* Dont Know Answer To Doubts
朝、アゼルの携帯電話が鳴った。アゼルは手探りで電話をとり、適当な受け答えをすると、電話を切ってまた眠った。
私もほとんど眠っていて、目を開けることすら面倒だった。そのまま、また眠った。
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「起きろって。アゼル」
声がして、私は目を開けた。ベッドの傍らにマスティがいる。おはよと言うと、彼は口元に一本の立てた指をあてた。静かにしろと。そして再び、アゼルの身体をゆすりはじめた。
「起きろこら。緊急事態」
緊急。
私とアゼルは向き合って眠っていた。私は彼に借りた大きな黒シャツに自分の黒いスパッツを身につけ、彼はジャージだけを履いて。腕がしびれるとかで腕枕はやめ、代わりにシーツの下で手をつないで眠った。
アゼルがシーツの中で身を丸める。
「うるせえ」
「起きろよ。インミが話したいって」
インミ。
彼が説明する。「朝っぱらから起こされて、鍵開けてくれって。しょうがねえから連れてきた」
舌打ちしたアゼルは不機嫌そうに起き上がり、シャツを着て部屋を出た。
私も起き上がる。意味がわからない。
部屋に残ったマスティは、アゼルが閉めたドアのほうに向かい、そのドアを静かに、ゆっくりと少し開けた。ばれていないと確信すると、私に向かって来いと身振りで示した。
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「なんだよ朝っぱらから」
「──ベラと、つきあうって?」
「だからなに」
「なんで?」
「なにが」
「なんでそうなんの?」
「知るかよ」
「いつもどおりの遊びなの?」
「お前に関係ねえ」
「遊びならやめて」
「俺がなにしようとお前には関係ないっつってんだろ」
「関係なくない」
「関係ねえよ。まだ幼馴染みだのなんだのってくだらないこと言うわけ? 何年もまともに話してなかったのに、ニコラとリーズに引っ張られてノコノコついてきて、あいつらに変な気遣わせてきたうえに、まだ俺のすることに文句言うわけ?」
沈黙。
「──あの子のこと、なにも知らないじゃん」
「知らねえよ。あいつだって俺のこと、なんも知らねえよ。だからそれがなに? お前が俺のなに知ってんの? 家のことちょっと知ってる程度だろ。そんなんマスティとブルだって知ってるわ。お前だけじゃねえ」
沈黙。
「──あの子は、私たちとは違う。今オールド・キャッスルに住んでたって、元はニュー・キャッスルの子じゃん。ニュー・キャッスルの人間は、キライだって言ってたじゃん! ああいう赤毛も、知らない人間に自分のテリトリーを侵されるのだって、キライだって──」
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ドアの脇で壁にもたれていたマスティと一緒に、二人の話を聞いていた。
彼女に嫌われていようと、彼女がアゼルのなにを知ってようと、二人が過去どんな関係だったとしても、どうでもよかった。
だけどオールド・キャッスルだとかニュー・キャッスルだとか、赤毛だとか、私が選びもできなかったことを、すぐそこで、別の人間に向かって言われるのは、さすがに我慢できなかった。
オールド・キャッスルの一部の人間は、ニュー・キャッスルの人間に、いつも見下されているように感じている。そのせいかオールド・キャッスルの人間は、ニュー・キャッスルの人間を敵視する。金持ちの気取り屋か、それでなくとも、貧しさのない幸せな奴らばかりだとか。
そんなのは私にはどうしようもないことだし、なにより、自分がいちばん嫌っている髪のことを言われたことが気に入らなかった。
気づけば立ち上がり、ドアを蹴っていた。白いドアは当然のように大きく開いた。
二人掛けソファの傍らに立つインミは、私を見るなり驚き混じりに青ざめた表情になった。
彼女を見る自分の眼が、両親のうしろ姿に向ける眼と同じになっているのが、自分でもはっきりとわかった。
戸口から二歩ほどで、リビングへと出る。
