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R E D - D I S K 0 1  作者: awa
CHAPTER 01 * ENDING AND BEGINNING
2/91

* New Home

 中学校への入学を控えた、春休みのある日。

 朝早くから目覚めてはいたものの、私はベッドから出ようとしなかった。キャノピーベッドから少し距離を置いてある窓のほうを向き、シーツをかぶったまま、目を閉じていた。

 今日のような日がくることはわかっていた。むしろ今日まで続いたことが不思議なほどだった。

 背後でドアが開く音がした。私はシーツの中で身を堅くして、眠ったふりをした。

 静かな足音が近づき、やがて止まった。

 「ごめんな、イザベラ」

 それだけ言うと、また足音がして、ドアが閉まる音がした。

 さらに身を丸めて、強く目を閉じた。

 わかりきったことだった。覚悟していたことだった。涙は流れない。今さら泣いても意味などない。哀しくはない。

 “さよなら、音楽”

 心の中でつぶやいた。

 なにが“ごめん”なのかがわからない。疑問を持ってもしかたないと知っている。疑問など意味はないと知っている。答えなどもらえないのだ。

 また憎しみが増えていく。

 これ以上ないくらいに強く目を閉じ、脳内でいつもの映像を再生した。

 モノクロの霞んだ光景。いつも客観的に見える。私の視点はあのヒトたちの視点で、目の前にいる自分はそれを掴んでいる。

 間違った握り方。間違った使い方。

 目を見開き、振りおろす。

 何度も、何度も、何度も。

 そのたびに黒いものが飛び散り、私の手に、顔に、腕に、髪に、肩にかかっていく。

 また新しく増えた憎しみが、自分の中で馴染んでいく。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ベネフィット・アイランド・シティの西はずれに位置する、ウェスト・キャッスルという小さな町。

 音楽に別れを告げた数時間後、午後三時すぎ。私はウェスト・キャッスルの東側、オールド・キャッスルの住宅街にいた。母方の祖母の家がある通りだ。

 古い二車線道路のところどころには数台の車がそれぞれの家の前に路上駐車され、その脇には車道よりも少しだけ高く作られた歩道がある。歩道の両側は芝生になっていて、コンクリートが一本の太い線となって続き、片方の芝生はそのまま、通りに並ぶ家々へと続いている。

 シルバーの軽自動車を歩道脇に路上駐車している祖母の家は、東西に伸びるこの通りの北側にあった。平屋の多いオールド・キャッスルにはめずらしい三階建ての家だ。歩道からは南向きの玄関ポーチへと、芝生に挟まれた灰色の道が続いている。

 前を歩く母親に続き、低すぎる塀を両脇に備えた、四段のゆるい階段をのぼった。家そのものは古く小さく、決して綺麗とは言えない赤茶色のレンガ造りだ。

 今朝早くに父親が、ニュー・キャッスル──今まで暮らしていた、ウェスト・キャッスルの西側地区──にあったコンドミニアムの自宅を出て行き、昼前に引っ越し業者にダンボールを預けたあと、別れを告げる家具だけになった部屋でひとりランチを済ませ、帰ってきた母親と一緒に中学の制服の受け取りと、携帯電話を契約しに行った。携帯電話ショップが混んでいたせいで予定より少し遅くなったが、荷物はすでに祖母の家に運び終えているようだった。

 ベルを鳴らして玄関ドアを開けた母親に促され、家の中に入る。それほど広くはない玄関ホールには左手にブラウンの木製シューズクローゼットが、前方左は二階へと続く階段がある。その横の廊下の奥は、ランドリールームやバスルームへと続くドアだ。幼い頃に一度だけ来た記憶が、なんとなくある。

 祖母はすぐに、右手にあるリビングから出てきた。曖昧な記憶でしかないが、母親と同じベビーブロンドだったはずの髪は、ほとんどが白く変わっていた。

 「ああ、イザベラ。待ってたわ」

 両手を広げた祖母に求められるまま、無言でハグに応えた。なんと言えばいいかわからない。

 「ちょっと見ないあいだに、また大きくなったわね」身体を離すと、祖母は微笑んで私の頭をやさしく撫でた。「あなたはどんどん美人になっていく」

 “ちょっと”というのは語弊がある。よく覚えていないが、数年ぶりの再会だ。少なくとも四年か五年は会っていない。

 笑顔で応えなければならないということはわかっていたが、私は愛想笑いしかできなかった。

 「ありがとう」

 「じゃあ、もう行くわ」背後で母親が言った。

 祖母が娘へと視線をうつす。「もう? 紅茶淹れたのよ」

 「仕事が残ってるの。もう戻らないと。この娘のこと、よろしくね」

 私はただうつむいたまま、拳を強く握りしめていた。

 「ええ、大丈夫」一度私へと視線を向けると、祖母はまた娘に言った。「たまには寄りなさい、ナンシー。いつでもかまわないから」

 見ていなくても、背後にいる母親が愛想のない笑みを浮かべたのがわかった。

 「時間があればね」

 そう言うと、自分に見向きもしない私にはなにも言わず、母親はすぐに玄関から出て行った。

 きっと来ない。わかりきっている。もしかすると、もう二度と会わないかもしれない。

 ドアが閉まってからの数秒の沈黙を、祖母は明るい声で破った。

 「さてと。あなたの部屋を片づける前に、クッキーと紅茶をいただきましょう。学校がはじまる前に、部屋をちゃんとしてしまわないとね」

 なにもかもが、どうでもいい。

 私はまた、愛想笑いを返した。

 「はい、おばあちゃん」

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