お義母さんの部屋
どう考えても、ここ数日1階のお掃除はされていない。2階はお掃除ロボットがお掃除してくれているから心配はないけど。
キミは何故か水周りのお掃除が好きだから、トイレやお風呂はきれいなんだけど、通常の生活空間がちょっとね。
ボクは、リビングダイニングからお掃除を始めた。キミは2階にいなかったから1階にいると思うんだけど、掃除機の音を聞いてもどこからも出てこない。
お義母さんの部屋のお掃除をしようと襖を開けると、キミが畳の上に転がっていた。どうも寝ているみたい。
何か行き詰っているのか、不安に思っているんだと思う。お義母さんが亡くなってから、寂しくなるたびにキミはここでうずくまっている。何か不安があるたびにここでお昼寝をしている。キミの中で消化しきれない何かがあれば、キミは決まってここにいるんだ。
初めてこの家にボクが越してきたときから、お義母さんはボクのことを大切にしてくれた。大切な娘の婿だから、だと思う。
そして、その大切な娘、要するにキミはOLを辞めて自分のなりたいものになることに必死で、ボクのことなんて全然お構いなしだった。お義母さんには、それが申し訳なく映ったのかもしれない。
とにかく、キミと一緒に暮らそうと思って引っ越してきた割には、何故かお義母さんとの時間が長かった。
家事全般はお義母さんがしてくれていた。ただ、足の悪いお義母さんは階段の上り下りが大変だから、2階のお掃除はお掃除ロボットに任せることにした。
そんな、お義母さんが居なくなったのは突然だった。
晴れた日だったと思う。内勤のボクが、たまたま竹下さんと営業に出ていた日だ。
携帯に何回もキミから電話があったんだけど、その事実を知ったのは、竹下さんと会社に戻ってからだった。
お義母さんが、交通事故にあったって。電話口のキミは、妙に落ち着き払っていて他人事のようにその事実を教えてくれたんだ。
そう言えば、キミがボクと一緒に寝るようになったのも、お義母さんが居なくなってからだ、と気がついた。
「アッ君、お布団に入れて」って、枕を抱えてキミがボクの部屋に入ってきたときは正直驚いた。今まで一緒に寝ようとか、それ以前にそんな夫婦っぽいことなんて何もなかったから。
どうしたのかわからずに、とりあえず「どうぞ」ってキミをボクのベッドに迎え入れた。暫くして、キミがボクのところに来た理由がわかった。キミのすすり泣く声が聞こえた。
お義母さんが亡くなってから、全然涙なんて流さなくて、せこせこと動き回っていたキミが泣いてたんだ。突然すぎて事実が受け入れられなくて涙も出ない、なんて言っていたのに。
何も言えなくて、ただ声を押し殺して泣いているキミを、ボクはうしろからギュッと抱きしめた。
確かその日は、お義母さんの四十九日の夜だったと思う。お義母さんがここを旅立っていったことを、キミは感じたのかもしれない。霊感も何もないはずなのに、キミはそういうの直感的にわかるみたいだから。
それからずっとキミはボクの隣で眠っている。それだけじゃない。ボクと一緒に居る時間が格段に増えた。はじめは寂しさを紛らわすためだったんだと思う。ボクが仕事から帰ってくると、キミはよくお義母さんの部屋で涙を流して眠っていたから。
気がつけば、お義母さんの部屋はきれいに片付いていた。ボクがいない時間にキミが整理したんだ。何かを捨てた日は、キミの悲しみも大きかったみたいで一晩中泣いていることもあった。
キミにとってお義母さんとの思い出が詰まった部屋。
今のキミにとっては、答えを見つけるための部屋でもある。もしかしたらお義母さんが、キミ何か助言しているのかもしれない。
掃除機を床に置いて、眠るキミの横に腰をおろす。
キミの頬に涙の流れた跡がある。キミを起こさないように、ボクはそっとその筋に指を滑らせて呟いた。
「答えはみつかった?」