クリスの誤算
クリスは困っていた。
せっかく旅に出たというのに乗ってきたエアカーが故障してしまったのだ。
前途多難とはこの事だ。いったいこの先、どうやって移動しろと言うのだろう。
「サンタのバカァー!」
クリスは大声でサンタの悪口を言った。もちろん八つ当たりだ。
けど、そんなに八つ当たりでもないのかもしれない。クリスがこんな目にあっているのは全てサンタが悪いのだから。うん、そういう事にしておこう。
さて、サンタの悪口を行ったら元気が出てきた。この先いったいどうしようか?
前の道を見る。何も無い。
クリスの旅の目的地はお隣の第二十三番管理区だ。人生経験豊富な大人の女性に会って、どうしたらサンタに構ってもらえるかを聞こうと思うのだ。
けど、そこに行くには山を一つ越えなくてはならない。
後ろを見る。遠くの方に自分の管理区が見える。今から歩いて帰れば日が沈む前には帰れるかもしれない。
クリスはなんだかくじけそうになった。
自分の家が恋しくなってきた。
旅の目的地に着くためには、ここから家までの倍の距離は歩かなくちゃいけない。
野宿もしなくちゃならない。
もし着いたとしてもそこから家に帰るにはさらに同じ分の距離だけ歩かなくちゃいけないのだ。
旅なんて止めて家に帰れば今日は自分の家でぐっすり眠れる。
つらい目に会わなくて済む。
明日にはサンタに会えるかもしれない……
「だめぇー!」
クリスは大声で叫んだ。
くじけそうになる心を自分の中から追い払った。
ここで諦めたら何かに負けるような気がする。負けるのは嫌だ。
つらいのは嫌いだけれど、負けるのはもっと嫌いだ。
負けてなんかやらないんだから! つらくなんて無いんだから!
そう。つらくなんて無いのだ。むしろ、これこそが待ち望んでいた事なのだ。
これはきっと試練なのだ。
クリスが大人のレディになるための壁なのだ。
「大昔の映像だとそうだったもん!」
クリスは誰に言うともなく大声で叫んだ。
そう。きっとこれはクリスが生まれ変わるための試練なのだ。
きっとこの試練を乗り越えられたら、サンタの方から構って欲しがるくらいの素敵なレディになれるのだ。
「負けないもん!」
クリスは気合を入れた。
けど、その意気込みはすぐに水を指される事になった。
「ん、どうしたの?」
不意に服の裾を引っ張られたから何かと思ったら、ナナがクリスの服を握っていた。
ナナはぽかんと口を開けて空を見上げている。
なんだろうと思い、ナナに釣られるようにクリスも空を見る。
空を見たら、あれほど天気の良かった空が、今では焦げたパンみたいに黒々とした雲で覆われている。
クリスは血の気が引いていくような気がした。
その頬に一滴の水滴が当たる。
最初はほんの一滴。
けど、その一滴が二滴に。二滴が三滴になり、水滴は見る間に数が増えて一瞬でクリスとナナの全身を水浸しにする。
「……最悪」
クリスはうんざりと呟いた。
クリスの意気込みに文字通り水を差したもの。
それは雨だった。
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