6話 黒盾
ギルドを後にした俺の足取りは、かつてないほど軽かった。懐には金貨と大銀貨。ブラック企業で月400時間働いて得た給料よりも、たった数時間の「草むしり」で得た報酬の方が価値がある。この世界の経済観念にはまだ疎いが、少なくとも今夜の宿に困ることはない。
「さて、まずは宿探しだな……。」
教会のマノンさんには世話になったが、いつまでも救護所のベッドを占領するわけにはいかない。俺はギルドカードをポケットにしまい、賑わう大通りから一本外れた、比較的静かな宿場通りへと足を踏み入れた。だが、その時だ。
「おい、そこの景気の良さそうな新入り。ちょっと面貸せよ。」
不快な金属音と共に、三人の男たちが路地の入り口を塞ぐように現れた。一人は革鎧を着込んだ斧使い、残る二人は薄汚れた短剣を弄んでいる。先ほどギルドで俺の「完璧な仕事」を苦々しく見ていた連中だ。
「……何のご用で? 営業の勧誘なら、今は間に合ってるんですが。」
俺は努めて冷静に、かつての営業スマイルを浮かべた。だが、彼らの目は笑っていない。
「とぼけんな。ガバの葉如きで大銀貨をせしめやがって。運が良かっただけだろ? なら、その幸運を俺たちにも分けてもらおうじゃねえか。」
「つまり、強盗ですか。社畜時代も理不尽な搾取には慣れてますが、物理的なのは初めてでしてね。」
「舐めとんのか!ゴラあ!」
俺はため息をつき、腰の『村雨の脇差し』に手をかけた。三対一。相手はプロの冒険者。対して俺は、戦闘は全くの素人。普通なら絶望的な状況だが、俺の背筋には不思議と冷たい静寂が流れていた。何か、イレギュラーが来る。
「死ねや、ガキが!」
斧使いが大きく一歩踏み出し、重厚な一撃を振り下ろそうとした、その瞬間。
ドォォォォン!!
空気を切り裂くような轟音と共に、俺と男たちの間に「鈍い黒色の壁」が割り込んだ。
「……そこまでだ!徒党を組んで新人を脅すなど、冒険者の面汚しもいいところだぞ!」
砂埃が舞う中、凛とした女の声が響く。そこに立っていたのは、見事な金髪をポニーテールにまとめ、銅の軽鎧を纏った美しい女性だった。だが、何より異様なのは彼女が構えている「盾」だ。それは中世ファンタジーの騎士が持つカイトシールドとは程遠い代物だった。表面には無機質なリベットが打ち込まれ、覗き窓には強化ガラスのようなものが嵌め込まれている。どう見ても……現代戦で特殊部隊が使う「軍用防弾盾」そのものだった。
「なんだぁ、テメェは! どけっ!」
激昂した男が斧を叩きつける。だが、彼女はその「防弾盾」を微動だにさせず、最小限の動きで衝撃を逃した。
「ギルドの規約第8条。冒険者間の私闘、および略奪は厳禁。……異議はないな?」
彼女は反撃をしない。ただ、盾を構え、じりじりと距離を詰めていく。男たちが短剣で突こうが、斧で殴ろうが、その盾は火花を散らすだけで傷一つ付かない。それどころか、彼女が時折放つ「シールドバッシュ」、盾の縁で相手を押し出す一撃は、まるで大型トラックに撥ねられたような衝撃を男たちに与えていた。
「くそっ、なんだこの女! 攻撃してこねえのに、一歩も近づけねえ!」
「硬すぎる……壁と戦ってるみたいだ!」
数分後、騒ぎを聞きつけた街の衛兵(騎士)たちが駆けつけるまで、彼女はただの一度も剣を抜くことなく、三人の男たちを完璧に封じ込めていた。
騒動が収まり、衛兵に連行される男たちを見送った後、彼女は重厚な盾を背負い直し、俺の方を振り向いた。
「怪我はないか? 運の悪いことに、変な連中に目を付けられてしまったようだな。」
「助かりました。……ええと、」
「クリスだ。ただのクリス。確かお前は、テオといったか? ガバの葉の件、ギルドで話題になっていたぞ。」
「ああ、やっぱり目立ちすぎましたか。まさか宿を探しに行く時を狙われるとは。……ところで、その盾。珍しい形をしてますね。」
俺が背中の異質な盾を指差すと、クリスは愛おしそうにその表面を撫でた。
「これか? 私の実家に代々伝わっていた守護の遺物だ。何でも、大昔に『天から降ってきた鉄塊』を加工したものだとか……。私は盾しか使えない……。」
彼女の瞳に、一瞬だけ寂寥の影が差したのを俺は見逃さなかった。名門の香りがする佇まいと、どこか場違いなオーラ。だが、今はそれを深く追求する時ではない。
「テオ。良かったら、私とパーティを組まないか?」
「えっ……パーティ?」
唐突な誘いに、俺は目を瞬かせた。クリスは真剣な表情で俺を見つめている。彼女ほどの腕前なら、俺のような新人と組むメリットはないはずだ。
「私は見ての通り、守ることしかできない。だが、お前には……その、なんて言うか、不思議な『気配』を感じる。私と共に歩めば、きっとお互いの欠けた部分を補い合えると思うんだ。」
「気配、ですか?」
「ああ。」
彼女はそう言いながら、ふと視線を俺の背後、暗がりに沈んだ路地の奥へと向けた。その視線は鋭く、「目に見えない何か」を警戒しているかのようだった。
「夜道は危険だ。オススメの宿に案内する。」
クリスは再び柔和な笑みを浮かべ、俺の隣に並んで歩き出した。
彼女が時折、背後の闇を執拗に確認していることに、俺はまだ気づいていない。そして、その暗闇のさらに奥。俺の足元に伸びる影は、夕日に照らされて二つ。だが、その背後には、決して消えない「三つ目の影」が密かに寄り添っていた。
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