クリスの混乱
クリスは戸惑っていた。
ナナが、いきなりクリスの手を取って走り出したのだ。
クリスは訳がわからなかった。
そもそもリターナがこんな行動を取るなんて思わなかった。
クリスが知ってるリターナは、数ヶ月前までの知識ではそこらへんの地面に転がっている自分じゃ動かない奴だったし、ここ数ヶ月の間にハチを見ていて自分で動く奴もいるんだと知ったけれども、けどこんな風に自分から率先して人間を引っ張っていくリターナがいるなんて思わなかったのだ。
クリスは驚いて戸惑っていた。これでは人間と変わらないではないか。
だからクリスは呆気に取られて、ナナにされるがままにナナの後について走っていた。
けれども、驚きが過ぎ去った後で、ようやくクリスは自分で考えられるようになった。
そうしたら、クリスの頭の中に一つの疑問が湧きあがってきた。ナナはどこに向かっているのだろう?
「ねえ、ナナ。どこに行くの?」
クリスはナナに話しかけた。けれども、ナナから返事は無かった。
「ナナってば!」
クリスは今度はちょっときつい口調でナナに話しかけた。けど、それでもナナから返事は無かった。
クリスは頭に来た。
クリスが聞いているのに何も言わないなんてどういうつもりだろう。
……いや、そういえばハチは喋れるけれど、ナナが喋っているところをクリスは一度も見てない。
ひょっとしたら喋れないのだろうか?
けど、それでも許せない。
話しかけても無視するなんて酷いと思うのだ。
それに冗談じゃない!
喋れないって事は、何にも考えてないのかもしれない。
何にも考えてないなら、ナナはクリスをどこに連れて行こうというのか。
このままナナに任せていたら、この森の中で迷子になって、遭難してしまうかもしれないじゃないか。
白骨死体になった自分の姿を想像する。
森の中で迷子になって遭難したら、家に戻れなくて見つけてもらえなくて、餓死してそうなってしまうのだ。大昔の映像ではそうだった。
冗談じゃない。そんな事になるなんて許せない!
「そんなのイヤ!」
クリスは大声で叫んだ。
クリスは大声で叫んで慌ててナナの手を振り解いた。
手を振り解いて止まったら、なんだか急に息が苦しくなってきた。
ナナはクリスのペースも考えずに走っていたから、走っている間は気がつかなかったけれども結構苦しかったのだ。
肩で大きく呼吸をしながらナナを見てみたら、ナナは不思議そうな顔をしていた。
不思議そうな顔をしながら、ナナは再びクリスの手を取って走り出そうとする。
クリスはその前に手を振り解いた。ナナの手を振り解いてナナを睨みつける。
そうしたら、ナナは不思議そうな顔の中に理解の色を見せた。
それを見て、クリスはほっとした。ようやく話を聞いてくれる気になったのだろう。
クリスは気を抜いて肩の力を抜いた。
そうしたら、その次の瞬間、クリスは宙に浮いていた。
「え?」
我ながら間の抜けた声が口から漏れる。けど、それは仕方が無いと思う。
クリスは文字通りナナに担ぎ上げられていた。
バンザイをしたような格好のナナに背中を持たれて、自分の身長より高く持ち上げられていた。
「え、えぇー!」
クリスは絶叫した。
状況が良く分からなかった。
あまりにも予想外すぎて、規格品の頭はこの規格外の出来事についていけなかった。
クリスが混乱している間にも、ナナは走り出していた。
クリスの手を引いて走っていた時とは比べものにならないスピードで森の中を疾走して行く。
森の緑が真横に伸びていく。
背の低い木から生えた木の枝が目の前を過ぎていく。
クリスは怖くって目をつぶって丸くなった。
目をつぶったら何が起きるか分からないけれども、目をつぶれば何も見えないから怖くない。
クリスは目をつぶってじっと怖いのを我慢していた。
そして気がついた時には地面に転がっていた。
もう怖い事は起きていない事を確認して、恐る恐る目を開ける。
「なに……これ?」
そこに飛び込んできた光景に、クリスは思わず呟いた。
そこには古い洋館が建っていたのだ。
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