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12話 炭鉱にて

 「……ひどい顔だぞ、テオ。」


 炭鉱の入り口で、クリスが呆れたように俺の顔を覗き込んできた。風圧でオールバックになった髪と、充血した目。俺はよろよろと立ち上がり、ピィちゃんの首筋を軽く叩いた。


 「お疲れ、ピィちゃん。次は……せめて新幹線並みの加速で頼むよ。リニアはまだ俺の肉体が追いつかない。」


 「ピィ?」と小首を傾げる巨鳥。この無垢な瞳の怪物が、まさか音速の壁を突破しようとしていたとは誰も思うまい。


 俺たちは気を取り直し、ギルドから受けた依頼の内容を再確認した。


 「ミラさんの話だと、この炭鉱の奥に『光るドロッとした液体』が壁一面に湧き出しているらしい。それが鉱石の採掘を邪魔している上に、不気味だから調査してほしい、とのことだ。」

 「光る液体か……。危険な毒物の類か何かか?」


 クリスが盾を構え、俺がその斜め後ろに付く。いつものフォーメーションだ。

 

 「ピィちゃんは入り口で待機しててくれ。中はお前には狭すぎるしな。」

 「ピッ!」


 返事だけは威勢がいい。俺たちは暗い炭鉱の奥へと足を踏み入れた。炭鉱の内部は、外の荒涼とした景色とは打って変わり、湿り気を帯びた空気が停滞していた。足元にはかつて使われていたであろう錆びついたレールが走り、天井からは絶えず水滴が滴り落ちている。


 「……暗いな。松明を持ってくるべきだったか。」

 「でも、ところどころ光ってるぞ?」

 「光り苔か。これ自体は珍しくないが……ミラさんが言っていた『ドロッとした液体』ってのはこれのことか?」


 俺たちはさらに奥へと進んだ。すると、ある地点から通路の様相が一変した。壁一面が、べっとりとした、粘液で覆われているのだ。それは呼吸するように微かに脈動し、緑色の光を放ちながら壁を伝い落ちている。


 「うわ……。これは確かに、気持ち悪いな。不法投棄された産業廃棄物みたいだ」

 「サンギョウハイキブツ?…………テオ、油断するな。この液体、どこかから流れてきているというより……壁そのものから染み出しているように見える。」


 クリスが盾の縁で壁を軽く突くと、液体は粘り気を持って盾に絡みついた。俺は慎重に虫眼鏡をその液体に向ける。


 【発光粘液】

 詳細:高濃度の栄養素と発光物質を含む分泌物。巨大な個体の一部である可能性が高い。


 「……個体の一部? 冗談だろ、クリス。これ、壁一面に広がってるんだぞ」

 「嫌な予感がするな。この奥が一番光が強い。行くぞ。」


 通路の突き当たり、かつての広大な採掘場に出た瞬間、俺たちは言葉を失った。そこは、光の海だった。広場全体の壁、天井、床。そのすべてが、あのドロッとした液体で埋め尽くされている。そして、その中心には、巨大な「核」のようなものが鎮座していた。


 「……待て。これ、全部が一匹なのか?」


 俺は虫眼鏡を広場全体に、そしてその「核」へと向けた。


 【ライト・エンペリアルスライム】 危険度:B

 詳細:炭鉱に自生する「光り苔」を数十年間にわたって捕食し続け、異常発達したスライム。炭鉱の内部構造に完全に同化しており、もはやスライムとしての形を保てていない。本体は広場全体。

 弱点:中心部にある結晶化した核。


 「光る苔を食べすぎて、自分自身が光源になっちまったってわけか……。しかもデカすぎて炭鉱そのものが胃袋みたいになってるぞ。」


 広場全体が震動し始めた。壁の液体が触手のように形を変え、俺たちを包囲するように迫ってくる。スライムには「個」の概念がない。俺たちが踏んでいるこの床も、頭上の天井も、すべてがこいつの筋肉であり、消化液なのだ。


 「クリス、守ってくれ! 俺が知ってるスライムなら、物理攻撃は効きにくいが、核さえ潰せば……!」

 「わかっている! だが、この数は……!」


 四方八方から飛んでくる粘液の弾丸。クリスは防弾盾を振るい、凄まじい速度でそれらを弾き飛ばしていく。だが、足元からも粘液が這い上がり、彼女の自由を奪おうとしていた。


