亜人間虐殺
ハチが仲間を解放してから、三ヶ月が経過しようとしていた。
他の居住区の人々はほとんどの人が治療を受けたみたいだけれども、やはり僕達の居住区では治療を受ける人はほとんどいなかった。
僕達は治療された人間の襲来を恐れてはいたけれども、それでもこの居住区で、一日一日を大切にして、平穏に暮らしていた。
今、僕は僕とハチとクリスとナナの四人で一緒に暮らしている。
その生活は、幸せで満たされたものだった。
僕はやはりクリスを愛せないでいた。
けれども、僕がクリスの事を好きな事に変わりは無い。
クリスと一緒に暮らす事は僕にとって幸せな事になっていた。
クリスもそれで満足してくれているようだった。
時々、僕のいないところで悲しげな顔を見せる事があるようだが、それでも僕といる時はいつも笑顔を絶やさないでくれていた。
ハチもナナも、僕達の生活に彩りを与えてくれた。
互いを信頼し、理解しあう親友となった二人と暮らす事は、僕の幸せをさらに増やしてくれる事になった。
ハチもナナも、僕達を守ると言ってくれていた。
いや、ハチとナナだけではない。
この居住区には数多くのリターナ達が住んでいて、外敵から僕らを守ってくれていた。
三ヶ月前、ハチは仲間を引き連れてこの居住区に帰ってきた。
ハチが連れてきた仲間はそれぞれ育てられた家に帰っていき、そして放置されていたリターナ達も、ハチ達が再生した後は、そのほとんどがこの居住区に住んで、僕達を守ると言ってくれたのだ。
この三ヶ月間、僕は幸せだった。
だから、僕はこの幸せがいつまでも続かないものかと考えていた。
その可能性は低くないと考えていた。
この居住区にはリターナ達が一緒に暮らし、僕達を守ってくれている。
人間達も簡単には手出しができないはずだと考えたのだ。
けれども、それはやはり甘い考えだった。
災厄の日は突然に訪れた。
その始まりは、この居住区中に響いた一つの爆発音だった。
その音に、ハチとナナは風のように外に出て行った。僕とクリスも慌てて二人に続いた。
外に出る間にも、爆発音は何度か鳴り響いた。
外に出ると、空は赤い炎に包まれ、居住区は燃えていた。
その光景を見て、僕が呆然としている間にも、空から円筒形の巨大な飛行物体が降ってきて、その落下地点で爆発が起きていく。
それを見て、僕は人間がどういう行動に出たのかを悟った。
別に、僕達を殺すのに直接手を下す必要は無い。
人間達は保護者に命じて遠距離から自分の手を汚さずに僕達を殺す事ができる兵器を作らせたのだ。
僕は空を見上げた。
空には、数え切れないほどの円筒形の飛行物体がこの居住区に迫っていた。
そのうちの一つが音速を超えた速度で僕に迫る。
その飛行物体は、しかし地面に落下して爆発するよりも早くナナとハチによって押さえられ、奇跡的にも爆発する事は無かった。
僕は死を免れた。
けれども、それは少し生きている時間が増えただけの事だ。
ハチは必死で僕達を守ろうとしてくれているけれども、僕は生きる希望を捨てた。
いくらリターナでも、あれだけの数の飛行物体を押さえる事はできないだろう。
僕達の死は、もう確定した事だった。
クリスが僕の手を握ってきた。
僕もクリスの手を握り返した。
クリスの顔を見ると、クリスは穏やかな顔をしていた。
僕は自分の顔を見れないけれども、多分、同じような顔をしていると思う。
死は、すでに覚悟していた事だ。
そこに恐怖は無かった。
僕はハチに顔を向けた。
ハチは、怯えた表情を見せていた。
必死の形相の中に、喪失を恐れる怯えの表情を見せていた。
僕は、そんなハチの顔を見ただけでも、満足な気持ちで死に臨む事ができた。
少なくとも、一人は僕の死を恐れてくれる人がいるのだ。
少なくとも、一人は僕の死を悲しんでくれる人がいるのだ
僕は、そう思うと満足な気分になれた。
けど、ハチにいつまでも悲しんで欲しくないから、せめて僕が満足しているのだという事を知らせようとしてハチに穏やかに微笑んだ。
僕はハチに笑いかけた。
閃光がハチの顔を隠し、痛みも無く死は僕の身に訪れた。