つきのひかり?
古い洋館にたどり着いたクリスとナナは、中に入って雨で濡れた服を乾かす事にした。
前文明の設備はよほど物持ちが良かったのか、この古い洋館は照明こそ全滅していたものの、暖炉に炎の映像を投影する必要のあるアナログ趣味の暖房装置は生きていた。
服を乾かしているうちに、クリスがうとうとと眠りだす。
眠る必要の無いナナはクリスの頭を膝に抱きながら暖炉に投影された炎を見ていた。
やがて夜になり、それまでじっと暖炉の炎を見ていたナナは、ふと部屋の外でなにか物音がしたような気がしてそれを確かめにいく事にした。
ドアを開けて外に出る。するとそこには小石がぱらぱらと落ちていた。
上を見る。すると、天井に亀裂が走っている。
多分、千年ぶりに人が入ったせいだろう。建物の建築材は劣化していて、すぐに崩れるような事は無いだろうが、この洋館も寿命が近いようだ。
ナナは部屋に戻ろうとする。
しかし、ふと見た通路に見えた、窓から差し込み断続的に続く月明かりの柱にナナは心奪われた……
キレイな光? そう、これはキレイな光。
窓から差し込む光はキレイ。暗いけど明るいから不思議でキレイ。
ナナはキレイな光に触りたくって、窓から差し込む光の柱に近づいた。
光の柱に手を伸ばしたけれどもそれは触れなくて空を掴んだ。
今度は月明かりに照らされた床に触れてみた。
床には触れられたけれども、やっぱり光には触れられない。
不思議な感じ。これは不思議な感じ。
見えるけど触れないから不思議。見えるけど形が無いから不思議。
ナナは光の柱が窓から伸びている事に気がついた。
光の柱をたどるように窓に近づいて外を見ると、空には月が見えた。
月? そう、あれは月。
月は地球の衛星。太陽の光を浴びて輝く衛星。
月の光? そう、これは月の光。
月の光は明るくてキレイ。月の光は優しくてキレイ。
月の光が森を照らすのはキレイ。月の光が草や花を照らすのはキレイ。
月の光は明るいけど暗いから不思議。月の光は明るいけどまぶしくないから不思議。
ナナは月明かりが照らし出す光景に心奪われた。
月の光が綺麗で、月の光を直接浴びたくなって、ナナは窓を空けて外に出た。
外は建物の中に比べて少しだけ寒かった。
けれども埃っぽい建物の中に比べて、外の空気は澄んでいた。
空には雲一つ無かった。
雨が降って塵が地上に落ちた空気は澄んでいた。
ナナは月の向かって手をかざした。
月明かりがナナを照らし出す。
月の光を浴びて身体が光っているように見えるのは不思議だった。
ナナは落ち着いた気分だったけれどもなんだか楽しくて、だからナナは感情のおもむくまま、身体が動くままに踊り始めた。
夜露を浴びた草花がナナの足を濡らした。
月の光がナナの動きにあわせてナナの後ろに大きな影を作った。
夜の冷えた空気がナナの鼻先を掠めていった。
ナナはその全部が楽しくって、夢中で踊り続けた。
月だけが見守る洋館の中庭で、ナナは月明かりが映し出す自分の影をパートナーにしていつまでも踊り続けた。