「言いたいことはそれだけ?」私は、静かな口調で言った。「そっちこそ、私のなにを知ってんの?」
リーズとニコラはおそらく、うちの事情をなんとなく知っている。
「ニュー・キャッスルの人間が、みんな幸せだとでも?」
だが彼女が知っているのはおそらく、私がこっちに引っ越してきたということだけ。他になにか知っているとしても、祖母がいるということくらい。当然、二人揃ってか片方か、親がついていると思っているのだろう。
うつむいて握った拳の中に、血が出るのではないかというほど強い力で爪を立てた。それでも、言葉を発する声だけは冷静だった。
「──小学校三年の頃は、真夜中に怒鳴り合う声を数日おきに聞かされて、そのうち両親は、ロクに話もしなくなった。五年になる頃にはひとりで夕食を食べることに慣れて、今年の春休みにやっと離婚することが決まって──だけどどっちにも引き取りを拒否されて、よく知りもしないおばあちゃんの家に放り込まれて、この四ヶ月、会うどころか連絡すらないけど、それでも私が幸せだと?」
再び目線を上げ、彼女の視線を受け止めた。
「ニュー・キャッスルの人間だから? そこで生まれ育ったから? そんなくだらないこと? 私が赤毛だからなに? 私だってこんな髪キライよ」
どこからきたのかわからない、マダーレッドの髪。
「あんたに言われるまでもなく、他の誰に言われるまでもなく、どこの誰よりも、世界でいちばん、私がいちばん、誰よりもこの髪を嫌ってる」
周りで起きる問題はいつも、私にはどうしようもないことばかりだ。
「私のなにを知れば満足? 私がなにをすれば満足してくれるの? 自分は親に捨てられた可哀想な子供ですって看板でもぶら下げればいいの? みんなにそう言ってまわって同情集めればいいの? そんなの願い下げよ。冗談じゃない」言葉を吐き捨てた。
どうして私の周りにはいつも、私の中に怒りと憎しみを作り出し、増幅させる人間がいるのだろう。
私はもう、冷静ではいられなかった。
「私のことがキライなら、私にはっきりそう言えばいいじゃない。関わるなっていうなら関わらないわよ。目の前から消えろっていうなら消えるし、髪が気に入らないっていうなら染めるわよ。瞳の色が気に入らないなら、自分で潰してやるわよ」
気づけば、私の目に映っているのはインミではなく、両親だった。
「──もう、いい加減にしてよ」
再びうつむいて目を閉じ、右手で前髪を撫であげた。そこにいるのが両親じゃないと思い出せた。はじめてこの家にきた日、ソファのあの位置に座る私に、彼女が不満そうな態度を示したのも思い出した。
「こんなの、私には、どうしようもない」
言葉を待たずに向きを変え、元の部屋に戻った。
ドアを閉めるとベッドの手前で壁にもたれ、崩れ落ちるようにして、立てた膝に顔を伏せて両腕で頭を抱え、誰のものだかわからない、マダーレッドの髪を掴んだ。
誰かにこれだけなにかを言ったのははじめてだった。陰口や噂など気にしなかった。しょせんなにも知らない子供と、好奇心だけで話をでっちあげる大人のすることだ。
私はいつのまにか、両親のことを客観的に考えるようになっていた。自分を被害者のように語りたくはなかったからだ。嫌われようと否定されようと、それが直接自分に向けられるか、陰で言われているだけなら、いくらだって好きにさせておく。
だけどそうじゃないのは、他の相手に向けられているのを目の当たりにするのは、さすがに無理だった。
背後でヒトの動く気配がした。マスティだ。彼は私が閉めたばかりのドアを開けた。
「アゼル、お前が決めろ。俺はもう、インミは無理だわ」
どうしてヒトは、壊すか壊されるかしかないのだろう。
どうしてヒトは、話したくないことを話さなければ理解されないのだろう。
どうしてヒトは、もっと簡単に上手くできないんだろう。
どうして私は、こんな髪の色をしてるんだろう。
どうして私は、こんな瞳の色をしてるんだろう。
どうして私は、あの人たちに捨てられたんだろう。
どうして私は、こんなふうになってしまったんだろう。
どうして私は、この世に生まれてきたんだろう。
どの疑問の答えも、私は知らない。




