* Childfood Friend
なんだか声がすると思ったら、誰かが私の頭をはたいた。
「起きろって」
──なに。
目を開けると、マスティがすぐそこにしゃがみこんでいた。「おはよ」
「おはよ。って、いやいや。なにこの状況」
意味がわからず、あくびをしながら身体を起こした。部屋の中を見やる。私はL字型コーナーソファのキッチン側にいて、窓側のほうにはアゼルが眠っている。
思い出した。アゼルが買ってきたランチと私が持ってきたお菓子を食べたあと、するだのしないだので部屋中を走りまわって取っ組み合いになって、そのうち疲れて寝たのだ。
私はかなり省略した答えを返した。「掃除した」
「いや、それは見りゃわかるけど。びっくりするぐらいキレイになってるけど。助かったけど」
二人掛けソファに座っているブルが訊く。「ヤったの?」
「してません」即答した。
彼の口元がゆるむ。「なんだ。ヤったのかと思った」
迫られて逃げ疲れて寝た、などとはさすがに言えない。「リーズたちは?」
マスティが答える。「三人ともそのまま帰った。買い物したゲーセンで遊んだし、歩きすぎて疲れたとか言って」
言いながらソファの前、私のななめ左隣に腰をおろすと、彼はテーブルに置いていたペットボトルのジュースを手に取った。
「勘違いならいいけど、お前らがどうなろうと、ここでなにしようとなんも言わねえけど、つきあうとかなら、インミに言う前にニコラとリーズに言えよ」
寝起きだからか頭があまり働かないのだが。インミ。ニコラ。リーズ。インミ?
突然横を向いて眠っていたアゼルが寝返りをうち、仰向けになった。
「んなこと考える必要ねえよ」
「起きてんのかよ」と、マスティ。
「うるさくて寝てられるか」そう言うと、アゼルはあくびをしながら起き上がった。「俺がなにしようとあいつには関係ない」
彼らは顔を見合わせ、肩をすくませた。
「んじゃつきあうの?」ブルが訊いた。
「ヤらせてくれるまでつきあわねえ」
私は瞬時に傍らにあったクッションを、アゼルの後頭部に向かって放り投げた。見事にヒットした。
ソファに座りなおしながら彼がこちらを睨む。「痛えよアホ」
「ざまあ」おかげで目が覚めた。
二人は笑った。
「よくわかった」マスティが言う。「俺らは口出ししねえからな」
「しなくて結構。俺もこいつもわざわざ報告するタイプじゃねえ」
リーズとニコラには話すのだろうが、インミはよくわからない。ただ私はおそらく、あまり好かれていない。なんとなくでしかないが、リーズやニコラとはなにかが違う。みんなでいるとそんな態度は見せないが、なにかが違う。
私は、彼女に嫌われている気がする。「ピザ食べたい」
「急すぎだろ」ブルがつっこんだ。「いや、食べたいけど」
ふとひらめいた。「ちょっと待って」
私はソファに寝転び、傍らに置いていたバッグから財布を取り出してお金を抜いた。財布を戻して一万フラム札をマスティの右肩に置く。
「奢るからピザ頼んで」
彼はそれを受け取りながらも、疑うような表情をこちらを向けた。
「金持ちすぎじゃね? お前、純粋な中一だよな」
「気にするな。怪しいお金じゃない。そんでついでに今日、ここに泊まらせて。アゼルは連れて帰ってくれていいから」
「は?」
「おばあちゃんに泊まるって言っちゃったんだよね。友達のとこ行こうかと思ってたけど、あんたがいいならここに泊まる」
「それはいいけど」アゼルへと視線をうつす。「こんなこと言ってる」
彼はブルからお菓子とコーヒーをもらっていた。
「俺が帰ると思ってんの?」
思わない。「あれよ。二人ともいてくれればいいのよ」
「アホか」ブルが応じた。「んなことしたらオレらがアゼルに殺される」
そんなバカな。「とりあえずリーズにメールする」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
リーズに、“今たまり場にマスティたちといる。ただの口約束だけど、アゼルとつきあうっぽい”とメールすると、“あとでニコラと一緒に行く”と返事が届いた。
彼女たちはピザが届く直前に来た。あまったら明日食べればいいと言うから多めに注文していて、夕食を食べていなかった彼女たちも、ピザには困らなかった。
そのあと、リーズとニコラと三人で外に出た。今では二人とも、すっかり煙草が馴染んでいる。彼女たちがその煙草を地面で揉み消すと、三人でポーチに座った。
「で、なにがどうなってんの?」リーズが訊いた。
「なんかよくわかんない。気づいたら」
ニコラが笑う。「ま、たまにあるね、そういうの」
あるの?
