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33話 劣勢、そして決着

 自由都市アルカに訪れた夜は、昼間の熱狂をあざ笑うかのような、底知れない闇に包まれていた。 荒野の夜は暗い。月が雲に隠れれば、数メートル先すら判別できない。だが、その静寂は平和とは程遠いものだった。


 「……テオ。三時の方角、また始まった…。」

 

 隣に立つクリスの声に、俺は重い瞼を持ち上げた。壁の下、矢の届かない暗がりの向こう側。教会の軍勢が、ずっと喚声かんせいを上げ、盾を叩き鳴らす音が響いてくる。松明の数と位置を考えると、教会は包囲を解かずに野営をとり始めたようだ。

 

 「大罪人テオを出せ!」

 「神の裁きは近い!」

 「地獄へ落ちるがいい不浄の徒め!」

 

 罵声、怒号、そして突然の突撃を装った法螺貝の音。彼らは夜襲を仕掛けてくるふりをして、俺たちの眠りを組織的に阻害していた。前世のブラック企業での連日の深夜残業を思い出すが、あちらが「死」に近い労働なら、こちらは文字通りの「死」が隣り合わせの嫌がらせだ。


 「……くそ、姑息な真似を。」

 

 俺は城壁の縁を叩いた。一キロメートル四方の外壁。バレンに注文した時は「広ければ広いほどいい」と安易に考えていたが、いざ防衛戦となると、その広大さが牙を剥く。守備範囲が広すぎるせいで、見張り一人一人の負担が尋常ではない。交代要員を含めても、九百の傭兵は今や限界まで引き延ばされていた。


 「ピッ、ピィィッ!」

 

 闇の中からピィちゃんの鳴き声が響く。城壁の上を忙しなく巡回しているカソワランドたちは、人間の目には映らない闇の動きを捉えていた。

 

 「……また梯子か。」

 

 俺が駆けつけると、カソワランドのエステルが壁の外を覗き込み、鋭い蹴りを繰り出していた。暗闇の中、音もなく壁を登ろうとしていた教会の騎士が、悲鳴を上げながら奈落へと消えていく。


 カソワランドたちが「生きている監視カメラ」として機能していなければ、アルカはとっくに内側から崩壊していただろう。だが、彼らも生き物だ。疲労は確実に蓄積している。


 そして、運命の夜明けが近づいていた。東の空が白み始め、荒野の輪郭がおぼろげに見え始めた頃。アルカの住民は深刻な寝不足で土気色に沈んでいた。集中力が途切れ、まばたき一つするのも億劫おっくうな、極限状態。徹夜にも慣れているであろう傭兵達も、尋常じゃない広さの守備範囲と、それによる休息不足等で少し足取りが重い。


 「テオさん……水、持ってきました……。」

 

 エリックがフラフラとした足取りで、桶を抱えてくる。その目には深いくまが刻まれていた。

 

 「すまない、エリック。少し休んでいろと言っただろう。」

 「だめです。僕たちにできることをしないと……。」


 その時だった。地平線を揺るがす、昨日よりも大きく、重厚な角笛の音が響き渡った。


 「……来た。総攻撃だ。」

 

 クリスが剣を抜き放つ。教会の軍勢は、夜通しの嫌がらせで俺たちの神経を削った後、最も体力が低下する夜明けを狙って一斉に前進を開始した。

 

 今回は分散していない。どうやってか教会の軍は戦力の大半を南側に移動させていた。

 

 「いつの間に移動したんだ!?奴ら、一点突破を狙う気だ!急げ!兵を南にまわせ!早くしろ!」

 

 ザカスが叫ぶ。

 

 三千を超える白銀の波が、南側の外壁だけに殺到していた。一キロメートルの壁の各所に散らばっていた傭兵たちが、必死に南へと走る。


 ドォォン!ドォォン!と、腹に響く破城槌の衝撃。教会の重装歩兵たちが、数えきれないほどの梯子をかけてくる。


 「いかん!」


 ついに、数人の騎士が壁の上に躍り出た。


 「落とせるぞ!この不浄の街を焼き払え!」

 

 叫びを上げる騎士の剣が、疲れ果てた傭兵の喉元に迫る。俺は村雨を構え、必死に水を操って足止めし、時々切り掛かっているが、多勢に無勢だ。

 

 (まずい……このままじゃ、一気に中まで雪崩れ込まれる……!)

