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第7話著述の豆、お挽きします。

「かんぱ〜い!」

 とある雑誌編集社のエンタメ誌の飲み会にて。

「いやー、編集長! 三百号出版おめでとうございます!」

「いやいや、優秀な編集員のお前たちのおかげだ。まさか二十五年も続くとはなあ! 途中から加わった大聖もPULSE(パルス)の再燃に関わってくれたしなぁ!」

「そ、そんな、僕は大したことしてないですよ」

 大聖だいせいは後頭を撫でて言う。

「まあでも、大聖は文芸誌の部署にいれば、いまは俺より稼いでたかもな!あの天才小説家の高塚ゆうの担当だったんだもんなぁ!」

「ちょっと編集長! 大聖が可哀想ですよ。今の時代そう言う発言がパワハラになるんですから!」

 編集長の発言を他の編集員が咎める。

「まあ高塚はあそこまで有名になったんです。編集担当を変えたくなるのもしょうがないですよ」

「そうだよなぁ。エンタメ誌をやってて思うけどそういう業界って、一度切られたらなかなか戻れないもんな」

 しんみりとした飲み会の雰囲気に、一人の編集員が、

「編集長! 25年間の中で一番良かったグラビアとかってありますか!?」

「ん? そいつぁな、あの大女優の……」

 そんなこんなで飲み会は大盛り上がりだった。


 ——飲み会が終わった。

「それでは、ありがとうございました」

 編集長をタクシーに乗せ見送る。タクシーが見えなくなったところで、

「あ、では私はここから家まで歩きなので! お疲れっした!」

 と他の編集者に行って別れた。

 ふと一人になると、編集長の言葉がよぎる。

「ふ、『俺より稼いでた』ねぇ……」

 大聖は、エンタメ誌の部署に異動になる前、確かに文芸誌の部署に在籍していた。

 帰り道はいつも歩き慣れた商店街の街並み。

 夜はその姿を変えてしまう。夜の静けさがなんとも寂しげだった。

 どこからもあかりが溢れていないから、街灯が大聖を照らした。

 脇道から一軒光が漏れている。

「あれ? この商店街にはこんな時間にやってる居酒屋なんかないはずだぞ?」

 不思議に思い、酒で覚束ない足をを走らせ、脇道を覗き込む。

 居酒屋かと思ったら、なんと喫茶店である。こんな時間にやっている喫茶店はなんとも不気味に思えたが、酔いが好奇心を煽る。

 入り口を見ると「OPEN」とかけてあり、店内では一人のおじいさんがカウンターに立ってカップを磨いていた。


 大聖は気づくと入店していた。

「おじさん! まだもしかしてやってるかい?」

「いらっしゃいませ。ええやっておりますよ」

 大聖はマスターの前のカウンターに腰掛ける。

「酒酔いに出すコーヒーなんてねぇよな?」

「いえ、うちで扱っているコーヒー豆は特別なもので、睡眠導入作用があるので、酔いにちょうど良いかもしれません」

「特別なコーヒー?」

 不思議に思い、近くに置いてあったメニューを開くと、


 ◎真相ブレンド お気持ち代

 ◎真相カフェラテ 微糖 お気持ち代


 と書いてあった。

「真相……?」

「この店は知りたい真相を抱えているお客様だけが、たどり着くことのできる喫茶店でございます。そちらのコーヒーを飲んでいただくと、夢を通してその真相に触れることができるんです」

