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5話 ガバとゴバと雑草

 「………以上が冒険者の心得とランク制度になります。何かご質問はありますか?」


 受付嬢のミラさんは、咲き誇る花のような笑顔で説明を締めくくった。手元には、出来立てほやほやの銅板、俺の新しい名が刻まれたギルドカードがある。


 「いや、分かりやすくて助かりました。……それで、早速ですが、今の俺に受けられるクエストはありますか?」


 俺がそう問いかけると、ミラさんは「そうですね……」と指を顎に当てて考え込んだ。その瞳の奥に、ほんの一瞬、悪戯っぽい光が宿ったのを俺は見逃さなかった。


 「では、こちらの依頼はいかがでしょう? 『ガバの葉の採集』。枚数は500枚、報酬は銀貨1枚です。初心者の方には定番中の定番ですよ。」


 銀貨1枚。この世界の物価なら、宿に数日泊まって腹一杯食える金額だ。マノンさんの救護所でもらった素材代と、あの「キュプラ(笑)」の売却益で懐には余裕があるが、実績を積むには悪くない。


 「わかりました。それを受けましょう。」

 「はい、承りました! それではテオ様、お気をつけて。ガバの葉は森の少し開けた場所に生えていますから。」


 ギルドを出る俺の背中に、酒場の古参と思われる冒険者たちのひそひそ話が聞こえてきた。

 

 「おいおい、ミラさん、またあの『新人への洗礼』を出したぞ。」

 「ガバの葉500枚……。ククッ、ありゃ丸一日這いずり回っても集まりゃしねえよ。」

 「せいぜい、腰を痛めて泣きながら帰ってくるこったな。」

 「あの小僧、何枚持って来れるか賭けようぜ。」

 「いいわね。20枚に銀貨1枚。」

 「せいぜい5枚程度だろ。5枚に銀貨1枚。」

 「いいや、もしかしたら頑張って50枚持ってくるかもしれん。」


 なるほど。どうやら、世の中そんなに甘くないらしい。500枚という数は、嫌がらせに近いノルマということか。やってくれたな、あのアマ。


 城塞都市テッカを出て三十分。俺は再び、あのメガウルフを仕留めた森の入り口に立っていた。


 「さて……まずはターゲットの確認だな。」


 俺は「宝物袋」から、あの100均クオリティーの虫眼鏡を取り出した。一見チャチなプラスチック製だが、これが今の俺にとって唯一無二の相棒だ。


 しゃがみ込み、足元の雑草に虫眼鏡をかざす。


 【ただの雑草】

 詳細:どこにでもある草。食べられないことはないが、非常に苦い。


 【ガバの葉】

 詳細:止血効果のある薬草。一枚一枚が小さく、他の草に混じって生えるため見つけにくい。


 「あった。これか。」


 ガバの葉は、確かに小さかった。親指の爪ほどのサイズで、周囲の似たような雑草に紛れている。これを手探りで500枚集めるとなれば、確かに地獄の単純作業だ。普通の人間なら、一日中探しても百枚そこらが限界だろう。


 だが、俺には「運」と「これ」がある。


 俺は虫眼鏡を覗き込みながら、視界をスキャンするように歩き始めた。すると、どうだ。


 「ここ……あそこ……それから、あっちの木の根元にも…」


 不思議なことに、虫眼鏡を通すと、ターゲットであるガバの葉だけが、まるで蛍光塗料を塗ったかのように強調されて見える気がする。さらには、俺が進む方向に、なぜかガバの葉が点在するルートが自然と浮かび上がってくるのだ。群生地こそなかったが、俺が右へ行けば十枚、左へ行けば二十枚と、面白いようにガバの葉が見つかる。


 「よし、どんどん収穫して、すぐに『宝物袋』へ……」


 摘み取った端から、俺は腰の袋に葉を放り込んでいく。この袋は時間が停止する。つまり、摘んだ瞬間の鮮度がそのまま維持されるというわけだ。


 作業開始から四時間ほど経った頃。腰を伸ばして一息ついていると、虫眼鏡の視界に「赤文字」の警告が表示された。


 【ゴバの葉】

 詳細:ガバの葉に酷似した猛毒草。間違えて調合すると、薬が劇薬に変わる。見分け方は、葉の裏の脈が一本多い。


 「うわ、危ねえ……。」


 見た目は、プロの薬草師でも見間違えるほどソックリだ。俺は慎重にその毒草を避け、再び作業に戻った。


 結局、五時間が経過した頃には、袋の中のガバの葉はきっかり500枚に達していた。少し手首足首が疲れたが、ブラック企業での「1日中エ〇セルへのデータ入力」に比べれば、森の空気を吸いながらの作業はピクニックのようなものだった。


 「お帰りなさい、テオ様。早かったですね。ガバの葉集めは順調ですか?」


 ギルドに戻り、俺がカウンターに山盛りのガバの葉をドンと置いた瞬間、ミラさんの笑顔が凍りついた。


 「え……。あ、あの、テオ様? これ、何枚あるんですか?」

 「500枚、きっかりです。念のため数えてください。」


 ミラさんは信じられないという顔で、裏から薬草の専門査定官を呼んできた。出てきたのは、白髭を蓄えた気難しそうな老人だ。


 「ふん、新人がたった五時間で500枚だと? どうせ似たような雑草を適当に……なっ、なんだこれは!」


 老人はガバの葉を手に取った瞬間、目を見開いた。


 「どうしたんですか、アルフレッド様?」


 「見ろ、ミラ! この鮮度……今さっき摘んだばかりのような青々しさじゃ! それに、傷一つない。おまけに……驚いた。500枚、一枚の混じりもなく全てが純粋な『ガバの葉』じゃ!」


 周囲の冒険者たちが、ざわざわと立ち上がってこちらを覗き込んでくる。


 「嘘だろ。ガバの葉採集には、必ずと言っていいほど『ゴバの葉』が紛れ込むもんだぞ。素人が数時間で完璧に見分けるなんて不可能だ。」

 「ああ。しかもこの量……森を隅から隅まで知り尽くしたベテランでも、一日じゃ無理なはずだ。運良く群生地でも見つけたのか?」

 「いや、それはないと思うの。ガバの群生地なんて聞いたことないもの。」

 「俺も。」


 老人は、プルプルと震える手で俺の肩を掴んだ。


 「君……! どうやってこれを見分けたのじゃ? 特殊なスキルか? それとも、伝説の『鑑定眼』でも持っているのか!?」


 「いや……ただの運ですよ。運良く、生えてる場所が次々見つかって。それに、少し目がいい方でして。」


 俺は愛想笑いで誤魔化した。まさか、100円ショップの虫眼鏡で鑑定してました、なんて言えるはずがない。宝箱から出たブツのことは、死んでも秘密だ。


 「……信じられん。だが、文句のつけようがない完璧な仕事じゃ。ミラ、銀貨1枚と、追加のボーナスで大銀貨1枚(銀貨10枚と同価値)を出しなさい。この品質なら、王都の薬師ギルドが高値で買い取るじゃろう!」

 「は、はい! テオ様、こちら報酬です……。あ、あの、テオ様はもしかして、本当は凄い冒険者様だったりしますか?」


 ミラさんの潤んだ瞳が俺を見上げる。俺は肩をすくめ、報酬を「保存袋」にしまい込んだ。


 「いえ、ただの新人ですよ。……運だけは、ちょっと自信がありますがね。」


 俺はギルドを後にした。背中には、さっきまでの嘲笑ではなく、畏怖と好奇心が混じった熱い視線が突き刺さっていた。

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