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20話 アルカで農業

 肉の香ばしい匂いが漂う広場で、子供たちが無心に食らいつく姿を眺めながら、俺、美作悟、もといテオは木の枝で地面ににガリガリと数字を書き込んでいた。


 「……ダメだ。これじゃあ、あと三日も持たない。」


 俺の呟きは、肉を頬張る子供たちの歓声にかき消されている。昨日、草原で死ぬ思いをして狩ってきた獲物の山。ウサギにシカ。一見すれば壮観な「在庫」だが、相手は育ち盛りの子供たち百人以上だ。一時的なボーナスだけで一生は食っていけない。肉を燻製や塩漬けにして長持ちさせる手もあるが、それは俺らがずっと肉を狩ることが前提になっている。俺たちが考えなきゃいけないのは、アルカの「固定収入ベースサラリー」、つまり子供達だけでできる持続可能な食糧供給だ。


 「農業をやる。それしかない。」


 俺の言葉に、隣で肉を噛み切ろうとしていたハンスが、噴き出すように笑った。


 「農業ぉ? 正気かよ、旦那。あんた、ここの土を見たことあんだろ? 石と砂と、死んだ獣の骨が混じっただけのカスだぜ。雑草すら生えるのを拒否するような死地だ。せいぜい、地下にキノコが生えるくらいさ。」


 ハンスは忌々しげに地面を蹴った。舞い上がったのは、さらさらとした、栄養分など欠片も感じられない灰色の砂だ。俺が虫眼鏡で鑑定しても、保水率0.2%という絶望的な数字に加え、軽い塩害という結果が出た。


 「土がカスなのは分かった。だがハンス、お前今、『地下のキノコ』の話をしたな。案内しろ。そこならまだ望みがある。」


 ハンスに案内され、俺たちは町の北側、岩山の影にある地下貯蔵庫の跡地へと向かった。そこは日光が遮られ、ひんやりとした空気が停滞している。壁の隅には、確かに不気味な形をした白いキノコがへばりついていた。


 「ここだ。ここはなぜかいつも湿ってる。教会の連中は、ここで育ったキノコをスープの具にしてやがった。」


 俺は壁を触ってみた。確かに湿り気はあるが、水が湧き出ているわけではない。岩の奥に、水脈が閉じ込められているような……そんな感覚がした。


 「ピィちゃん、出番だ。あの壁の、一番色が濃い部分。……『名刺交換』の時より、少しだけ強めに頼む。」

 「ピッ!」


 ピィちゃんが、岩壁に向かって軽く右脚を振り抜いた。


 ドォォォォォン!!


 (名刺交換の威力ではないな。)


 凄まじい衝撃音が地下に響き、岩壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。次の瞬間、亀裂の奥から「ゴボゴボ」と水が噴き出してきた。ただの漏水ではない。岩盤に塞がれていた地下水脈が、ピィちゃんの一撃で文字通り「開通」したのだ。


 「うおっ! 水だ! 水が出てきやがった!」


 ハンスが腰を抜かす。噴き出した水は地下の溝を伝い、勢いよく外へと流れ出していく。水源の問題は、ピィちゃんの脚力で解決した。だが、肝心の「植える場所」がまだゴミのままだ。


 「水は確保した。あとは土だが……。この町の土を改良するのを待ってたら、子供たちが餓死する。……よし、クリス。悪いが、ちょっと遠出の『出張』に行ってくる。」


 「どこへ行くんだ、テオ?」


 「サウストウッズだ。あそこの森の土は、腐葉土がたっぷり詰まった最高級の『資産』だ。あそこから、農業のベースになる土を引っ張ってくる。」


 俺はピィちゃんの背に跨り、全力で南へと飛ばした。目指すは、かつてメガウルフを狩った豊かな森、サウストウッズ。ピィちゃんの「リニア加速」なら、数時間で往復可能だ。


 森に到着するなり、俺は「宝物袋」を開いた。この袋の容量は、大樽一個分の大きさのはずだが、入る量がとんでもなく多い。女神と俺が考える「大樽」には相当な認識の違いがあるのかもしれない。


 「ピィちゃん、土を掘り起こせ! 表面の黒い、一番美味そうな土だけを詰め込むぞ!」


 ピィちゃんが強靭な爪で地面を耕し、俺がそれを次々と袋に吸い込ませていく。数トン、いや数十トン分。森の一角の地形が変わるほどの土を回収し、俺たちは再びアルカへと舞い戻った。


 アルカに戻ると、俺は町の中心部に、サウストウッズから持ってきた「黒い土」を豪快にぶちまけた。


 「これが、俺たちの農業の土台だ。」


 灰色の砂漠の中に、ぽっかりと浮かんだ黒いオアシス。そこに地下から引き込んだ水を通し、俺はテッカの市場で手に入れていた「トメイト」の苗を植えた。


 地下水を注ぎ込まれたサウストウッズの土は、驚異的な活性を見せた。わずか数時間のうちに、産毛だらけの苗がぐんぐんと成長し、その頂点に真っ赤な瑞々しい実を実らせたのだ。


 「植物ってこんなに早く成長するものなのか?」


 クリスが実を一つもぎ、驚きに目を見開く。


 「知らん。成長しちゃったもんは仕方ないだろ。」


 ハンスは、信じられないものを見る目で紅の実を見つめていたが、やがて力強く頷いた。


 「……分かったよ、旦那。俺も、ただ搾取されるだけの歯車はもう飽き飽きだ。今度は、自分たちの食い扶持を『生産』して…」

 「甘い!甘いよおじちゃん!トメイトってこんな甘かったんだね!」


 ルイーザが首を突っ込んできた。理由はわからない。ただただトメイトの甘さに感動しただけか、それとも別に何かあるのか。


 「テオ!本当に甘いぞ!何でトメイトがこんなに甘いんだ?」

 「わからん。土に塩が入っていたからじゃない?」

 「は?」 


 アルカの空には、もう黒い煙は昇っていない。代わりに、地下から溢れ出した水のせせらぎと、サウストウッズの豊かな土の香りが、復興の狼煙として立ち昇っていた。

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