「へえ面白いな。俺結構そういうの信じるタイプだから、そうだな……、ブレンドの微糖とかってできるか?」

「はいかしこまりました」

 そう言うと、コーヒー豆を取り出してありったけコーヒーカップに注いだ。

「こちらの豆にその真相に関わることをお話しください」

「はいよ」

 そう言うと大聖は急に神妙な面持ちで話し始めた。



 ——十三年前

「おい! 大聖じゃないか!」

 一人の男が電車の中で話しかけてきた。

「え?」

 顔を見上げると、中高の同級生の健四郎だった。

 健四郎は中高の六年間ずっと同じクラスで、同じバドミントン部に入っていた。

「健四郎!?久しぶりだな!こっちにいたのか」

「大学の名残りでね、文学部は東京にあるから」

 健四郎は大学の文学部へ、大聖は商業実務の専門学校へ進んでいた。

 どこに住んでいるか、今何をしているのかそんな他愛ない話で盛り上がった。

「じゃあよ、いつか飲まねーか?」

「お酒はあんまり強くなくてね、うちでもいいかい?」

「あいよ! 酒は買ってくから、なんか食べ物用意しといてくれ」

「大聖お気に入りのあれ作るか!」

 そんな話をしながら電車に揺られていた。


 約束の日、仕事を終え、健四郎から送られてきたマップを頼りに健四郎の家へ向かう。

 途中のコンビニで、ビールや酎ハイを買い、入り組んだ住宅街を抜けた先に、一軒の大きなマンションがあった。

「多分ここだよな……」

 予想外の大きさに驚きを隠せなかった。

 教えられた部屋番号を押し、インターフォンを鳴らす。

「開けるね!」

 そう健四郎の声が聞こえると、ドアが自動で開いた。

 健四郎の部屋があるのは八階だ。エスカレーターのボタンを押して上がっていく。

 八階に着くとエスカレーターの前で健四郎が待っていた。

「いらっしゃーい!ささ、こっちこっちー」

 健四郎に招かれ、入ると高層マンションを物語るような一人暮らしには広い部屋だった。

「お邪魔します」

「いやー、親以外で人この部屋招くの初めてだよー」

 健四郎はちょっと嬉しそうだった。

「んじゃ手洗ってリビング座っててー」

 洗面所で手を洗い、リビングに行くと、

「おい、これ全部作ったのか? めっちゃうまそう……」

「今日作ったのは昔作ったのと全部おんなじ!」

「え、あの時の!」

 中学生の時、引っ越してきた健四郎は親の夜勤で一人でいることが多く、健四郎の親の許可のもと、よく健四郎の家に泊まっていた。

 一人慣れしている健四郎は、料理が得意だった。

 健四郎の作った料理を二人で食べ、お風呂に入り、一緒に寝る。そんな日々がよく続いた。


「ところで大聖、今仕事は?」

 健四郎の料理を食べながらそんなことを聞く。

「そういえばこの間言ってなかったな、今雑誌の編集社で働いてる」

「へぇー! 俺は今は国語の塾教員の傍ら、小説を書いてるよ。まあどこの出版社も受け付けてくれないけどね」

「小説? ちょっと読ませてくれねぇか?」

「え、いいけど……」

 そう言って原稿を出してくれた。

 読み始めると物語の中に段々と引き寄せられ、飲み好きな大聖がビールの存在を忘れるほどだった。

 真剣な面持ちの大聖とは反対に健四郎は少し驚いた顔で見つめていた。

 十五分ほど経った後、読み終えると大聖は我に帰った。

「なあ健四郎、明日これ会社に持って行ってもいいか?」

「え?」

「うちの編集社、文芸誌もやってて、いま絶賛執筆者募集中なんだよ」

「それって……」

「めっちゃおもろかった!」

 健四郎の目から涙が溢れた。隠された承認欲求がそこにあったと大聖は思った。


 ——翌日

 大聖は朝早く出勤時間の前に健四郎を連れて文芸誌の部署に押しかけた。

「確かあんたは広報部の……」

「高橋です!ちょっと読んで欲しい小説があって、こいつが書いたんですけど」

 そう言って大聖は健四郎を押す。

「ふーん、あんちゃん自信は?」

「あ、あ、あります……」

「よし読んでやる、そこで待ってろ」

 黙々と小説を読んでいく。時に頬をかき、口をすぼめるように動かしながら。

 読み終えると原稿を机の上に置いた。

「高橋はうちが今執筆者を募集してるって話を知ってるわけだよな?」

