* Sullen Boy
翌日。
起きたのは朝の八時頃だった。いつもより遅い。しかもヘッドフォンのコードが首に軽く巻きついていた。
昨夜、ベッドに寝転んで歌を聴いていた。やはりジャケ買いにアタリは少ないな、などと思いつつ、眠くなってヘッドフォンははずしたものの、ベッドの上、自分の顔の脇に置いたまま眠った。
一歩間違っていたら死ぬところだ。少し前ならそれもかまわなかっただろうものの、今は違った。そうは思えなかった。
昨日の夜は帰りが夜の八時を過ぎていたけれど、祖母はいつもの笑顔で“おかえり”と言って出迎えてくれた。みんなと騒いだあとはテンションを下げなければいけないが、アゼルに送ってもらったあとはそんな必要がなかった。彼を見送るだけで笑えるほどテンションが下がるからだ。
そして祖母の家の玄関のドアノブに手をかけた瞬間、私はロボットになる。
リビングに向かうと、祖母は仕事に向かう直前にも関わらず、朝食を用意してくれた。遅くなってごめんなさいと言うと、眠れるならもっと眠ったほうがいいと言われた。休みなんだからもっと眠ればいいし、無理して朝食につきあわなくてもいいのよ、と。知らなかった。
けれどもよく考えてみると、どのくらいの期間かは知らないが、私の知る限り、祖母はずっと一人暮らしだ。ひとりには慣れている。だがそんなことがわかったところで、私にはどうしようもない。
とりあえず夏休みのあいだ、アラームをセットするのは週三くらいでやめてみようかと思った。祖母はすぐ仕事に行った。
屋根裏部屋に戻ってベッドで音楽を聴いていると、携帯電話が鳴った。朝の十時前。早すぎる。ブルだ。
「おはよ」と、私。
「よ。いつ?」
「なにが」
「なんとかっていう女」
「それはあれだよね。今日呼べって意味だよね」
電話越しに彼が笑う。「そう。ヒマだから。ニコラとリーズは家で宿題やるっつってる。アゼルは寝てる」
いつも暇で、いつも寝ている。「けどあいつの友達、そんなのにつきあいたがらないから、私が行くしかないよ。二人とアドレス交換することにはなんの抵抗もないはずだから、落としたモン勝ちってことになる」
「それでいいけど、顔ちゃんと見ないとなんとも言えねえな。とりあえず訊いてみて。何時でもいい」
「ん、また電話する」
電話を終えた。朝っぱらからカラダ目的の電話というのはなんなのだろう。まあいいか。
エルミは私やナンネが携帯電話を持ったとわかると、必死に親に頼み込んで携帯電話を手に入れた。アホだ。
もうひとつ言えば、私がオールド・キャッスルに引っ越したこともすでに知られている。エルミは本当の意味では私を敵にまわすようなことをしないので、理由を訊こうとはしなかった。だが心の中で大笑いしているのが、こちらにもひしひしと伝わった。
ただその引っ越し話、エルミからすぐにハヌルへと伝わった。ハヌルは正真証明のバカなので、軽い調子で何度も私に理由を訊いた。ゲルトとガルセスが助けてくれたが。
エルミに電話すると、三回目の呼び出し音が途切れ、眠そうな声に変わった。
「おはー」
「寝てた?」
「んー。すごい二度寝」
すごい二度寝というのは、なんなのだろう。「先輩が暇だから遊ぼうって言ってんだけど、来る気ある?」
「んー? 先輩──誰?」
「ブルとマスティ」
「行く!」突然元気な声になった。「いつ? どこ?」
さっきまでの眠そうな声はどこへ行ったのだ。「今日。何時でもいいって」
「マジで? 今からでもあり? 三十分くらいあれば、用意してそっちに着くと思う。チャリマッハで」
元気すぎる。「うん。じゃあ──十一時に中学で待ち合わせよっか。そこから先輩たちのとこに行く」
「オッケー、わかった」
電話を切ると、私は舌打ちした。行くのかよ。めんどくさい。
ブルに電話すると、彼はすぐに電話に出た。
「なんて?」
「残念」
「は?」
「行くって」
「なにが残念なんだよ」
「私がものすごく面倒だなと思って」
「気にするな。何時にどこ?」
「私は十一時に中学で待ち合わせる。適当に場所決めて」
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「そういや彼氏は?」
ブルが指定した住宅街の中にある小さな公園へと、自転車を押して歩くエルミが訊いた。夏休みに入ってすぐ、ナンネとジョンアが喋ったらしい。
カレシッテナニ。
私は徒歩。「寝てる」らしい。
「ふーん。彼氏、怒らない? 一応二対二の、四人で遊ぶわけじゃん」
カレシッテナニ。
「知ってるし気にしてない」私はよく、アゼルの目の前でマスティやブルとふざけている。
「そんなもんかな。じゃあ年上ってどんな感じ?」
「威張る。見下す。バカにする」
エルミが笑う。
「マジで? そんなん?」
「いや、冗談だけど」冗談でもないような。「ま、話してみればわかるんじゃないの」
