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34話 クリスティーナ=フォン=キングスランス

 自由都市アルカの城壁の下、砂塵がゆっくりと落ち着いていく中で、時間は凍りついたようだった。黒鉄の騎兵たちの中央で、不敵に笑うキングスランス候爵。そして、壁の上で怒りに肩を震わせるクリス。二人の間に流れる空気は、救世主と被保護者のそれではない。それは、数年の月日を経てもなお消えることのない、呪いにも似た「血」の因縁だった。クリスの脳裏に、封印していたはずの凄惨な記憶が、泥濁りの濁流となって溢れ出した。


 

 19年前。

 王国最強の武門、キングスランス候爵家に一人の赤子が産声を上げた。候爵家の当主、ヨーナスは、寵愛を注いでいた銀髪の側室が産み落としたその娘を見て、歓喜に震えた。

 

 「美しい……。この黄金の髪は、我が一族に栄光をもたらす光だ」


 ヨーナスは娘を「クリスティーナ」と名付けた。キングスランス家は、代々「王家の矛」として知られる武勇の家系である。一族の者は皆、生まれながらにして槍を操り、矛を振るい、戦場を駆けるための天才的な資質を持っていた。ヨーナスは、クリスティーナもまた、自分を超える強靭な「槍」になると信じて疑わなかった。


 だが、成長するにつれ、周囲は異変に気づき始める。クリスティーナには槍術の才能が欠落していた。敵を穿つ鋭さも、一撃で鎧を砕く破壊力も、彼女の腕からは生まれない。しかし、その代わりにある異常な才能が芽生えていた。盾術である。教官が繰り出すいかなる一撃も、彼女が盾を構えれば、まるで大岩に当たった羽毛のように無効化された。


 「なぜ我が娘が『守り』に長けている? なぜ、父親である私にも、母親にも似ぬ金髪を持って生まれた?」


 ヨーナスの胸に、黒い疑念が鎌首をもたげた。彼は秘密裏に調べ上げ、ある歪んだ結論に辿り着く。側室はかつて「王家の盾」キングスウォール家の人間と密通しており、クリスティーナは、矛の天敵である「盾」の血を引く不義の子であったのだと。


 ヨーナスの愛情は、一瞬にして猛烈な憎悪へと反転した。クリスティーナが13歳の誕生日を迎える直前の夜だった。

 

 「その不浄の女を晒し首にせよ! 恥知らずな裏切りの証拠としてな!」


 狂気に染まった父の号令により、翌朝、館の門には自分を慈しんでくれた母親の、変わり果てた姿が吊るされていた。父だった男は、冷徹な目で娘を見下ろした。その目は言っていた。


 次はお前の番だ、と。


 「……お逃げください、クリスティーナ様!!」


 震える少女の手を強引に引き、死地から連れ出したのは、世話係の従者、マルクだった。彼はまだ30歳という若さながら、候爵家に仕える実直な武官だった。マルクには、故郷に愛する妻を残しており、いつか手柄を立てて家族を館に呼び寄せるのが夢だと、幼いクリスティーナに語ってくれたことがあった。


 「マルク、お母様が……! 父様が、私を殺そうとしているの!」

 「わかっています。だから、私があなたをお守りする。いいですか、何があってもこの盾を離してはいけません。」


 マルクはキングスランス家の家宝の「黒い盾」を彼女に握らせ、馬を走らせた。

 しかし、キングスランス家の執念は凄まじかった。荒れ果てた森で、ついに伯爵直属の暗部が彼らを包囲した。


 「マルク、もういいわ……私を置いて逃げて! あなたには奥様がいるでしょう!」

 

 泣き叫ぶ少女を、マルクは優しく、だが力強く抱き寄せた。そして、彼は自分の薬指にはめられた、古びた銀の指輪を愛おしそうに見つめた。

 

 「……私は、あなたに仕える盾です。愛する妻が待つ故郷を守るためにも、ここで未来あるあなたを見捨てるわけにはいかない。」


 マルクは剣を抜き、数倍の数からなる暗部へと突っ込んだ。血飛沫が舞い、雨が降り頻る中、マルクは全身を刃で貫かれながらも、クリスティーナの前に立ち塞がり続けた。彼の背中は、もはや人の形を留めていなかった。それでも、彼は一歩も退かなかった。そして、彼はなんとか全ての追っ手を撃退した。


 「お行き……なさい……クリスティーナ、様……」


 最期まで盾となって立ち尽くしたまま、マルクは絶命した。クリスティーナは、言葉にならない絶叫を上げながら、彼の亡骸から血に染まった一房の遺髪と、あの銀の指輪を震える手で抜き取った。


 数ヶ月の逃亡の末、ボロボロになりながら、彼女はマルクの故郷へ辿り着いた。せめて、彼の最期を伝え、指輪を返そうとしたのだ。だが、待っていたのは地獄のような再会だった。


 「……あのひとが死んだ? お前のせいで? 私たちの幸せを、お前が奪ったの!?」


 マルクの妻は、夫の死を受け入れられず、発狂せんばかりにクリスティーナを罵倒した。


 「疫病神! 帰って! あなたがその盾を持っていながら、なぜあの方を守らなかったの!? 盾の才能があるというなら、なぜ、あの方を死なせたのよ!!」


 投げ捨てられた銀の指輪が、乾いた音を立てて土の上を転がった。かつてのクリスティーナの心は、その瞬間に死んだ。


 それ以来、彼女は「キングスランス」の姓を隠した。「盾」を持っているのに誰も守れなかった自分を呪い、冒険者として国中を彷徨い続けた。指輪をはめており、暗部に追われている者。そのような人間を自分の目の前で見殺しにしてはいけない。自分をそう呪った。



「……クリス。大丈夫か、震えているぞ。」


 テオの声で、彼女は現実に引き戻された。

 眼下には、母を殺し、マルクを死に追いやった元凶、ヨーナスが不敵に佇んでいる。クリスは、黒い盾を握り直した。今、彼女の背後には、守るべき街、守るべき人間がいる。もう、あの日のように何も出来ず、大切な人を失うようなことはしない、そう誓った。

コレを書きながら思ったんですけど、私は回想シーンと戦闘シーンを書くのが圧倒的に下手ですね。それ以外も上手いとは言えないし。本当に、私の文章を読んでくれる人がいらっしゃって嬉しい限りです。

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