24話 バレン
商業都市ポルタの西門を抜け、俺たちは一直線にアルカを目指していた。ガタゴトと揺れる荷馬車の御者台。俺の隣には、身長は俺の腰ほどしかないが、横幅は俺の二倍はある筋骨隆々のドワーフ、バレンがこれでもかとふんぞり返っている。
「……おい、小僧。さっきから見ておれば、その『村雨』とかいう脇差し、妙な水の出し方をしおるな。魔法具か? それとも精霊でも住み着いておるのか?」
バレンが、組んだ腕から太い指を突き出し、俺の腰元を顎でしゃくった。その瞳は職人特有の鋭利な観察眼に満ちているが、態度は「俺を誰だと思っている」と言わんばかりの尊大さだ。
「……さあな。俺の運が良すぎて、勝手に水が湧いてくるだけさ。それより棟梁、アルカの立地を見て『無理だ』なんて言わないでくれよ。あそこは石と砂しかないが、水だけは豊富だ。」
「がははは! 抜かせ、小僧! このわし、バレン様に『無理』という言葉を吐かせたいなら、まずは山の一つでも持ってくるがいい! 砂だろうが石だろうが、わしの槌が一振り鳴れば、それは立派な建材に変わるのだ。……ただし!」
バレンは鼻の穴を膨らませ、俺の顔を覗き込んだ。
「報酬のハニーメイト、あれを毎日三食、デザートに山盛りだ! 契約を一日でも違えてみろ。その瞬間、わしは槌を置いて持ってきた酒を飲むからな。ドワーフの技術は安くないぞ!」
バレンはそう言って、短い手足で器用にパイプをくゆらせ、満足げに鼻を鳴らした。
俺、テオは、内心で苦笑した。前世の建設業界でも、腕利きの職人ほど態度はデカい。だが、これだけ大口を叩くからには、それ相応の技術があるはずだ。
数時間後、一行はアルカの境界へと辿り着いた。視界が開けた瞬間、バレンのパイプが口からこぼれ落ちそうになった。
「……なんじゃ、ありゃあ!? 鳥が……鳥が石を積んどるのか!?」
そこには、俺の留守中にピィちゃんの指揮で、エステルやニトロたちが巨大な岩を嘴で運び、凄まじい脚力で土を固めている光景があった。町を囲うように、歪ながらも重厚な「土と岩の壁」が形成されつつある。
「ブゴォォォォォォッ!!!」
ピィちゃんの咆哮が響く。俺たちの帰還を察したそれは、作業を中断してこちらへ猛ダッシュしてきた。
「うわっ、おじちゃんお帰り!僕ね、この町に壁を作ることにしたんだ!そうすれば、教会の人とかも入ってこれないでしょ? ……わああ、この人、本当にドワーフ!?」
エリックが目を輝かせて駆け寄ってくる。その後ろからルイーザも、泥だらけの顔でひょっこりと顔を出した。
「ふん、ガキか。……おい小僧、この鳥どもはなかなかの筋を持っておるな。だが、積み方がなっておらん! こんな甘い積み方では、教会の連中に一突きされただけで崩れるぞ!」
バレンは馬車から飛び降りるなり、建設中の壁に歩み寄り、太い腕でドゴォォン! と壁を殴りつけた。
「いいか、ガキども! そして鳥ども! 今日からここには、どんな監獄よりも堅牢な『アルカの防壁』を築く。逃げも隠れもしない。堂々と土と岩で町を囲い、立ち入る奴らを絶望させてやるのだ!」
バレンの怒号のような激励(?)に、カソワランドたちが一斉に首を傾げた。
作業が本格的に始まると、バレンの「ふんぞり返り」はさらに加速した。彼は切り株の上にどっかと座り込み、指示を飛ばすだけで指一本動かさない。
「そこだ、エステル! その岩は角を削ってから置け! ニトロ、土に混ぜる水が足りんぞ、小僧の脇差しからもっとドバドバ出させろ!」
俺はバレンの指示に従い、村雨から溢れる水を土に含ませる。適度な粘り気を持った土が、バレンの指定する箇所へと塗り固められていく。
「……テオ、あのおっさん、本当に座ってるだけじゃないか?」
クリスが呆れたように、盾の汚れを拭きながら囁いた。
「いや、見ろ。あいつが指示した場所は、どれだけ鳥たちが体重をかけてもびくともしない。構造力学とか、土質力学とか、そういうのを直感で理解してるんだ。……まさに、プロの監督だな。」
「コウゾウリキガク?チシツリキガク?『そっちの世界』の話か?」
「ああ。」
俺は宝物袋から、ポルタで買い込んだ木材や石材、そして現場の必需品である大量のハニーメイトを取り出した。
「……さて、棟梁。壁の進捗はどうだ?」
「ふん、小僧。わしを急かすな。この『土と岩の壁』は、ただの囲いではない。町の排水路と連結し、地盤そのものを固める設計だ。……見ておれ、明日にはお前たちのボロ天幕に代わる、最高の木造平屋を五軒建ててやる。」
バレンは、俺が差し出した完熟のハニーメイトを一口で飲み込むと、満足げに腹を叩いた。
「……よし、ガキども。今日はここまでだ! 明日の朝食には、もっと甘いハニーメイトを用意しておけよ!」
夕暮れ。アルカを囲う、赤茶けた土と無骨な岩の壁が、長い影を荒野に落としていた。それは「隠れ里」としての役目を終え、この地を領土として宣言する「城壁」の始まりだった。
俺は、宝物袋の口を締めながら、壁の向こうに広がる闇を睨んだ。もう、隠れる必要はない。教会の連中がこの壁を壊しに来るというのなら、かかってこい。
「ピィッ!」
隣でピィちゃんが、バレンの食べ残したヘタを器用に拾い食いしながら、満足げに喉を鳴らした。




