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25話 アルカ最速便

 自由都市アルカの夜明けは、もはや静寂の中にはなかった。乾いた荒野に響き渡るのは、重い岩が組み合わさる鈍い音と、ドワーフの棟梁バレンの、地を這うような怒鳴り声だ。


 「おい! そこのデカブツ鳥! エステルと言ったか! その角材の端をしっかり嘴で押さえておけと言ったろうが! 0.1インチでもズレれば、ドワーフの誇りに傷がつくわ!」

 「ブゴォッ!」


 エステルが不満そうに喉を鳴らしながらも、バレンの指示通りに巨大な梁を固定する。その横では、ニトロがその強靭な脚で地面を突き固め、簡易的な土台を完成させていた。


 俺、テオは、昨日バレンが豪語した「一晩で五軒」という言葉が、決してホラではないことを目の当たりにしていた。


 「……信じられん。本当に建っているな。」


 クリスが、手入れを終えたばかりの盾を背中に背負いながら、呆然と呟いた。そこには、昨夜まで天幕が並んでいた場所に、真新しい杉の香りを漂わせる木造の平屋が並んでいた。土と岩の防壁の内側、計画的に配置された家々は、ただの住居ではない。バレンの設計により、地下水路からの冷気が床下を通るように計算されており、荒野の酷暑から住人を守る「要塞」としての機能も備えていた。


 「がははは! 見たか小僧! これがバレン様の仕事だ! 礼ならハニーメイト三箱分でいいぞ!」


 バレンは切り株の上で、短い足を組んでふんぞり返っている。徹夜明けのはずだが、その瞳はギラギラと輝き、手にはすでに完熟のトメイトが握られていた。


 「ああ、最高の仕事だ、棟梁。……さて、家ができたなら、次はこの町の『血管』を通す番だ。」


 俺は町の中央、広場に集まった面々を見渡した。エリック、ルイーザ、そしてカソワランドのピィちゃん、エステル、ニトロ。


 「みんな、聞いてくれ。アルカは今、この堅牢な壁と立派な家を手に入れた。だが、これだけではただの『籠城』だ。町を維持し、さらに発展させるには、外から継続的に物資と金を呼び込む必要がある。」


 俺は足元に置いた「宝物袋」を叩いた。


 「幸い、俺にはこの袋がある。これを使えば、ハニーメイトの鮮度を落とさず、一度に大量の出荷ができる。だが、俺が一人で往復していては、何かあった時に対応が遅れる。だから、今日から『アルカ最速便』を始動させる。」

 「最速便……?」


 エリックが不思議そうに首を傾げる。


 「ピィちゃんの背に乗って、俺がポルタまでハニーメイトを届ける。往復の時間は、荷馬車なら数日かかるところを、ピィちゃんの脚なら半日もかからないだろう。」

 「ピィッ!」


ピィちゃんが自慢げに翼を広げる。それの時速は、本気を出せば異世界のどんな名馬も凌駕する。


 「だが、問題は『荷受け』だ。ポルタの市場で俺が毎回店を出していては効率が悪い。そこで、先日契約した『クレメンス商会』を、俺たちの独占販売窓口にする。」


 俺は前世の「卸売」と「フランチャイズ」の仕組みを頭の中で整理しながら説明を続けた。アルカは生産に特化し、ポルタのクレメンス商会が流通と販売、そして情報の壁を引き受ける。これが、教会という巨大組織から身を守るための「経済的防衛線」だ。


 「……テオ。それなら、私はこの町の防衛と、子供たちの訓練を引き受けよう。」


 クリスが真剣な表情で言った。


 「お前が不在の間、教会の残党や荒野の賊がここを見つけないとも限らない。バレンが作ってくれたこの壁を、本当の意味で『破れない壁』にするには、守る側の練度が必要だ。」

 「頼む、クリス。……それと、バレン棟梁。あんたには、壁の強化に加えて、もう一つ頼みたい施設がある。」

 「ふん、また難題か? 小僧。」

 「『冷凍倉庫』だ。地下水路の冷気を利用して、宝物袋を使わずともハニーメイトを長期保存できる場所が欲しい。」


バレンはハニーメイトのヘタをペッと吐き出すと、ニヤリと笑って立ち上がった。


 「がはは! 面白い! 氷も魔石も使わずに、設計だけで冷やすというのか。いいだろう、ドワーフの意地を見せてやるわ! その代わり、夕食は倍だぞ!」


一週間後。アルカの町は、劇的な変貌を遂げていた。


 高く積み上げられた土と岩の壁は、バレンの指導によって表面を滑らかに塗り固められ、外側からの登攀とうはんを拒絶する「絶壁」と化していた。町の入り口には重厚な石造りの門が構えられ、その上にはクリスが配置した見張り台が設置されている。


