* Position
《わかったわ。気をつけてね》
仕事を終えたのだと思われる祖母からのメールは、それだけだった。心の中で“勝った!”、と思った。なんにだ。
けっきょく長々と話しこんでいたリーズとニコラは、ナンパしてきた二人とメールアドレスを交換し、そのうち遊ぼうという約束をしたらしい。
彼女たちもマスティとブルも、みんな彼氏だったり彼女だったりがいた。だが私と会ったときにはみんな、すでに別れていた。私が詮索しないので、話がその方向に流れない限りはそういう話にならないし、彼女たちの恋愛遍歴などに興味はないので一切知らないが。
オールド・キャッスルに戻った。少しなら遅くなっても平気だと言うと、早めに夕食を食べ、まだ空が暗くなりきってないうちから、みんなで花火をすることになった。
たまたま、いつ遊べるかと私に電話してきたナンネをニコラが誘い、ナンネはジョンアを呼び、オールド・キャッスルにあるいちばん大きな公園、バーデュア・パークに行った。公園の中心にはタコの脚をモチーフにしたらしい、私には鼻が何本かある不気味なゾウにしか思えない、くすんだ白色のスライダーがある。
少しのあいだリーズたち女四人と一緒に騒いだものの、私はすぐに疲れた。今日はミュールを履いている。歩き疲れた。けっきょく、すでに疲れていた男三人がいるベンチへと戻った。
アゼルの右隣でベンチに腰をおろすと、私はテーブルにうなだれた。
「足が痛い。ミュールなんかキライだ」
「じゃあ履くなよ」と、向かいの席でブルがつっこむ。
身体を起こして右肘をついて手にあごを乗せ、無愛想に返す。
「だってまさか。今日センター街に行くことになるとか思わないじゃん。ちょっと歩く程度なら平気なんだけど。さすがにあのあとで走りまわるのは無理。花火を持って逃げ追うなんのは無理」
ブルの右隣、マスティは数十メートル先でしゃぐ彼女たちの姿を眺めながらつぶやく。「あいつら元気すぎ」
「気をつけねえと、あいつらまで悪の道に引きずりこまれるぞ」ブルが私に言った。
どうでもいい。「悪に染まろうが染まるまいが、あいつらが決めることでしょ」
彼は身体をこちらに傾けた。
「あれはそれほど仲良くないわけ?」
少々考えた。「どうかな──友達だけど、ものすごく大事っていうレベルにはいない。あいつらは私をリーダー扱いするタイプ。私はそういうのイヤなの。特にジョンアは、なにかと私に遠慮してるし、二人とも、内心私にびびってる。リーズやニコラがどうとか、あんたたちがどうとかじゃなくて、小学校の時からそう。気遣って遠慮して頼りにして、私のあとについてくるタイプ。そういうの、ホントにイヤ」
「誰かについてかなきゃいけないようなのになるよりはマシじゃね?」
「そうだろうけど、なんていうか、盾にされてる気がしてイヤなの。っていうか、私と一緒にいたら、バランスよく人付き合いができるんじゃないか、みたいに思われてるような」うまく言えない。「いじめられることが多いって言われる赤毛でも、私はいじめられたことがない。ほとんどちゃんと関わろうとしないだけで一応、同期の男と話せる。一応女友達もいる。万能じゃないけど完全悪でもない。どっちかといえば人見知りするあいつらの友達としてはちょうどいい相手、みたいな」
ナンネは特に、カーツァーのことが好きだった。私はけっこう、彼と話す。そんなところでも利用があったのかと、思ったり思わなかったり。
「お前の立ち位置、そんななのか」マスティが言った。「学年の陰のボス的存在なのかと思ってた」
「陰のボスってなんだ。陰のボスってなんだ」私は繰り返した。
ブルが笑う。「実はうしろで全員と繋がってるとか、声かければ一気に学年を動かせるみたいな」
「アホか。そんな力はないし、そんなつもりも願望もない。わざわざ言うほどのことでもないんだろうから言わないだけで、そういうとこが気に入らない」
「同等」左肘をつき、手に頬を乗せたアゼルがこちらに言う。「ようするに向こうが同等の立場でいようとしないってことだろ? お前は同等でいたいのに」
「そう」私は答えた。「むこうが勝手に上下関係を作ってる。同じ学年なのになんでって」
マスティは肩をすくませた。
「そりゃ性格だろ。全員がリーダー格になれるわけじゃねえ」
「だから」アゼルが答える。「同等でいられねえんなら、他の同等の奴らとつるめよって話になるだろ。俺らが同学年の真面目ぶった奴らとつるもうとしないのと一緒。けどベラは一応ダチやってるから、はっきりくるなとは言わない。けどついてこいって言ってるわけでもない。飼ってるわけでも餌やったわけでもねえのに、勝手についてくる犬みたいな」
うまいこと言うな。
二人は納得に声を揃えた。「ああ」
マスティが続ける。「つまり真面目じゃないだけで、あいつらも犬なのか」
犬が肯定されました。ジョンアはどちらかといえば、小動物系だけれど。
「大げさに言えばね。どっちに行きたいのかもはっきりしないけど、善にも悪にも染まれると思う」
ブルは苦笑った。「悪に染まる気で、ニコラたちのいるところに来てるような気がするけどな。実はなんか餌あげたんじゃねえの? 餌がなきゃついてこねえだろ」
「あげてません」とは言ったものの、カーツァーのことは──ナンネはもう完全に諦めたと言っていたし、今は関係ないのか。
「餌があるとしたら、威張らないリーダーの素質みたいなのかもな」マスティが言った。「あからさまに女王様気取るのが、エデみたいなタイプ。そんな気がないのになんかのオーラを発してるのが」言葉を切ると左手で私を指差し、右手でアゼルを指差した。「お前らみたいなタイプ」
私はアゼルとふたりで顔を見合わせ、また視線を彼に戻した。
「こんなのがリーダーになったら、凶悪な殺人集団が出来上がるわよ」と私。
「それはお前も同じだ」アゼルも言う。「あいつら放置して先に帰るか。お前が帰る前に一発ヤッて」
笑える。「もういい。疲れたから帰る」
「お前、マジでキレる」マスティの表情は引きつっていた。「散々邪魔しといて、自分だけいい思いしようってか」
ブルは両手を下げ、テーブルに頬を乗せてうなだれた。
「オレ、もう本気で誰でもよくなってきた」
なぜ泣きそうなのだろう。「わかった。ひとりだけ心当たりがある」
二人が同時にこちらを見る。
「メガネゴリラとか言ったら殺す」と、マスティ。
「違う。さすがにそれはない。エルミっていうの。たぶん見たことあると思うけど、ものすごくうざい女だけど、ハヌルほどヤバすぎるってことはないはず」
エルミはリーズ、ニコラとときどき話すようになったものの、彼女たちと私の謎の結託により、アゼルたちにはほとんど近づけていない。話もまともにしたことがない。そうならないよう私たち三人が謎の努力をしているのだ。思いどおりにさせるか、と。だがこの目的なら、二人はおもしろがるはずだ。
私は続けた。「訊かれても私のこととかアゼルのこととか、無駄に喋らないなら会わせる」
再び顔を見合わせると、彼らはこちらに向かって声を揃えた。
「約束する」