「はい」

「それを伝えてきたんだよな」

「はい」

「じゃあ連載が決まったらやるだけの覚悟はあるってことだよな」

「……はい」

 どんどんと強まる語勢に、引き下がりそうになりながらしっかりと返事した。

「ふん、予想も及第点も大きく超えてきたよ。繊細に描写が描かれてる。簡単にできることじゃない」

「え?」

 大聖と健四郎は口を揃えて言った。

「うちで引き取るにはもったいないぐらいだが、うちにわざわざ持ってきたってことは、色んな出版社に跳ね返されたな?」

「そうですね……。読んでもらうこともできずに」

「じゃあその出版社たちをうちで一緒に見返してやらないか?」

 ニヤりと健四郎のところを見て言った。

「よ、よろしくお願いします!」

 健四郎の声がとてもよく通って聞こえた。

「俺は編集長の橋塚はしづかってもんだ。名前は?」

河本こうもと健四郎と言います」

「んじゃ決まりだな! 高橋はこっちに異動して担当やってくれ」

「はい…。ん? えぇー!!!」

「安心しろ席は用意する。広報にも俺から伝達する」


 こうして健四郎の連載が決まった。

 ペンネームは高橋と橋塚から取って高塚けんとなった。

 デビュー作となった「一閃」は最初は読者は少なかったものの、だんだんと人気を博し始めた。

 何作か重ねるごとに、橋塚が当初睨みを利かせていた出版社に対しても温厚になり、単行本化もされた。

 転機となったのは、「空の蒼さ」という一作だった。

 完結前にも関わらず上巻として出版され、その年の栄誉ある賞を獲得した。

「空の蒼さ」に登場する主人公の優しいおじがゆうと言い、そこからファンの中での愛称が高塚ゆうとなった。

 以降、ペンネームは高塚ゆうに変更した。

 二人とも多忙を極め、受賞の十ヶ月後に完結した。


 連載から8年後のある日、橋塚から

「高橋、本人の希望で一時的に高塚ゆうの担当を外れてもらうことになった」

 と告げられた。

 動揺から何を声を出すことができなかった。

「まあ一時的だ。本人から戻るように連絡は入るだろう」

「そんな……、俺が何をしたっていうんですか!」

「とにかく! お前はエンタメ誌に異動になった。以上だ」

 橋塚に突き返された大聖は気が滅入ってしまった。


 一年後復帰依頼が届いた。

 帰る理由はなかった。

 だんだんとメールすら開かなくなった。

 全く話すことはなくなった。

 健四郎の小説を読むことも……。



 大きくため息をつき、

「もう今更理由なんて聞けないっすよ。八年も経って」

「でも、戻らなかったんですよね……」

 そう言ってマスターはカップに入った豆でコーヒーを作り始めた。

「プライドかな。あいつには俺じゃなくちゃダメだって言うことを否定されたようでね。気に障ったと言うか」

 そんな言葉を横に、マスターはコーヒーを淹れた。

「著述の豆、お引きしました」

 酒の酔いからか、喉の渇いていた大聖は一気にコーヒーを飲み干した。マスターに申し訳なくなるほど、思い切り。

 その勢いを抑えるように、体が布団に包まれるような、何かに抱きしめられるような、なんとも気持ちのいい感じがした。

 瞼がだんだんと重たくなり、そのまま寝てしまった。



「橋塚さん!」

 夜遅いオフィスに健四郎がやってきた。

「おう高塚、どした?大聖なら帰ったぞ」

「いや、あなたに、お願いしたいことがあって……」

 健四郎の顔は遠慮しているようだったが、しかし信念を感じるような美しい目をしていた。そして健四郎はゆっくり口を開いた。

「一時的に、大聖を担当から外してもらえませんか!?」

「え、どした、そんな急に」

 橋塚は驚いたように見せながら、ソファを指差し、健四郎を座らせる。

「あいつと喧嘩でもしたのか?」

「いえ、大聖が主人公の小説を書きたいんです」

「そいや、今連載中のも終わりに差し掛かるんだったな。でもなんでその小説を書くのに、あいつがいちゃいけないんだ?むしろ近くにいて」

「大聖に感謝の気持ちを込めて、クリエイティブ・ノンフィクションを書きたくて。要はサプライズみたいな、いつも大聖は俺のことばかりで、俺は何もできてなくて」

 橋塚は少し考えた後、

