クリスの傷心
クリスは怒っていた。
なぜなら、あの大昔の高層建築物から落っこちた日以来ずっと待っていたというのに、いつまで経ってもサンタがお見舞いに来なかったからだ。
確かに怪我はたいした事は無かったし、サンタだって被害者だったけれども、でも、か弱いレディがあんな事故に巻き込まれて心に傷を負ったのだから、クリスとしては一度くらいはお見舞いに来てくれても良いと思うのだ。
クリスは怒っていた。
だからあの日の心の傷が癒えて、外に出ても大丈夫になったら、クリスはすぐに高尾・フレサンジ・三太の家に殴りこんだのだ。
「サンタ!」
サンタの家の扉は開いていた。
だからサンタは家のすぐ中にいるのだろうと思って、クリスはサンタの家に怒鳴り込んだのだ。
けど、サンタの家にサンタはいなかった。
サンタの姿も、サンタが飼っているハチとかいう男の子型のリターナの姿も無く、サンタの家には最近ハチが拾ってきたというナナという名前の女の子型のリターナがいただけだった。
クリスはがっくりした。
せっかくクリスが来たというのに、サンタはいったいどこに出かけているのだろうか。
「サンタのバカァー!」
クリスは大声でサンタの悪口を言った。
そうやってもサンタからは反応が無いし、側にいたナナとかいう女の子型のリターナがびっくりしたくらいだ。
クリスはなんだか悲しくなって、その場にしゃがみこんで顔を伏せた。
そうなのだ。
どうせサンタはクリスの事なんてなんとも思っていないのだ。
だからサンタはクリスがサンタに構って欲しがっても構ってくれないし、怪我をしてもお見舞いにも来てくれないし、会いに来たというのに家にいさえもしないのだ。
クリスは悲しくなってきた。悲しくって、なんだか泣きそうだったけれども、でも泣いたりしたら何かに負けるような気がしたから、泣く直前で必死に頑張って堪えていた。
クリスが塞ぎ込んで泣くのを我慢していたら、不意に誰かの手がクリスの頭に触れた。
「サンタ!」
クリスはそれがサンタの手だと思った。
サンタが帰ってきてクリスが泣きそうになっているのが見えたから、だからそっと優しく手を頭に乗せて撫でてくれたのだと思ったのだ。
クリスは嬉しくなって飛び上がってその手の主を見た。
そしたらそこにいたのはサンタじゃなくて、驚いた顔をした女の子型のリターナだった。
「なんだ……」
クリスはがっかりした。がっかりしすぎてまた悲しくなってきた。
サンタはどこに行ってしまったのだろう。クリスがこんなに悲しんでいるというのに、なんでここに来て慰めてくれないんだろう。
「ふぇぇぇん」
ちょうどいいところに女の子型のリターナが立っていたから、クリスはそのリターナの胸の中に飛び込んだ。
胸の中に飛び込んで、手を背中に回して抱きついて、胸に顔をうずめたら、なんだか心地良くって柔らかくて温かくって、心の防壁が緩んでしまってとうとう泣き出してしまった。
そしたら、女の子型のリターナもクリスを抱きしめてくれて、そっと頭に手を置いて優しく撫でてくれた。
その女の子型のリターナの胸の中は心地よくって、頭を撫でる手が気持ち良くって、不思議なものに包まれているような気がして、クリスはなんだか癒されていくような気がした。
クリスは不思議と安心できて、泣き止んだ。女の子型のリターナに抱かれていたら、嫌な気分が抜けてきて、だんだんと元気が出てきた。
元気になったら今度はまたサンタの事が気になった。
ここに来てから結構時間がたっているというのにまだ帰ってきていない。本当にサンタはどこに行ってしまったのだろうか?
クリスはだんだん腹が立ってきた。
こんなに悲しい気分になったのも、思わず泣いてしまったのも、全てはクリスを放っておいてどこかに出かけてしまっているサンタが悪いのに、なんでサンタは今すぐ帰ってきてクリスを慰めてくれないんだろうか。
「サンタのバカァー!」
だからクリスは大声でサンタの悪口を言った。
「あ、ごめん」
そしたら女の子型のリターナ(確かナナとかいう名前だっけ?)がびっくりしてしまったので、クリスは素直に謝った。
それにしてもどうしてくれよう。こんなに放っておかれるなんて、耐えられそうにも無い。心が傷ついた。もう立ち直れないかもしれない……
「そうだ、旅に出よう!」
我ながらナイスなアイデアに思わずポンと手を叩く。
傷心のレディは旅に出るものなのだ。心の傷を癒す旅に出て、色んなものに触れ合って、嫌な事など全部忘れてしまうのだ。確かこの前見た大昔の映像ではそうだったはずだ。
「そうしよう。ねぇ、ナナ」
旅といえば道連れだ。傷心旅行に出るお嬢様とそれに付き従う侍女。うん。なかなか良いシチュエーションかもしれない。
「そうと決まったら用意しなくっちゃ」
こうしてクリスは傷心旅行に出る事にした。
クリスは旅に出る仕度をするために、問答無用でナナの手を引いて、ナナを自宅に引き連れていく。
クリスによって引きずられて行くナナは、見様によっては小首を傾げているようにも見えた。
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