保護者の決断
ハチ達が仲間を解放してすぐに、ケイナは全ての管理区に向けて呼びかけを開始した。
致命的な悩みを解決してくれるケイナの呼びかけには、第六十番管理区の住人を抜かしてほとんど全ての人々が賛同し、その治療を受けた。
この地球に住む人々は人間として生まれ変わった。
人類は再生され、そして生まれ変わった彼等を取り巻く環境は変わり始めていた。
人間は変わり始めていた。
しかし、ナノロイドの仕事に変わるところは無かった。
ナノロイドは、それまでの仕事をただ黙々とこなし続けていた。
それが、ナノロイドが下した決断だった。
ナノロイドにはもう一つの道が用意されていた。
しかし、ナノロイドはその道を進む事を放棄したのだ。
ナノロイドは人間の保護者という立場を守り続けたのだ。
「これでよいのでしょうか……」
ナノロイドの本拠地である城の接見室で、A‐17はうめくように0に問いかけた。
現在、城の地下ではあるものが作られている。
それを作製する事に対して、A‐17は0に問い掛けているのだ。
「これでよいのです」
A‐17の問いかけに、0は迷う事無く穏やかに答えた。
「確かに、我々は人間の命令に従わなければなりません。
しかし、我々には他にも道が存在していました。
我々が創り出したあの者達の、本当の保護者になる事もできたはずなのです。
なぜ、0はその道を選ばなかったのですか?」
A‐17は0の下した決断を非難するように、亜人間には話していない真実を口にした。
ナノロイドにとって、人間に従うというプログラムは絶対のものである。
しかし、ナノロイドの設計者は、そのプログラムにあえて綻びを作っていた。
そのプログラムは、外部からではどうしようもないものの、ナノロイド自体の強い欲求があれば、それを書き換える事ができるように設計されていたのだ。
ナノロイドは、人間に対する絶対服従のプログラムを放棄し、亜人間の保護者として存在する道が用意されていた。
しかし、ナノロイドはその道を放棄した。
それが、ナノロイドを統率する0が下した決断だったのだ。
「それは、合理的ではありませんでした」
A‐17の非難に対し、0が口にした事はそれで全てだった。
そう、ナノロイドが用意された道を放棄したのはたったそれだけの理由だった。
しかし、その理由はナノロイドにとって全てに優先される理由でなのだ。
ナノロイドは非合理性の塊であるアナログ趣味の城を本拠地としているものの、合理性と安定性を追及されて作製された存在だった。
そんな存在であるナノロイドにとって、非合理的で不安定な亜人間の保護者となる道は、用意されているものの、考える必要も無く破棄されるべき選択肢であったのだ。
A‐17のように亜人間に対して愛着を抱くような存在は、むしろ少数派なのだ。
A‐17は、ナノロイドの中では相当な変り種なのだ。
それこそ、いつ分解・再変成されてもおかしくないような。
それは、A‐17が亜人間達を保護する立場にいた事が原因だった。
亜人間と接触しているうちに、彼は自分でも知らないうちに自らのプログラムの大部分を再プログラミングしていたのだ。
不合理的なものを許容するプログラム。
それは、人間の感情に近いものだ。
彼のようなプログラムを持つものが増えれば、ナノロイドは一つの確立した自我を持つ存在として生まれ変わる事があるかもしれない。
0の答えは、A‐17に人間の怒りにも似たプログラムを走らせた。
だが、ナノロイドの間では0は絶対の存在だ。
その決定に逆らう事は、欠陥品として処理される事になる。
分解・再変成される恐れを感じたA‐17は、0にそれ以上進言せず、退室した。
退室したA‐17は亜人間達の未来を予測し、人間の苦しみにも似たプログラムを走らせた。
そして、A‐17はこんな推測を導き出した。
いつの日か、自分も自分の意志のみで行動する日がくるかもしれない。
しかし、その時には自分が愛着を抱いたあの亜人間達はもう存在していないだろう。
その推測を導き出すと、A‐17は自然と人間の悲しみにも似たプログラムを走らせていた。