「担当を外すのはいいが、サプライズにする必要はあるのか?」

「サプライズにしないと……、大聖は休めない……、そう思うんです」

 フン。橋塚は笑うと

「俺に小説家様のご意向に逆らう趣味はない。安心しろ、協力してやる」


 ——次の日

「曽野! 行って欲しい小説家のとこがあるんだ」

 橋塚はそう言って新人の曽野に声を掛けて、紙を手渡した。

 曽野はその紙をそっと開くと、驚いた顔を見せ、

「編集長、これは……」

「静かにしろ、詳しい話は向こうで聞け」

 曽野がオフィスを出ると同時に、大聖が出勤したきた。

 曽野はタクシーに乗り、健四郎の元に向かった。


 ピンポーン

 インターフォンを鳴らすと、健四郎が出てきた。

「君が曽野くんだね、入って」

「失礼します」

 そう言って曽野は部屋に入って行った。

「そこ座って」

 そう言うと、健四郎は全てを曽野に話した。

「え、でもそれって大丈夫なんですか?」

「うーん、俺と編集長の考えではね。やってくれる?」

「も、もちろんです。自分は高塚先生の小説を読んで、この業界に入ったんです!」

 目を輝かせる曽野はそう言う。

 そして健四郎は少し決断を固めるように、息を吐き、

「俺の小説と同時に、大聖もリスペクトしてくれるかい?」

「しない理由がないですよ。あんなかっこいい先輩」

 二人は握手を交わし、小説の執筆を始めた。


 ——小説の連載が始まる頃

「そろそろ連載だな」

 執筆がひと段落した健四郎はご機嫌だった。

「そういえば、先生。高橋さんに連載のこと伝えなくていいんですか?」

「そこ悩んでるんだよ。多分あいつは小説読んでくれてるし、サプライズだから伝えなくてもいいかと思うし、忙しいところに読むのを強要させちゃ悪いしな」

「確かにそうですけど…」

「感想は気長に待とうぜ」

 そう言って健四郎は微笑んだ。



 大聖は目を覚ました。

 気がつくと朝日が差し込んでいる。

「お、お代は、!?」

「満足度に応じて払っていただければ」

 大聖は財布をのぞくと、千円札が二枚入っていた。

 それをカウンターに置くと、急いで店を飛び出した。

「ご来店ありがとうございました」


 健四郎の家まで走る。

 いつものデスクワークのせいか、うまく走れない。

 しかし全力だ。疾走と言うには足らないが、思いっきり走った。

 風を切って、多くの人とすれ違い、追い越しながら走った。

 不恰好な走りでも今は急ぎたかった。

 健四郎のマンションに着くとすぐさまインターフォンを押した。

「ふぁーい、どちら様ですか」

 そう言ってドアを開けたのは健四郎だった。

「大聖!? よく来たね、上がって」

「お、おう」

 息切れと緊張でうまく言葉が出てこない。

 家に上がると、床に一人の男が横たわっていた。曽野だった。

「お客さんですか?」

 寝ぼけたように曽野が起きて言う。

「あ、あれ? 高橋さん? まだ夢の中?」

「現実だよー、曽野くん」

 曽野は目を擦っていた。

 少し躊躇いながらも、床に膝をつき、

「すまなかった、健四郎」

 と土下座した。

「え、なんで謝るの」

「俺、健四郎が俺のための小説を書いてたなんて思わなくて」

「いいんだよ、サプライズなんて言って、大聖に話さなかったのが悪いんだから」

「高橋さん、小説読みました?本当に仲がいいんだなって思いましたよ」

 大聖はきょとんとした顔を見せたので、

「その顔は読んでないな?」

 健四郎はイジワル気味に言った。

「じゃあこれ、今度書籍化するんだ」

 そう言って著者見本を渡してきた。

 鼻を啜り、涙を拭くと真剣に読み始めた。


 一時間半後、朝ご飯を挟んで、曽野も会社に行った頃、大聖はついに本を閉じた。

「やっぱり読むスピード速いね、最初に読んでもらった時も速かったよね」

「ありがとな、こんなことしてくれて」

「いいんだよ。っていうかさ、仕事は?」

「ああ、今日は俺休みなんだ。でも会社行ってくるよ」

「え?」

「曽野の席を奪って帰ってくるよ!」

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