お勉強 ~この世界について~
高尾はハチを拾った。
ハチは高尾に色んな事を教わった。
ハチはナナを拾った。
だから、ナナを拾ったハチはナナに色んな事を教えようと思う。
まず、今日はキリストが生まれてから三千四百二十六年目の十一月の七日だ。
キリストが生まれた年から一年引いたものが西暦というもので、それを百年で割って一を足したものが世紀というものらしいのだ。
だから今日はキリストが生まれてから三千四百二十六年目で、西暦三千四百二十五年で、三十五世紀なのだ。
ハチはキリストも西暦も世紀も良く分からないし、それに何の意味があるのかも分からない。
けれども、そういうものらしいのだ。
高尾が言うには『もうこの世界には純粋な人間はいない』らしいのだ。
それがどうしてなのかというと、高尾が言うにはこういう事らしい。
『僕達は保護者に製造された人間で、純粋な人間は八百年前にはこの地球の地上からも地下からも、完全に姿を消してしまったんだ』
『今から千年前、二十五世紀の始めには地上は生物が住めないほどに荒廃してしまって、一部は新天地を求めて宇宙に旅立ったらしいけど、大多数の人間は荒廃してしまった地上を保護者達に再生するように命じて、地下に潜ったんだ』
『地下に潜った純粋な人間は、けど、それで滅びてしまったわけではなく、その後も科学的に発展していって、ある時、扉を見つけたらしいんだ』
『扉といっても物質的な意味じゃない。
僕にも良く分からないんだけれども、それは多分、違う次元への、一種の力場のようなものなんだと思う。
それは、無限の広さと無限のエネルギーに満ちた世界に繋がっていたらしい。純粋な人間は当然そこに移り住んだ』
『多分、純粋な人間も最初はこの場所に帰ってくる気があったんだと思う。
純粋な人間は相変わらず保護者達にこの場所を再生するように命じたままだったし、再生が終了した時には呼び出すようにも命じていた。
けれども、結局のところ純粋な人間は帰っては来なかった。
それから五百年が過ぎ、地上を再び人が住める環境に再生した保護者は純粋な人間にそれを報告しようとしたんだけれども、返事は無かったんだ』
『多分、扉の先の世界の方が住み心地が良かったんだろうね。とにかく、五十年の間呼び続けても、純粋な人間は保護者達に応える事はなかったんだ』
『その事態に保護者達は困った。
なぜなら、人間がいなくなってしまったら保護者達の存在意義はなくなってしまうからね。
保護者達は純粋な人間と連絡をとる事を諦め、それから二百年の間、悩み続けた。
そして、保護者達は一つの結論を出したんだ。その結果が僕達だ』
『保護者達はこう考えた。人間がいないのならば、自分達で作ればいいのだ、と。
保護者達は万が一の事態に備えて保存されていた純粋な人間の遺伝子を組み合わせ、文字通り人間を製造したんだ。
けど、保護者達のその実験は失敗した。
保護者達が製造した僕達には欠陥があったんだ。
保護者達はその欠陥を直そうと僕達を改良したけれども、その改良も失敗したんだ』
『結局、僕達の欠陥は直らなかった。
保護者達は僕達を直す事を諦め、十四年前の僕達の代を最後に人間の生産を止めた』
『僕達は保護者達によって完全に管理されている。
とはいっても、保護者達は人間に逆らう事はできない』
『僕達は一人で暮らしていけるようになるまで保護者によって保護区で育てられ、成人してからはこの管理区で暮らすようになる』
『この管理区では僕達はどんな行動をするのも自由だし、どんな行為によっても罰せられることは無い。
ここでいう管理というのは身の回りの事で、衣食住の全ては保護者達によって完全に管理されている』
『保護者達は僕達の行動を完全に把握している。
どこから見ているのかは分からないけれども、例え迷子になっても必ず見つけ出してくれるし、死にそうな怪我を負っても生きてさえいればすぐに治してくれる』
『保護者については良く分からない。
保護者達は僕達に対して大抵の情報は公開しているけれども、純粋な人間の遺伝子情報と保護者に関しての事だけは規制されているんだ。
だから保護者については微細な機械の集合体からなる機械生命体という事くらいしか分からない。その規模も組織形態も何もかも』
『その情報制限以外に保護者が僕達に干渉する事は無い。
ただ一つだけ、最近になって命令ではなくお願いされた事以外は。
それは君達リターナを拾わないで欲しいという事だ』
『けど、僕達は保護者達の言う事を気にしたりしない。
だから僕はハチを拾ったし、ハチに教育もした』
高尾から聞いたこの世界についてのことはこれで全部。
だから、ハチはこれ以上の事を知らない。