 その時だ。


 「ブゴォォォォッ!!」


 炭鉱の入り口に置いてきたはずの、あの「ピィちゃん」の声が響き渡った。狭い通路を無理やり抉じ開け、岩肌を削りながら、漆黒の巨鳥が突進してきたのだ。


 「ピィちゃん!? 入ってくるなと言ったのに!」


 ピィちゃんは俺の制止など耳に入らない様子で、怒り狂った瞳をスライムの「核」に向けた。どうやら、主(俺達)がベタベタした不気味なものに囲まれているのを見て、お怒りモードに突入したらしい。ピィちゃんは、炭鉱が崩落せんばかりの勢いで地面を蹴った。狙いは、広場の中央で脈動する巨大な核。


 「ブゴォッ!」


 短く、しかし重い鳴き声と共に、ピィちゃんの強靭な右脚が放たれた。それは、かつてカソワランドの変異種として俺らが恐れた、あの「鋼鉄をも凹ませる一蹴り」の全力版だった。


 ドォォォォォォン!!


 衝撃波が広場を駆け抜け、俺とクリスは吹き飛ばされそうになる。ピィちゃんの爪は、スライムの唯一の急所である「核」を、まるで薄いガラス細工のように粉々に粉砕した。


 「……し、沈黙した?」


あんなに騒がしかった脈動が止まり、壁を這っていた触手が力なく垂れ下がる。スライムとしての生命活動は、今の一撃で完全に終わったのだ。


 「……ふぅ。ピィちゃん、助かったけど、次からはもう少し加減してくれ。炭鉱が潰れたら俺たち埋まってたぞ。」

 「ピィ♪」


 ピィちゃんは自慢げに胸を張り、粉々になった核の破片を足で弄んでいる。


 俺はふと、周囲を見渡した。スライムは死んだ。だが、おかしなことに、辺りは暗くなるどころか、先ほどよりも一層強く、澄んだ光を放っている。


「テオ、見てくれ。スライムの体だった液体が凝縮して、消滅せずにそのまま光り続けている!」

「なんだこれ? 」


 俺は虫眼鏡を取り出し、その「死骸」を鑑定した。


 【永続性発光粘液】

 詳細:スライムが完全に消化・定着させた光り苔の成分が凝縮されたもの。核が破壊されたことで生物としての制御を失ったが、物質としては安定化している。エネルギー源を必要とせず、半永久的に光を放ち続ける特異な液体。


 「電気のないこの世界じゃ、革命的な宝物じゃないか!」

 「デンキ?」


 俺は急いで「保存袋」を取り出した。

 

 「ありったけ詰めるぞ、クリス! これがあれば、夜のテッカはもっと明るくなるし、何より……高く売れる!」

 「ちょ、テオ!デンキってなんだよお!」


 俺たちは、スライムの残骸……いや、「永遠の電球」を、保存袋が一杯なるまで詰め込んだ。あの巨大なスライムの体は凝縮され、樽一杯分しかなかった。


 数時間後、テッカの街。俺たちが持ち帰ったその液体は、まずはギルドの入り口に設置された。


 「まあ、なんて綺麗な光……! 松明みたいに煙も出ないし、魔法のランプよりずっと明るいわ!」


 ミラさんが目を輝かせて、ガラス瓶に入った液体を見つめている。


 結局、その「スライムの残り汁」は、テッカの街の主要な街灯や、冒険者の夜間用ライトとして重宝されることになった。俺の懐にはまたしても大量の金貨が転がり込み、ピィちゃんの厩舎には、豪華な寝藁が敷かれることになった。


 「運がいいのも、ここまで来ると商才に近いな、テオ。」


 宿屋「和み亭」のテラス席で、新しく設置された「スライム電球」の光を浴びながら、クリスがエールを飲んでいる。


 「いやあ、全部ピィちゃんのおかげだよ。俺はただ………。え、俺今回何もしてなくない?」


 俺は腰の脇差しから滴る水をコップに受け、一口飲んだ。

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