだけど」
「最近はかなりマシ。キレることがない」
「大人になった」
「老けるにはまだ早い」
「もうじゅうぶん老けてるよ」
「お前もな」
「成人とかさ、精神年齢で決めればいいと思う。そしたら私たちでも、今すぐ大人になれると思う」
「それは名案。国議会に提出してこい」
「受理される?」
「絶対無理」
「名案なのに」
「大人はアホだからな。俺らよりもアホ」
「まるでロボット。ハートレス」
「お前はなんだろな。なにが欠けてんだ」
「常識。知性。関心。やさしさ。強さ。忍耐力。プラス思考。幸せな記憶。素直さ。柔軟さ。情。集団行動力。思いやり。その他諸々」
「大量だな。ハートレスのハートってなんだ」
「人間味?」
「よくわかんねえけど、んじゃ俺もそっち側か」
「人間じゃなかったの? でもロボットでもないよね」
「野獣」
思わず笑った。
「ぴったり。私は? ちょっとレベル下げてただの獣?」
「珍獣」
「ええー」愕然とした。「ものすごく微妙なんだけど」
「ネコ科の狼みたいな」
「狼ってイヌ科?」
「そう」
「ネコ科の狼。確かに変だけど、ぜんぜん想像つかないけど、まあいいか──って、狼ってなに? どんな?」
「さあ。集団で生活するんじゃね」
「適当か」
「俺は基本的に適当」
「気まぐれな野獣ほど怖いものはない気がする」
「最悪だな」
「この世界そのものが最悪なんだからしかたない」
「もうこの星、滅亡すりゃいい」
「すればいい。一瞬でぜんぶなくなればいい。そしたら痛みもなく、みんな宇宙の塵になれる」
「思い残すこともなくな」
「思い返すヒマがないからね。気づいた時には塵になってる。じゃあ、あと三時間で世界が終わるってわかったらどうする?」
「殺したい奴を殺す」
「一緒だ」あの映像を現実のものにする。「殺人以外なら?」
「お前とヤる」
私はまた笑った。
「三時間もできないよ。疲れる」
「んじゃ殺したあとにヤる」
「え。なにその狂気的発想。怖いわ」
「やっぱやめた。殺しに使う時間がもったいない」
「あんたなら瞬殺できる」
「できる。お前はできなさそう」
「手伝ってもらう」
「誰にだ」
「あんたしかいないでしょ」
アゼルは笑って、私の耳にキスをした。
「瞬殺してやる」