 そして何より、町の人々の顔つきが変わった。「掃除される側」だった難民たちは、今や「自分たちの家」を持ち、誇りを持って畑を耕している。


 「よし……。一回目の大規模出荷、行くぞ。」


 俺は宝物袋の中に、今朝収穫されたばかりのハニーメイト三千個を詰め込んだ。袋は重さを感じさせないが、中に入っているのは「アルカの未来」そのものだ。


 「ピィちゃん、頼むぞ。ポルタまで全速力だ。」

 「ブゴォォッ!!」


 ピィちゃんが地を蹴った。その瞬間、視界が後ろに流れる。風を切る音が鼓膜を打ち、荒野の景色が線となって消えていく。久しぶりの感覚である。これなら、教会の追手だろうが関所だろうが、物理的に振り切れる。俺の「幸運」は、ピィちゃんの脚という形になって、運命の速度を加速させていた。


 わずか数時間後。ポルタの街の影が見えてきた時、俺は街の門前で異変に気づいた。


 そこには、武装した兵士たち……それも、ポルタの衛兵ではない、純白の外套を纏った「教会の騎士団」らしき武装集団が、通行人を一人ずつ検問していたのだ。


 ポルタでのハニーメイトの成功は、教会の逆鱗に触れたらしい。彼らは武力で解決するのではなく、まずは「物流の封鎖」という兵糧攻めを選んだようだ。


 「だが、残念だったな。お前たちのルールに、俺を当てはめられると思うなよ。」


 俺はピィちゃんに合図を送る。俺たちは正面の門へは向かわない。クレメンス商会とあらかじめ打ち合わせていた「裏のルート」……商会が所有する私設の搬入口へと、空を飛ぶような跳躍で飛び込んだ。


 「……よく来たな、テオ。裏口を教えたとはいえ、教会の連中が門を塞いでいるのを見て、肝を冷やしたぞ。」


 商会の地下倉庫で、支配人のクレメンスが額の汗を拭いながら俺を迎えた。


 「支配人、約束の品です。今朝、アルカで採れたばかりの最高級品だ。」


 俺が宝物袋からハニーメイトを次々と取り出すと、倉庫の中にトメイトの甘い香りが充満した。


 「素晴らしい……。教会の連中は、『不浄の地で育てられた呪いの野菜』などと吹聴して回っているが、この香りと輝きを見れば、どちらが神に近いかは明白だな。」


 クレメンスの目が、商人の欲と歓喜で光る。


 「支配人、教会の封鎖を逆手に取りましょう。供給を絞れば、価値は跳ね上がる。それでも、商会への卸値は据え置きでいい。その代わり、ポルタの街の中で『ハニーメイトは選ばれた者しか口にできない聖なる果実』だという噂を流してください。」

 「……ほう、教会の『呪い』という言葉を、逆に『希少性』というブランドに変えるのか。相変わらず君のやり方は腹黒いな。」

 「ビジネスの基本ですよ。……さて、卸値はトメイト3000個で大銀貨一枚でいいです。」

 「大銀貨1枚か。少し、安すぎはしないか?不釣り合いな商売は商人の恥なのだが………。そうだ、これをやろう。遺跡で発掘されたらしいが、使い道がないらしくてな。」


 そう言ってクレメンスは俺に袋を3枚差し出す。それらは全て同じものであった。


 【時間経過袋】

 詳細:容量は小樽1個分。中の時間は600倍になる。重量軽減。


 (マジか、逆に時間を早めるのか。これはいいもんもらったな。)


 俺は笑顔でクレメンスと硬い握手を交わした。教会の騎士団が門の外で目を光らせている間に、俺たちはその足元で、彼らの権威を無力化する「経済の城」を築き上げていた。


 ポルタを後にする際、俺は遠くに立つ教会の騎士を見やった。彼らはまだ気づいていない。自分たちが守ろうとしている「神の秩序」よりも、目の前の「一個のトメイト」の方が、人々の心を動かしているということに。


「帰るぞ、ピィちゃん。アルカのみんなが待っている。」

「ピィッ!」


 夕日に向かって駆け出すピィちゃんの影が、長く荒野に伸びていた。アルカはもう、ただの避難所ではない。世界を揺るがす「自由都市」としての産声を、確かに上げ始めていた。

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