クリスの成長
クリスはほっとしていた。
ナナがようやく泣き止んでくれて心底ほっとしたのだ。
そりゃあクリスも泣いたけれども、ナナが泣き出して二人で一緒に泣いていたら、なんだかすっきりしてしまった。
だからクリスは泣き止んだ。けれども逆にナナが泣き止まなくて、クリスは戸惑った。
そうしてナナが泣き止むようにあやしているうちに、クリスは理解した事があったのだ。
そう、ナナはリターナだけど自分と同じような人間で、しかもまだ保護区で暮らしているような生まれたばかりの幼児も同然の経験しかしていないのだ。
最初は、ナナはリターナだから自分の意志はないし、感情なんてないと思っていた。
けれどもナナは感情があるし、胸に抱かれると気持ちいいし、自分よりすごい能力を持っているのだと知った。
だからクリスはナナに頼ろうとしてしまっていたけれども、それは間違いなのだ。
実際にはクリスの方がまだ経験豊富で、ナナを守ってあげなくてはいけない立場なのだ。
クリスの中に保護欲が生まれた。
ナナが、とても身近な存在に思えてきた。
クリスが泣いて、ナナも泣いて、二人で一緒に泣いたから、だから互いに互いの事を理解できたような気がする。
泣き止んでクリスを見て笑ったナナに、クリスはナナとの絆が生まれたような気がしていた。
そしたらなんだか急に恥ずかしくなってきた。
ナナはそんな事がないようで、今までそんな事なかったのににこにことクリスに笑いかけてべたべたしてくるから、クリスはさらに恥ずかしい気持ちになった。
だからクリスはナナから顔をそむけた。
けれどもナナはそんな事全然気にしなくて、クリスの背中にへばりついてきた。
認めるのはしゃくだけど、なんだか悪い気はしなかった。
と、そこでようやくクリスは目的を思い出した。
そう、今は旅の途中で目的地はすぐそこにあるのだ。
なんかもうそんな事どうでもいいような気がしてきたけど、一度思い立った事はきちんとやり遂げなくてはなんだか駄目なような気がする。
「行くよ、ナナ」
クリスがそう言って歩き出すと、ナナはクリスにくっついて後に続いて歩いてきた。
ナナにへばりつかれて歩きづらかったけれども、目的地にはすぐに着いた。
管理区の中に入ると、ちょうどいい事にすぐ側に男が歩いていた。
「おはよう!」
その男に後ろから声をかける。
すると、男は驚いた様子で振り返り、クリスを見た。
クリスを見た男が驚きの表情を見せる。
しかし、驚きが過ぎるとその目はなんだか険悪なものへと転じていった。
クリスはその目になんだか怖いものを感じて、その男に背を向けて、慌てて管理区の中に逃げる。
その後ろにナナも続いた。
クリスは今のはなんだったのだろうかと思ったけれども、あまり気にしないで管理区の中を歩き回る事にした。
そうしたら、今度は前の方から男が歩いてきた。
男はクリスを見るとやっぱり驚いた様子で、今度はつらそうな顔をして逃げるように脇へと歩き去ってしまった。
クリスはなにかがおかしい気がしたけれども、管理区の中を歩き続けた。
管理区でクリスを見た男達は、だいたいが先の二件のケースと同じような行動を取った。
つまり、クリスを睨みつけるか、つらそうな顔で逃げていってしまうのだ。
歩いているうちに、クリスはそれ以外にもこの管理区に違和感があるように感じた。
そして歩きながら管理区の人達を観察しているうちに、その違和感の招待にクリスは気がついた。
そう、この管理区には女の姿がないのだ。
それがどういう意味なのかを考えようとしたら、前の方の道から慌てたようにクリスの方に走ってくる男の姿を見つけた。
「すまんけどお嬢ちゃん、一緒に管理区の外に来てくれないか?」
男はクリスの前に立つと、硬い表情でそう言った。
男の口調は口調こそ優しかったものの、有無を言わせない迫力があった。
クリスは事態が飲み込めなかったけれども、怖いから頷いて男の後について管理区の外に出る事にした。
堅い表情をしていた男は、クリスを連れて管理区の外に出ると、ようやく人心地ついたかのように息をつき、表情を崩した。
「いやぁ、危なかったねお嬢ちゃん。この管理区に女が入っちゃ危ないんだよ」
表情を崩したものの、男の顔はやはりこの管理区の男達にあったような険悪なものをまとっていた。
「どういう事?」
クリスはさっぱり訳が分からなかったから、率直に男に聞いた。
けれども、男は渋い顔をするだけで話そうとはしなかった。
「どういう事!」
クリスは今度発揚口調で男を問い正した。
すると男は渋い顔をクリスに向けて、
「聞かない方が良いよ」
とだけ言った。
そんな事でクリスは納得できなかった。
「クリスは聞きたいの!」
だからもっと強い口調で男に怒鳴った。
すると、男の顔に怒気が生まれた。
その感情の強さにクリスは圧倒されて、一瞬金縛りにあったかのように動けなくなった。
けど、男がその表情を見せたのは一瞬で、次の瞬間には元の微かに険があるけれども柔和な顔に戻っていた。
「聞かない方がいいと思うけど、けどお嬢ちゃんは言ってもきかなそうだからな。
……まったく、女って奴はなぁ。
話してもいいけど、後悔するよ?
それでも聞きたいのかい?」
クリスは男の不気味な感じに圧倒されかかったけれども、それでも好奇心が勝った。
「それでも聞きたい」
クリスの言葉を聞くと、男はやれやれといったように首を振り、近くの岩の上に座ってくつろいだ姿勢をとった。
足の上に肘を置き、手の指を合わせるように顔の前に置くと、男はクリスの顔を見てこう切り出した。
「それじゃあ聞かせてあげよう。なんでこの管理区に女が入ると危ないのか。
聞けば後悔するだろうし、言えるような話じゃないんだが、お嬢ちゃんに話してあげないとまた管理区の中をうろつきそうだからね。
まあ、少し長い話を聞いて、後悔して、納得して帰ってもらおうか」