「まああるけど」リーズも同意した。「インミには私から言う」
またインミ。「インミは好きなの? あいつのこと」
「よくわかんね」ニコラが答えた。「あたしとリーズは小学校からのつきあいなのね。ブルたち三人も、小学校からのつきあい。あたしとブルの家が近所で、親も知り合いで、つってもたまに話す程度だったんだけど。奴らが中学に入ってからはよく話すようになって、うちらも中学に入って、気づいたらつるむようになってた」
リーズがあとを引き継ぐ。「けど、インミと遊ぶようになったのは、去年の十一月くらいから。存在は当然知ってたけど、うちらは仲がいいってわけじゃなかった。十月の文化祭の時に友達つながりで話してから、ちょっと話すようになって──家がアゼルと同じエステイトで、小さい頃は二人がよく一緒に遊んでたって知って。幼馴染みってやつ? で、んじゃ一緒に遊ぼうかってなって、つるむようになったんだけど」
ニコラがさらに続ける。「アゼルが更生施設に放り込まれたとき、一番心配してたのはインミだった。気持ち的に境界線がわかんないんだ。ただ友達とか幼馴染みとして心配してんのか、好きだから心配してるのか──まあどっちにしても、アゼルはそんな気ないんだけど」
心配していたのに、あのふざけた退所期間の延長理由を聞かされたのか。
「インミ見てて、やっぱ好きなのかなって思うことはあるよ」二コラが言葉を継ぐ。「でもうちらにはどうしようもない。ブルとマスティいわく、アゼルは自分のテリトリーをぐちゃぐちゃにされるのがイヤらしいんだ。なんつーか、ツレはツレ、女は女できっぱり分けたいっていうか」
なんだかそんなことを、彼も言っていた。
リーズが苦笑う。「だからまさか、アゼルがベラとつきあうとは思わんかった。そういうのも考えたら、やっぱインミは微妙な反応すんのかなと思って」
人間関係がこじれるのは、私も好きではない。むしろキライだ。「取り消してこようか。なんかそういう、ごたごたするのイヤ」
二人は声を揃えた。「やめてよ」
ニコラが言う。「ひとつうちらにもわかることは、ベラと遊ぶようになってから、アゼルがわりとおとなしくなったってこと」
私はぽかんとした。
「補習なんか受けるタイプじゃなかったしね」リーズは口元をゆるめている。「まえはもっと無口でツンツンしてた。マスティやブルはともかく、アゼルはたまに、うちらも怖い時あるもん。普段は平気なんだけど、わりとすぐキレるから、なにがきっかけになるかわかんないし」
意味がわからない。
「ほら、最初」リーズは続けた。「あいつに堕天使とか言ったっしょ。うちらもさすがにまずいと思ったわけ。けどアゼルはいちばんに笑ったじゃん。なんかわけわかんないことも言ってたし。だから、あー、平気なんだなーと思って」
「あれは怖かったな」ニコラは遠い目をしてつぶやいた。「相手が男だったら、即殴りかかってた気がする」
笑える。「めんどくさいからやっぱ取り消してくる」
彼女は引き止めた。「いやいやいや。とにかくなんか、ベラは平気なんだって」
リーズが苦笑う。「危なっかしくなくなったから、それはそれでいいと思う。あいつも女に手上げたりはしないだろうし」
よくわからないが、殴られたら殴り返してやる。「護身用にナイフいるかな」
私がつぶやくと、彼女たちはまた声を揃えた。「やめて」
ニコラがからかうようにこちらに肩を寄せる。
「お泊まりの言い訳ならあたしが協力してあげる。リーズの家は親がデボラと知り合いだからダメだけど、うちはそうじゃないからだいじょーぶ」
リーズも同じように肩を寄せた。
「親に挨拶を、とか言われたら、私がニコラの親のフリしてあげる」
私は呆れるしかなかった。「二人とも、怖い」




