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10話 カソワランドの居場所

 「……ピィ、ピィ……」


 城塞都市テッカの南門。そこには、体高2メートルを超える漆黒の巨鳥が、申し訳なさそうに身を縮めて佇んでいた。昨日の死闘を経て、今や俺の後ろを影のように追ってくる「ピィちゃん」こと変異種カソワランドである。


 問題は、こいつをどこに置くかだ。


 「……テオ、そんな顔をするな。和み亭の裏庭にでも……。」

 「いや、クリス。昨日の夕方、和み亭の女将さんに相談したら『そんなバケモノ、一晩でうちの裏庭を耕地(更地)にする気かい!』って、包丁を突きつけられただろう。」


 そう、ピィちゃんはデカすぎる。そして、大人しくなったとはいえ、その存在感はテッカの平穏を脅かすには十分すぎた。門番の騎士たちも、俺がギルドの証明書を見せるまでは、槍を構えて今にも突っ込んできそうな勢いだったのだ。残念ながら、昨晩はピイちゃんは一匹で門の外で野宿をすることになってしまった。


 「仕方ない。俺の運を信じて、街中を歩き回ってみよう。幸運が、この子の安住の地を見つけてくれるかもしれないしな。」


 まず向かったのは、恩人であるマノンさんのいる教会だ。広い庭があるし、神の慈愛でなんとかならないかと考えたのだが。


 「テオさん、それは『神の加護』ではなく『神への冒涜』です。」


 マノンさんは、ピィちゃんを一瞥した瞬間に、いつもの慈愛に満ちた微笑みを消して即答した。


 「そんな巨体が暴れたら、教会の尖塔が折れます。あと、その子が吐き出す熱気のせいで、救護所の薬草が全部ドライフラワーになってしまいます。お引き取りを。」


 「ですよねー。」


 次に、ミラさんに相談してギルドの馬繋ぎ場を使わせてもらえないか交渉した。


 「ヒヒィィィン!!」

 「ブルルルッ!!」


 ピィちゃんが足を踏み入れた瞬間、繋がれていた冒険者たちの馬が一斉に狂乱状態に陥った。食物連鎖の頂点に近い気配を感じ取ったのだろう。馬車はひっくり返り、御者たちは悲鳴を上げ、ミラさんは泡を吹いて倒れかけた。


 「……クリス、次に行こう。」

 「ああ、ここも無理そうだな。」


 市民の憩いの場ならもしかしたら、と考えた俺が馬鹿だった。ピィちゃんが砂場に座り込んだ瞬間、子供たちは泣き叫び、母親たちは衛兵を呼びに走り、鳩たちは一羽残らず街の外へと避難していった。


 「……はぁ、もう歩き疲れたぞ、テオ。テッカの街を三周はしたんじゃないか?」


 クリスが盾を杖代わりにして、石畳に座り込む。ピィちゃんも真似をして、彼女の隣に巨体を沈めた。その姿は、なんだか大きな黒い岩が二つ並んでいるようだ。


「……ん? この通りは……」


 ふと顔を上げると、そこには見覚えのある看板があった。俺の安物スーツを「金貨4枚」という破格で買い取ってくれた、あの偏屈な老人の仕立て屋だ。


 「クリス、ちょっとあそこに寄ってもいいか? 挨拶がてら、何かヒントがもらえるかもしれない。」


 俺が店に入ると、老店主はカウンターで、あの「キュプラ」の布地を愛おしそうに撫で回していた。自分が長年使っていたスーツを撫で回されるのは、複雑な気持ちである。


 「おや、若造。その身なり……服は馴染んでいるようだな。……ん? その後ろにいるのは何だ。黒い巨大な影が見えるが、私の老眼がさらに悪くなったのか?」

 「いえ、正解です。俺達が手懐けた魔物のピィちゃんです。今、こいつの置き場所に困って東奔西走してまして……。」


 俺が事情を話すと、老人は眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。


 「ほう……カソワランドの変異種か。あの剛毛な羽毛、そして強靭な皮膚……。面白い。実はな私の住まいは人が少ない街の北側にあるんだ。」


 老人は、店の奥から一枚の地図を取り出した。


 「私の家は、代々『高貴な者の正装』を仕立てる家系でな。昔は王族が乗るための『聖馬』の馬具も作っていた。だから、自宅の敷地には、今は使っていないかなり頑丈な厩舎が残っておる。そこなら、その化け物鳥を閉じ込めておいても文句は出まい。」

 「本当ですか!? ぜひ、そこを使わせてください!」

 「構わん。ただし、条件がある。その鳥の羽毛が抜けたら、一房残らず私に提供しろ。あの耐熱性と弾力……新しい防護服の裏地に最適だ。」

 「契約成立だ!」


 俺と老人は、がっしりと握手を交わした。運極振り、恐るべし。まさかスーツを売った縁が、ここで「不動産」に繋がるとは。


 「さて、若造。厩舎を貸すついでだ。その鳥、乗るつもりなんだろう?」

 「ええ、そのつもりですが……。」

 「今のままでは、またいだ瞬間にその強靭な羽毛で股を滑らせ、地面に叩きつけられるのがオチだ。カソワランドの背中は、普通の馬より遥かに幅が広く、筋肉の躍動が激しいからな。」


 老人は、布製のメジャーのような物を持って店から飛び出し、怯えるピィちゃんの背丈を測り始めた。


 「よし……いいだろう。これも何かの縁だ。私が、ピィちゃん専用の特注の鞍を作ってやろう。王家の馬具を作っていた我が一族の誇り、とくと見よ!」


 クリスが目を丸くして感心している。

 

 「すごいな、テオ。住む場所だけでなく、移動手段の確保まで。お前は本当に運がいい。私も運が良かったなら……いや、何でもない。」


 クリスは時々言葉を詰まらせる。「仲間」としては気になる。本当は聞きたいのだが、俺はグッと堪えた。誰しも教えたくないことは存在する。俺でいうところの、俺が異世界から来たことがそれに該当する。


 「……いや……これは運というより、あの時スーツを売った『営業の成果』だと思いたいけどね。」


 夕暮れ時。街の北側にある頑丈な石造りの厩舎に、ピィちゃんは収まった。心なしか、ピィちゃんも自分の個室ができて満足げに「ピィ!」と鳴いている。


 俺は厩舎の扉を閉め、宿への帰路についた。これで拠点と足が手に入った。次は、この「空飛ぶ(飛ばないが速い)足」を使って、もっと遠くの依頼を受けられるようになるだろう。心なしか、俺は世界が広がるのを感じた。

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