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21話 アルカの戦力

 真っ赤に熟した「トメイト」の甘さは、自由都市アルカの絶望を一時的に忘れさせる特効薬だった。だが、胃袋が満たされれば次にやってくるのは、生存本能が鳴らす警鐘だ。俺、テオは、かつての塔の残骸の上に立ち、地平線を眺めていた。村雨の脇差しから滴る水が、乾燥した石材を濡らしている。


 「……静かすぎるな。これは嵐の前の静けさってやつか?」


 テッカの街を実質的に壊滅させ、教会の高位神官マノンを殺害した俺たちの噂は、そう遠くないうちに王国中に広まるだろう。特に「教会」という組織の執念深さは、前世のクレーマーや、一度目をつけたら離さない税務署の比ではないはずだ。


 「テオ、何を難しい顔をしている。せっかくトメイトの収穫が始まったんだ、お前ももっと食え。」


 背後から、クリスが鉄板のような防弾盾を背負い直しながら声をかけてきた。彼女の横には、すっかり懐いたルイーザがトメイトの汁を口の端につけて笑っている。


 「クリス、アルカの現状を分析してみろ。……ここは今、守るべき『資産』が増えた一方で、それを守る『セキュリティ』がスカスカだ。ハンスたちが多少武器を使えると言っても、正規の騎士団や教会、マノンクラスの筋肉神官が来れば、一瞬でまた監獄に逆戻りだぞ。」


 クリスの表情が険しくなる。トメイトの旨さに忘れさせられていただけで、この町の脆弱性は痛いほど分かっているのだろう。


 「……そうだな。私一人では、四方八方から攻められたら守りきれん。それに、開拓のための労働力も足りない。水路を広げ、家を建て直すには、子供たちの腕力だけでは限界がある。しかも、私たちはずっとここに居続けるわけではない。」


 俺は視線を、足元で呑気に羽繕いをしている「漆黒の巨鳥」へと向けた。


 「ピィちゃん。お前に……相談がある。いや、これは『業務委託』の相談だ。」

 「ピッ?」


 ピィちゃんが首を傾げる。


 「お前、カソワランドの王様的存在なんだろ? テッカの門を破った時のあいつらの中から、特に腕が立って、性格が丸い精鋭を10匹ほど呼んでこれないか? ここでの衣食住は俺が保証する。その代わり、この町の警備と、重機の代わりの労働を頼みたいんだ。」


 ピィちゃんは一瞬、鋭い目つきで俺を見つめた。王としての矜持か、あるいは仲間を売るような真似への抵抗か。だが、俺が宝物袋から「メガウルフの特大干し肉」をそっと差し出すと、彼女は「ブゴォッ!」と威勢よく鳴き、そのまま荒野の彼方へと弾丸のような速さで消えていった。


 数時間後。アルカの町はパニックに陥っていた。


 「ぎゃああ!何か来るぞ!」

 「隠れろ!踏み潰されるぞ!」


 地平線から土煙を上げ、11騎の「黒い旋風」が迫り来る。先頭を走るのはもちろんピィちゃん。後ろに続く10匹のカソワランドたちは、どれもピィちゃんよりは一回り小さいものの、一般の馬など比較にならないほどの筋量と、鋼のような羽毛を纏っていた。


 「みんな、落ち着け! こいつらは今日からこの町の『仲間(シンニュウシャイン)』だ!」


 俺の声に、逃げ惑っていた子供たちが足を止める。ピィちゃんに率いられた10匹は、俺の前で一糸乱れぬ動きで急停止した。その脚力による衝撃波だけで、町の砂埃が吹き飛ぶ。


 「……見事なもんだ。ハンス、こいつらの厩舎と飯の準備をしろ。これからはこいつらがアルカの防衛力であり、労働力だ。」

 「だ、旦那……正気かよ。こんな化け物を10匹も飼い慣らすなんて……。」

 「飼い慣らすんじゃない。戦力にするんだ。そのためには、まず個体識別が必要だな。」


 俺は10匹のカソワランドの前に立った。どの個体も血気盛んで、俺を「ピィちゃんの飼い主(餌係)」として値踏みしているような視線を送ってくる。


 「よし、お前たちの名前を決める。いいか、一度しか言わないから覚えろ。お前たちがこの町を支える『結合の要』になれという意味を込めて……化学ケミカル系の名前だ。」


 俺は一匹ずつ、その頭を撫でながら(あるいは突き飛ばされそうになりながら)名前を刻んでいった。


 「お前はエステル。お前はエーテル。…お前は…強そうだな、ニトロだ。次、アルデヒド、ケトン、アミノ。そっちの三匹は、カルボキシ、ヒドロキシ、スルホ。そして最後、肉垂が紫色なのがビニルだ。」


 前世で嫌というほど暗記させられた有機化学の官能基。異世界の住人には呪文のように聞こえるだろうが、俺にとっては「機能」や「結合」を象徴する馴染み深い名前だ。


 「ピィッ!」とピィちゃんが一声鳴くと、10匹は、従順に首を垂れた。これで、アルカのセキュリティレベルは数段に跳ね上がったと思う。

 

 「さて、防衛力がまあまあ整ったところで……次は『代表者(トップ)』の作成だ。」


 俺は、広場に集まった子供たちを見渡した。みんな、肉とトメイトで少しずつ顔色が良くなっている。だが、いつまでも俺やクリスが「上司」として指示を出していては、真の自立はない。


 「エリック、前へ出ろ。」


 名前を呼ばれ、緊張した面持ちで進み出たのは、名付けの儀式で「強そうな目をしている」とクリスが評した少年、エリックだった。


 「エリック。今日からお前を、この『アルカ』の暫定町長に任命する。」


 広場がざわついた。エリック自身も、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


 俺が「代表者(トップ)」をエリックにしようと思った理由は大したものではない。クリスが「強そうな目をしてる。」って言っていたため、なんだか任せても大丈夫そうだ、と思ったからだ。


 「お、おじちゃん……何を言ってるんだよ。僕、まだ子供だよ? 文字も満足に書けないし、町長なんて……。」

 「エリック。行政ってのは、文字を書くことじゃない。誰が困っているかを見つけ、どうすれば全員が飯を食えるかを考える仕事だ。文字や数字は、後ろにいるハンスにやらせればいい。あいつは事務処理能力だけは高いからな。」


 俺はハンスを睨みつける。ハンスはビクッと肩を揺らしたが、観念したように頷いた。


 「お前はこの町の子供たちのリーダーだ。俺やクリスは、あくまで『協力者(コンサルタント)』。本当の責任者は、この町で生きてきたお前であるべきなんだ。」


 エリックは、俺から渡された「町長の印」、と言ってもただの立派な石ころを握りしめ、10匹の巨大な鳥たちを見上げた。彼の瞳に、かつての絶望の火はなく、代わりに重い「責任」という名の光が宿り始めていた。


 「……わかった。やってみるよ、おじちゃん。僕は……もう、誰かの『部品』には戻りたくないから。」

 「いい返事だ。……よし、クリス。これで体制は整ったな。」


 クリスは満足そうに微笑み、エリックの肩を叩いた。


 「ああ。これで少しは、私達の肩の荷も軽くなるというものだ。……しかしテオ、一つだけ聞きたい。さっきの、エステルとかニトロとかいう名前……何か深い意味があるのか?」

 「……ああ。燃えやすかったり、結合しやすかったり、癖のある連中ってことだよ。まあ、この町そのものみたいな名前さ。」


 俺は、トメイトを一口かじった。酸味と甘みが混ざり合った複雑な味が口の中に広がり、最後に少しの苦味が舌に張り付いていた。

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