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14話 敵対

 マノンの鋭い号令が響くと同時に、統制された金属音が広場を支配した。城塞都市テッカの守備騎士団五十名が一斉に踏み出す。その練度は、俺のような素人の目から見ても異常だった。個々の武力もさることながら、一糸乱れぬ歩調、互いの死角を埋め合う連携。それは個人の集合体ではなく、巨大な一つの「殲滅機械」が動き出したかのような威圧感だった。


 「……ブゴォォォォォォォォォォッッ!!!」


 俺の隣で、ピィちゃんが天を仰いで咆哮した。それは威嚇の鳴き声ではない。


 「テオ、私の後ろにいろ!」


 クリスが叫び、防弾盾を地面に突き立てる。本来、マノンの狙いは俺一人だったはずだ。さっきも「あの男を殺しなさい!」と言っていた。この状況で俺を庇えばどうなるか。当然、騎士団の「敵対判定」はクリスにも適用される。彼女は迷うことなく、テッカという都市そのものを敵に回す道を選んだ。


 「クリス、巻き込んで悪い!」

 「……気にするな! 私はお前の仲間だと言っただろう!」


 騎士たちの槍が、嵐のように盾を叩く。ガギィィィン、と激しい火花が散る。クリスはその衝撃を、驚異的な体捌きでいなし続けていた。だが、相手はプロの軍隊だ。数人が盾を引き付け、残る十数人が横に回り込み、俺の喉元を狙って刺突を繰り出してくる。


 「いいわ、テオ。あなたがそこまで反抗的だというのなら、冒険者としての名声も利用させてもらいましょう」


 マノンが冷ややかに微笑み、周囲で見守っていた冒険者たちに向かって声を張り上げた。


 「冒険者諸君、聞きなさい! この男、テオとその仲間は、先ほど教会の影の守護者を殺害した大罪人です! 今ここで彼らの首を獲った者には、教会とギルドから金貨十枚を、即座に賞金として支払います!」


 金貨十枚。その言葉が、広場の空気を一変させた。さっきまで俺たちを感心した目で見ていた連中の瞳に、どろりとした強欲の色が混じる。一人が剣を抜き、二人がそれに続いた。百人近い冒険者たちが、マノン側につくために武器を構える。


 「すまねえな、テオ! 恨むなよ、金貨十枚なら一年は遊んで暮らせるんだ!」


 四方八方が敵。絶体絶命という言葉すら生温い。俺は脇差しを構え、震える足で地面を蹴ろうとした。だが、その必要はなかった。


 直後、地響きがテッカの街を揺らした。ドドドドド、という凄まじい振動。街の北、東、そして西の城門方向から、何かが激突する轟音が響き渡る。


 「な、何事ですか!?」


 マノンが顔を顰めた次の瞬間、伝令の騎士が血相を変えて飛び込んできた。


 「マ、マノン様! 街の全ての門が……野生のカソワランドの軍団によって破壊されました! 数は数百……いや、千を超えています! 彼らは一直線に、この広場を目指してきています!」


 ピィちゃんは、ただの変異種ではなかった。カソワランドという種の頂点に立つ、孤独な王だったのだ。俺がこの「王」を手懐けていたことが、最大の「運」の引き金となった。先程のピイちゃんの咆哮が、彼らを呼び寄せたのだろう。


 広場に、漆黒の津波が流れ込んできた。門を突き破り、建物をなぎ倒し、カソワランドの軍団がマノンに向かって牙を剥く。彼らにとって、自分たちの王を包囲し、その上司(俺)に刃を向ける人間共は、等しく排除すべきゴミに過ぎない。


 「……くっ、この程度の鳥風情がッ!」


 マノンが、その清楚な法衣を脱ぎ捨てた。信じられない光景だった。慈愛の神官だと思っていた彼女が、正面から突進してきたカソワランドの頭部を、素手の拳一つで粉砕したのだ。


 「うおおおおおっ!」


 彼女は踊るように戦場を駆け、カソワランドの群れを次々と殴り飛ばし、蹴り殺していく。その武力は騎士五十人を遥かに凌駕していた。一撃で首を折り、一蹴りで腹を裂く。みるみるうちにカソワランドの死体が積み上がっていく。マノンという女は、慈愛ではなく、圧倒的な「暴力」の塊だった。


 「逃がしませんよ、テオ……! あなただけは、私の手で……!」


 血飛沫を浴び、鬼神のような形相でマノンがこちらへ向かってくる。騎士たちも冒険者も、カソワランドの軍団への対応で手一杯だ。俺と、クリス、そしてマノンの間に、完全な「空白の決闘場」が出来上がった。


 「ピィちゃん、今だッ!」


 俺の合図と共に、ピィちゃんが爆発的な速度で跳躍した。時速百キロを超える重戦車の突進。マノンはそれを正面から受け止めようと、拳を固める。だが、ピィちゃんの蹴りは、これまでの個体とは次元が違った。


 ドォォォォォォン!!


 激突。流石のマノンも、ピィちゃんの渾身の一撃には耐えきれず、その華奢な体が数メートル後退した。石畳を削りながら踏み止まろうとするマノン。その瞬間、彼女の背後に影が落ちる。


 「逃がさないのは、こちらの方だ……!」


 クリスだった。彼女はマノンが姿勢を崩した刹那を逃さず、背後からあの防弾盾を全力で叩きつけた。


 「が、はっ……!?」


 盾の重量とクリスの膂力、そしてピィちゃんの衝撃の余波。三つの力が合わさり、マノンは地面に押し潰されるように膝をついた。クリスはそのまま盾を覆いかぶせるようにして、マノンの自由を完全に奪い去る。


 「……終わりだ、マノン。俺の人生を、お前の管理表シフトに入れるな。」


 俺は、動けなくなったマノンの前に立った。彼女は盾の下から俺を睨みつけ、呪詛の言葉を吐こうと口を開く。


 「……殺すなら殺しなさい。あなたが私を殺せば、この街は……」


 「街の心配なんて、もう俺には関係ない。俺はただ、今日でこの会社(テッカ)を辞めるだけだ。」


 俺は脇差しを逆手に持ち、迷いなく振り下ろした。ズブリ、と村雨の刃がマノンの心臓を貫く。脇差しから溢れる清らかな水が、彼女の命の灯火を消し去るように傷口へ流れ込んでいく。マノンの瞳から光が消え、力が抜けた。


 静寂が、広場を支配した。主を失った騎士たちは戦意を喪失し、金に目が眩んだ冒険者たちは、血塗れの死体の山と、マノンを殺害した俺の姿を見て、音もなく後退りし始めた。

 

 空を見上げる。スライム電球の光はもうなく、本当の太陽だけが、壊れた城門の向こうからテッカの街を照らしていた。


 視界が滲む。俺は泣いている。なぜだろう………。

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