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31話 アルカに集う傭兵

 約束の一週間が過ぎた。自由都市アルカでは、バレンの指揮のもと、新しく拡張された一キロメートル四方の「外郭エリア」の整備が突貫で行われていた。まだ住宅こそ建っていないが、上下水道の基盤と、馬車が通れるほどの平坦な道、そして千人規模が野営できる広大なスペースが確保されている。


 「よし、ピィちゃん。迎えに行こう」


 テオはカソワランドの背に跨り、ポルタへと向かった。胸の鼓動は速い。クレメンスがどれほどの「戦力」を集めてくれたのか。それがアルカの運命を左右する。


 数時間後、ポルタの街が見えてきたとき、テオはその光景に圧倒された。ポルタの城門前、本来なら商人の馬車が並ぶはずの広場に、異様な熱気と鉄の匂いが立ち込めていた。色とりどりの軍旗が風にたなびき、焚き火の煙が幾筋も空へ昇っている。


 「……これ、全部傭兵か?」


 自分で「傭兵団がいい」などとは言ったものの個人の浪人たちがバラバラに集まっているのを想像していたのだが、そこにいたのは、統制の取れた3つの大きな集団、「傭兵団」だった。


 クレメンスの執務室へ飛び込むと、支配人は上機嫌で高級なトメイト酒を傾けていた。


 「来たな、テオ! 見ろ、あの壮観な眺めを。食い詰めた素人じゃない。実戦経験豊富な3つの団が、二つ返事で依頼を飲んだ。」


 クレメンスが差し出した名簿には、集まった戦力の内訳が記されていた。


『鉄槌団』:300名。

『銀狼団』:400名。

『砂塵の射手』:200名。


 総勢900名。敵である教会の二千に対して、数では劣るものの、七メートルの城壁を利用した「籠城戦」を行うには、これ以上ないほど十分な規模だった。


 「これだけの数をよく一週間で……」

 「ふん、金だけじゃない。君の出した『ルビー・メイト』を一樽ずつ、各団長に試飲させたのだ。『この酒を産む町を守る仕事だ』と言ったら、彼らの目の色が変わったよ。……金のために戦い、酒のために死ぬ。それが傭兵という生き物だ。」


 ポルタを出発した九百の軍勢が、荒野を横断し始めた。ピィちゃんの速度なら数時間の距離だが、重い装備を担いだ歩兵の足では、アルカまで4日はかかる。テオは先導を務め、時折、最後尾までピィちゃんで往復しては状況を確認した。


 「おい、雇い主の旦那! 本当にこんな荒野の先に町なんてあるのかよ?」

 

 野卑な声を上げたのは、銀狼団の団長、片目の男ザカスだ。


 「ああ。驚くような町がな。そこにはお前が試飲したような酒と、美味い食い物がある。……ただし、教会の軍を追い払った後だがな」

 「へっ、金貨一枚に加えてあの至高の酒が飲み放題か。教会の野郎どもの首を、トメイトみたいに収穫してやるよ!」


 傭兵たちは笑い声を上げるが、その瞳にはプロの冷徹な光が宿っている。彼らは俺を「甘い金持ちの坊ちゃん」ではなく、「とんでもない報酬を提示し、得体の知れない怪鳥を操る若者」として、正しく警戒し、敬意を払っていた。


 四日目の夕刻。地平線の向こうに、夕日に赤く染まった「バレンの城壁」が姿を現した。高さ七メートルの巨壁が荒野に屹立する姿を見て、百戦錬磨の傭兵たちからも「ほう……」と感嘆の息が漏れた。


 「ありゃあ、本物の城塞じゃねえか。聞いてた話と違うぞ、ただの村じゃねえのか?」

 「あの壁、ドワーフの仕事だろ。あんなもん、二千人程度で落とせるわけがねえ」


 傭兵たちの士気が、一段階跳ね上がるのが分かった。城門が重々しく開き、クリスやエリック、そしてバレンが出迎える。九百の兵たちは、バレンが用意していた「外郭エリア」の広大な野営地へと入った。


 その夜、アルカの広場には巨大な焚き火がいくつも焚かれた。俺は保管庫から、トメイト酒「ルビー・メイト」を次々と取り出し、樽の栓を跳ね飛ばした。


 「皆、よく来てくれた! 今日は前祝いだ! アルカの酒を存分に飲んでくれ!」


 濃厚で芳醇な香りが、夜の空気に広がる。カップに注がれた深い赤色の液体を一口飲んだ瞬間、傭兵たちの間に衝撃が走った。


 「……なんだこれ、本当に酒か? 脳が痺れるほど美味え!」

 「王都の高級ワインなんて泥水だな。俺は、この町を守るためなら命を懸けてもいいと本気で思ったぜ。」


 俺は、酔いしれる傭兵たちを見渡しながら、クリスと視線を交わした。クリスの表情には、ようやく安堵の色が混じっている。これだけの兵がいれば、バレンの壁を最大限に活かせる。


 「テオ、お前は本当に……金を、ただのコイン以上の価値に変える天才だな。」

 「いや、クリス。これは金じゃなくて『欲望』を整理しただけだよ。彼らは金のために集まり、この酒と町を見て『守る理由』を見つけた。……これで、戦う準備は整った。」


 宴が盛り上がる中、俺はふと、静かに酒を飲むエリックの隣に座った。

 

 「エリック、ポテイトの畑は大丈夫か?」

 「はい、テオさん。傭兵さんたちには、畑に入らないようにバレンさんが厳しく言ってくれました。……すごいですね。僕たちの町を、こんなにたくさんの人が守ってくれるなんて」


 エリックの純粋な言葉に、テオは改めて決意を固めた。

 

 九百の傭兵、カソワランド。そして、一キロ四方の無敵の城壁。対するは、教会の正規軍二千。数日後には、この荒野が鋼と血の音に支配されることになるだろう。だが、俺の心にあるのは恐怖ではなかった。自分が作り上げたこの「自由」を、黄金と鉄で守り抜くという、静かな、しかし燃えるような高揚感だった。


 「……来るなら来い、教会。お前たちの神様が、この城壁を越えられるか試してやる」


 アルカの夜は更けていく。焚き火の光に照らされた七メートルの壁は、まるで眠れる巨人のように、静かに、力強く、そこに立っていた。

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