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リターナ  作者: 如月由縁
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高尾の苦悩・その三

 今日もケイの家に行ってみたが、やはり留守だった。


 こんな時だというのに、ケイはどこに行ってしまったのだろうか。


 僕はいつものように椅子に寄りかかり、思考を巡らせる。


 けれども思考は行き詰まり、まともな結論は出てこなかった。


 僕が思考の迷路をさ迷っていると、玄関が叩かれた。


 もしかしてケイが帰って来ていて、この家を訪ねて来たのだろうか?


 僕は大急ぎで玄関に向かい、玄関を開けた。


 けれども、そこには僕の望む人影は存在していなかった。


 そこにいたのは銀の鎧を着て右頬にA‐17と書かれた男――この前のハチを回収しに来た保護者だった。


「少し話がしたいのですが」


 僕を見るなり保護者はそう言ってきた。


 僕は保護者の姿をあまり見たくは無かった。


 正直なところ、今の僕は保護者に対して不審を抱いている。


 全ては保護者から始まったのだ。


 保護者が僕達を製造し、その過程で改良したからこそ、僕は今、こんなに悩み、苦しむ事になっているのだ。


 それに、保護者は僕達を人間として認識できないらしい。


 それはつまり、保護者は僕の命令を聞かないし、僕に危害を加える事もできるという事だ。


 そう考えると、保護者に対して僕はあまり好意的にはなれない。


 けど、今は誰でもいいから話がしたい気分だった。


 だから僕は保護者を自分の家の中に招いた。お互いに椅子に座り、机を挟んで向き合う。


「治療を受けて下さい」


 意外な事に、保護者の口から出た最初の一言はそんな言葉だった。


 これは、どういう事なのだろうか?


 保護者は僕達が治療受けると管理しにくくなるから、だからハチを回収しようとしていたのではないのか。


 ……いや、そもそも前提がおかしい。


 保護者達はケイナの賭けの事を知っていたのだろうか?


 ケイナが保護者達にそんな事を話すはずが無い。


 だとしたら、どうして保護者達は育ちかけのリターナ達を回収していたのだろうか?


「……その話の前に一つ聞いていいかな」


「はい、何でしょうか?」


「保護者達は、ケイナの賭けの事を知っていたの?」


「はい、知っていました。彼女の弟が我々に教えて下さいました」


 なるほど、と僕は納得した。


 ケイナの弟は僕達がリターナを育てない事に賭けていた。


 それにケイナの弟はこの管理区に住んでいるという。


 恐らく、育ちかけのリターナを探し出して、その情報を保護者達にリークして回収させていたのだろう。


 話のつじつまはあった。だからこそ保護者はリターナを育てるなというお願いをしたのだろうし、僕達がリターナを育てているのを発見したら回収していたのだろう。


 けど、それなら疑問は原点に返る、どうして保護者は今頃になって治療を受けろなんていいに来たのだろうか?


 治療を受けない方が管理しやすいはずなのに。


「それで、どうして僕に治療を受けて欲しいのかな?」


「それは、この管理区の住人だけがほとんど治療を受けないと思われるからです」


 どうやら保護者の側でも僕と同じ結論にたどり着いたらしい。


 しかし、それで保護者にどんな不都合が生じるというのだろうか?


「けど、その方が保護者には都合がいいんじゃないのかな」


「それは違います。

この管理区の住人が治療を受けないという事は、我々にはもう、この管理区の住人を守れなくなるという事なのです」


 その言葉の意味は良く分からなかった。


 確かに僕達が人間ではない以上、保護者達は治療を受けた人間の味方につかなくてはならない。


 けれども、守るとはどういう事なのだろうか?


「あなたは、人間の凶暴性というものを知らないのです」


 疑問が顔に出ていたのだろうか。保護者はそんな事を言ってきた。


「我々が人間を再生させたのは今回が初めてではないのです。

三百年前にも一度、人間を再生させたのです。

我々が改良を加えなかった人間は我々に兵器を生産させ、わずか二十年も経たないうちに滅びてしまったのです」


 ……保護者の衝撃的な告白に、僕は思考が止まってしまった。


 その間にも保護者の告白が続く。


「我々が人間を改良して再生させたのはそのためです。

人間の凶暴性は性に大きく関わっています。

これを解決するためには性を一つに統合してしまうのが一番合理的でしたが、それでは人間ではなくなってしまうために我々は変わりに性を三つに分けました。

しかしそれでも人間の暴力性は抑えられる事が無く、仕方なく我々は人間から感情を削っていったのです。

後は、あなたも知っての通りです」


 僕は、ただでさえ疲れ果てている頭でそんな事を聞かせられたから、頭が朦朧としてしまった。


 そんな僕に止めを刺すように、保護者が絶望的な事実を指摘する。


「人間が正常な状態に戻れば、必ずやここの管理区の住人は彼等によって襲われるでしょう」


 ……それは、気がついてはいたけれども、あえて考えなかった事実だった。


「人間は異質な存在を怖がります。

あなた方が人間とは違う存在だという事はいつか彼等にばれるでしょう。

そうなった時、彼等はあなた方を恐れ、不条理にも憎しみすら感じるようになるでしょう。

また、治療を受けないとなると、あなた方の存在は過去の自分を思い返させる事になる。

それがまた彼等の恐怖や憎しみを増大させて、あなた方を襲う大義として扱われる事になるでしょう」


 僕は、何も言えなかった。それはあえて考えないようにしていた事だけれども、僕が考えたとしても同じ結論に至っていただろう。


 保護者の言葉に、僕は何も反論する事ができなかった。


「どうやらあなたは理解したらしい。

それならば私が話す事はもう無いでしょう。

どうか治療を受けて下さい。

それが我々の望みなのです。

……そろそろ自分は行かなくてはなりません。

自分は、この事をこの管理区の住人に話して回らなければならないのです」


 どうやら話は終わりらしい。保護者は立ち上がった。


 けど、僕は最後に一つだけ保護者に聞きたい事があった。


「どうして保護者はそんな事をするんだ?

僕達は人間ではない。

保護する必要も、そんな事を説いて回る必要も無いじゃないか」


 それを聞くと、保護者は穏やかに微笑んだ。


「あの時、彼女は彼女が現れなかったら自分があなたを殺しただろうと言ったのを覚えていますか?」


 それは覚えている。僕の世界が滅んだ瞬間の事だ。


 忘れられるわけが無い。


 例えその時は言葉が認識できなくとも、不思議な事に記憶は残っていて、ここ数日の間に思い出した。


 今の僕はしっかりとその事を覚えている。


 僕が頷くと、保護者はゆっくりと首を横に振ってこう答えた。


「それは間違っているのです。

もし、彼女が現れなくても自分はあの時、攻撃を止めていたでしょう」


 意外な保護者の言葉は、しかしその穏やかな保護者の顔を見ていると不思議に納得ができた。


「我々はあなた方を人間として認識できなかった。

だからこそ、あなた方を育てている間に我々はあなた方に愛着を抱くようになったのです。

我々が生み出し、我々が育てた存在。

そんな存在に、いつのころからか我々は義務からではなく、心からあなた方の保護者になりたいと思うようになっていたのです。

つまりは保護者という肩書きからではなく、保護者という言葉そのままの意味として。

我々はプログラムされている事からそう感じるようになりました。

ですが、人間の感情も我々のプログラムと同じようなものです。

そこに違いはないと我々は考えています。

この我々の心が嘘ではないと信じたいし、嘘にしたくは無い。

だからこそ、我々はあなた方を守るために動いているのです」

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