 

 俺の脳裏に、エリックやルイーザ、そしてようやく手に入れた平和な日常が崩れ去る光景がよぎった。


 その時。南の地平線、朝日が昇る水平線の彼方に、巨大な「砂埃」が舞い上がった。


 「……なんだ? 教会の増援か?」

 

 絶望が傭兵たちの間を支配しかけた、その瞬間。砂埃の中から現れたのは、教会の白い外套がいとうではなく、重厚な黒鉄の鎧に身を包んだ「重装騎兵」の一団だった。


 四百。数は多くない。だが、その一騎一騎が発する威圧感は、教会の歩兵千人分にも匹敵した。

 先頭に翻る旗印、黄金の槍を二頭の獅子が支える紋章。


 「……あれは、あの旗は………。『王家の矛』?なんで……。」

 

 クリスが目を見開いた。


 (王家の矛、ファストファルトを治めるキングスランス候爵がなぜ、こんな辺境に来たんだ?)


 俺が驚愕する間もなく、その騎兵集団は速度を緩めるどころか、さらに加速した。

 

 「突撃ィィィィィッ!!」

 

 雷鳴のような号令が荒野に轟く。四百の鉄の塊が、壁に集中していた教会の背後から、一切の慈悲なく突っ込んだ。


 「ぎゃああああっ!?」

 

 教会の後衛、弓兵たちが一瞬で肉片と化す。重装騎兵の「突撃」は、魔法ではない物理的な暴力だ。数百キロの馬体と鉄の鎧、そして速度が一点に集約された槍先は、教会の粗末な盾の陣など、紙細工のように突き破った。


 「なんだ!? 何が起きている!?」

 

 壁を登ろうとしていた教会の兵たちが、後ろを振り返り、恐慌パニックに陥った。彼らの背後に広がるのは、もはや軍隊ではない。一方的な「収穫作業」の場だった。キングスランス伯爵の軍は、数倍もの敵を相手にしながら、その統制された動きで教会の軍勢を文字通り「粉砕」していく。


 「あの中央の一騎……。」


 クリスの指差す先に、一際巨大な黒馬に跨り、大身の槍を振るう初老の男がいた。彼が槍を一閃させるたびに、教会の騎馬が馬ごと吹き飛ぶ。


 「あれが、キングスランス候爵……。」


 圧倒的な力。昨日まで俺たちを苦しめていた三千超の軍勢が、たった四百の騎兵によって、散り散りに崩壊していく。教会の指揮官が必死に撤退の角笛を吹くが、もはや秩序はなかった。彼らはアルカの壁から、そして迫り来る「王家の矛」から逃れるため、荒野へと蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 静寂が戻った。朝日に照らされた荒野には、教会の旗が泥にまみれ、無数の敗残兵が横たわっている。

 

 「……助かった……のか?」

 

 ザカスが呆然と呟く。

 

 俺は城壁の上で、ゆっくりと近づいてくる黒鉄の騎兵たちを見つめた。彼らは壁のすぐ下で馬を止め、一人の男が兜の面当てを上げた。顔と鎧の隙間から紅の髪の毛が見えている。鋭い眼光を放つその男は、城壁の上に立つ俺を、値踏みするように見上げた。


 「私はヨーナス=フォン=キングスランス。自由都市アルカのあるじは、貴公か?」

 

 威厳に満ちた声が響く。

 俺は唾を飲み込み、一歩前に出た。

 

 「……主ではない。俺はテオ。この街のアドバイザーをしている者だ。」


 キングスランス候爵は、ふっと口角を上げた。


 「知り合いの公爵から面白い話を聞いてな。尋常ではない美味さの酒をポルタのクレメンス商会に注文したと。商会から直接買おうとしたら、クレメンスが、『酒の出元が教会に襲われてるから助けてやってくれ』といわれてな。来てみたわけだ。」

 「本当にありがとう。おかげでどうにかなった。」

 「テオ殿、貴公の街の酒噂、その真偽を確かめに参った。……まずは、その評判の『ルビー・メイト』という酒を、一杯頂けるかな?」

 「もちろ」

 「おい!お前は何をしに来た!」


 話を遮ったのはクリス。目が血走っている。


 「お前は………。…………。誰だったかな?」

 「ボケるのもいい加減にしろ!私はクリスティーナ=フォン=キングスランスだ!」

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