その対面劇の第一声は、エルミによる対男用の甲高い声と満面の笑みでの挨拶からはじまった。ハヌルと同じだ。
一瞬ではあるものの、彼らが微妙そうな顔をしたのがわかった。だがブルはそれでも食らいついた。本気で誰でもいいらしかった。マスティにもそれは伝わったらしく、彼はすぐに引いた。空腹を理由に、私とマスティはさっさと退散、コンビニに寄ってからたまり場へと向かった。
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「ムカつくから食ったらすぐに寝る」
リビングに向かうマスティが不機嫌そうな様子で言った。玄関ドアの鍵を閉め、私も彼のあとに続く。
「押したもん勝ちなんだからしょうがないじゃん。微妙だからって引くのが悪い」
「うるせえアホ」
コンビニの袋をリビングのテーブルに置くと、彼はそのまま、奥にある左側の部屋に向かった。ドアを開けて中に入る。
「いつまで寝てんだアホ」
マスティが怖い。などと思いながら、私もその部屋の戸口に立った。彼はアゼルがかぶっていたシーツを引きはがすと、上半身裸のアゼルの身体を右足で揺すった。
「起きろって。昼飯買ってきてやったから」
昼飯買ってきてやった程度でなにその態度。
「お前の大好きな女連れてきてやったから」
怖いんですけど。
「──なに」仰向けになったアゼルは顔をしかめて彼を見上げた。「なんで不機嫌?」
「うるさいよ。不機嫌じゃねえ。笑えるくらい上機嫌だし」
笑えるくらい不機嫌だし。
「俺の女どこ?」
「待て。俺は昼飯食ったら寝るから、イチャつくのはそれからにしろ。俺が寝る前にイチャついたら蹴り飛ばす」
「なんだそれ」
アゼルはあくびをしながら身体を起こした。
彼と目が合って、私は思わず口元をゆるめた。彼も眠そうな表情のまま微笑んだ。
たった数秒のそれを、不機嫌すぎるマスティが破く。
「そういうのもなし!」
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買ってきた昼食を三人で食べながら、不機嫌な理由を説明した。昼食を食べ終えると、彼らはビールを飲みはじめた。
アゼルがマスティに言う。「んじゃもう、エダ? に行けよ」
「エデ」私は訂正した。エイリアンの名前みたいだよ、エダ。
「そっちのほうがマシなんじゃねえの?」
「まあ、マシはマシだろうけど。」とマスティが答える。「いや、でも顔の種類が違うだけで、レベル的にはどれも変わんねえ気がする」
「まーな。俺はあれすら無理だけど。顔で選びだすとキリがないっていう」
「お前はなにで選んだの?」彼は私を指差した。「これ」
これって。
「なんだろな。口の悪さ。性格の悪さ」
なんて。
「素直に顔って言えばいいと思う」
「成長途中だぞ。まだ顔変わるだろ」
顔変わるって、なんか言葉怖いんですけど。
「んじゃ成長して、すげえ残念な感じになったらどうすんの?」
どんな感じだよ。
「さあ。これからそう悪くなるとも思わねえけど」
どんなだよ。
「やっぱ顔なんじゃねえか」
「お前、顔だけでこの性格の悪い女とつきあえると思ってんの?」
うん?
「普通の男は逃げ出すだろうな。けどお前は普通じゃねえ。同類だから顔だけで選んでも平気」
私の存在忘れてません?
「っつーか、性格の悪さで言うならお前だってそうじゃねえか」
ほんとだよ。
「ホントだ。んじゃベラくれ」
「あ?」
は?
「心配すんな。遊びじゃなくて真面目につきあうから」
もしもーし。
「笑えるけどとりあえずやめとく」
とりあえずかよ。
「二年のよさげなのはみんなで喰ったし。同期だって、これ以上はお前らとキョウダイになるし」
なんだこいつら。
「だから一年に行けって」
相手してくれそうなのにはロクなのがいないっていうね。
「今さらだけど、三年が一年てやっぱどうかと思うわ」
もう勝手にして。
「いやいや。お前俺になんつった? 行きたきゃ行けっつったよな」
なんて。
「なんていうか、ベラはあんまガキっぽくないじゃん。けど他の奴ら、みんなガキに見える。実際ガキだけど」
老けてるって言いたいの?
「いや、身体はまだまだ──」
私は瞬時に自分の傍らにあったクッションを掴み、奴の左腕を思いきり叩いた。
「わかったわかった」アゼルは笑いながら言った。視線をマスティに戻す。「けど胸は最近ちょっと──」
また叩いた。なんなのこいつ。
マスティは呆れ顔だった。「もうイヤ」ダルそうに立ち上がる。「寝る。ヤるとしても、最低でも三十分は待てよ。俺が寝る前にヤり出したのわかったら、お前らのそれ、オカズにするからな」
いろんな意味で最低だ。「誰が真っ昼間からするかアホ」
「なら安心。期待しないで寝る」
彼は右側の部屋に入った。




