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1話 社畜、死す

 前間違えて本文にしてしまってたやつを整理しました。読んでくれたら嬉しいです。評価とブクマは気が向いたらお願いします。

 「運」とは、個人の範疇を超えた超自然的な干渉力だ。体力、知力、精神力――それらは個体の中に完結し、自己を律するための「内向的な力」に過ぎない。しかし、運は違う。それは自分を起点として世界そのものを書き換える「外向的な力」だ。


 例えば、じゃんけんで常勝する者には二種類いる。一方は、超人的な動体視力で相手の拳の形を読み切る「実力者」。そしてもう一方は、「自分が出す手に負ける形を、無意識に相手に選ばせる」という因果律の支配者だ。後者こそが、真に運に愛された者なのである。


 ……そして、その逆もまた然りだ。


 私は、世界に嫌われていた。入社したのは、労働基準法が都市伝説レベルで機能していない漆黒のブラック企業。信じていた親友には数千万の借金の保証人に仕立て上げられ、夜逃げという名の裏切りを突きつけられた。トドメは、心から信頼していた部下に、最愛の妻を寝取られたことだ。世界に嫌われていたのも、運が無かったと言うべきなのだろう。


 私の人生は、音を立てて崩壊した。現在の住処は、築50年、家賃6,000円の事故物件。四畳半に染み付いたカビの臭いが私の唯一の同居人だ。食事は多くても一日二度。睡眠は泥のような二時間のみで、風呂に至ってはもはや贅沢品。鏡に映るのは、かつての「K大卒のエリート」の面影など微塵もない、枯れ果てた亡霊だった。


 希望に満ち溢れた瞳で学位記を受け取ったあの頃の俺が、今の俺を見たら何と言うだろう。「そんなはずじゃなかった。」と、血を吐くような思いで絶叫するに違いない。


 ある日の深夜。思考停止したまま、いつものコンビニへ向かった。カゴの中には、廃棄寸前の半額の唐揚げ弁当。喉を焼くような安酒。1円でも浮かせるために、震える指でスマホ決済のチャージ画面を操作していた、その時だ。


 突如として、世界から光が消えた。


 最初は停電かと思った。しかし、体感で数時間が経過しても、闇は一向に晴れない。静寂だけが耳に痛いこの空間で、私はたまらず声を絞り出した。


 「誰か……誰かいませんか? 早くしないと、明日の始業に間に合わない……。」


 この期に及んで、自分を使い潰した会社の心配をする。我ながら反吐が出るほどの奴隷根性だ。


 「店員さん、返事をしてくれ!」

 「あー、ごめんね。あまりに急だったから、状況が飲み込めてないよね。」


 返ってきたのは、鈴を転がすような女の声。天から降ってくるような、浮世離れした高音だった。


 「いいから、早く会計を。遅刻してこれ以上減給されたら、私は……」

 「…………そこまでなの? そこまでその『地獄』に執着するの? あなた、もう死んでるのよ?」

 「…………へ?」


 間抜けな声が漏れた。


 「死んだ? 私が? 嘘だ!まだローンも、仕事も残っているのに!」

 「そうよ、美作悟さん。過労死か、それとも絶望による心不全か……とにかく、あなたは解放されたの。これから別の世界で、新しい人生を始められる。ねえ、嬉しいでしょ?」

 「……全然。」

 「え?」


 解放? やり直し? そんな言葉に、今の私が救われるはずもない。別の世界へ行ったところで、この呪われた「不運」が付きまとうのなら、結末は同じだ。いや、むしろ今よりも惨めな最悪を更新するだけではないのか。


 女神は戸惑ったように、あるいは憐れむように問いかけてきた。


 「と、とりあえず、何か希望はある? 敵なしの最強の力が欲しいとか、一生遊んで暮らせる金持ちになりたいとか!」


 私は、虚空を見据えて答えた。

 「なら……私の『運』を、極限まで引き上げてください。今までの不運を相殺する幸運を!」


 「……わかったわ。あなたがそれを望むなら。不憫なあなたに、少しだけ『おまけ』もつけてあげる。いってらっしゃい、幸運なる旅人さん。」


 次の瞬間、視界は爆発的な純白に飲み込まれた。


 「うっ、うん?ここは……?」


 まぶたを叩く木漏れ日の眩しさに、私は目を覚ました。


 頬を撫でるのは、カビ臭い安アパートの空気ではなく、生命力に満ちた森の芳香だ。どうやらあの女神は、本当に私を異世界へと放り出したらしい。「極限まで引き上げた運」とやらを、この身に宿して。


 「……まずは、現状確認か。」


 服装は死ぬ前と同じ、くたびれたスーツ。何故か高校生ほどに若返った軽い体を引きずり立ち上がると、すぐ目の前に古びた宝箱が鎮座していた。これぞ異世界転生の醍醐味。女神が言っていた「おまけ」とは、序盤を無双するための聖剣か、あるいは無限の富か。期待に胸を膨らませ、私はその蓋を押し上げた。


 眩い黄金の光が溢れ出し、私は勝利を確信した。しかし、光が収まったあとに鎮座していたのは、一振りの剣でも、ましてや金貨の山でもなく、100均クオリティーの虫眼鏡だった。


 「運を極限まで上げた結果が、これか?」


 確かに「不運」ではない。ゲームなんかでは宝箱の中に何も入っていないこともあるから、何か入っているだけ運があると言える。しかし、正直いらない。……落胆しつつも、一応は宝箱から出てきた物だ。木目でも覗いてやろうと虫眼鏡を近づけた時、ふと、文字が書かれたプレートのようなものが視界に飛び込んできた。


 【宝箱】

 詳細:二重底になっている。


 これは……案外悪くないかもしれない。「鑑定」ができる虫眼鏡か。この情報が正しければ、さっきの箱にはまだ先がある。私は慎重に箱の底を探った。


 カポッ、と軽い音がして底板が外れる。


 そこから出てきたのは、一振りの質素な脇差しと、二枚の小さな布袋、そして白金の指輪だった。さっそく虫眼鏡をかざしてみる。


 【村雨の脇差し】 品質:9

 詳細:常に清らかな水が滴るため、とても清潔。水質は富〇の天然水。切れ味抜群な一点物。錆びない。


 【保存袋】 品質:6

 詳細:大樽一個分の容量。中の時間は経過する。重量軽減。


 【宝物袋】 品質:6

 詳細:大樽一個分の容量。中の時間は停止する。重量軽減。


 【翻訳の指輪】 品質8

 詳細:この指輪を付けている間は、全ての言語を理解し、話す事ができる。


 ありがたい。ファンタジーの定番である「アイテムボックス」の役割を果たす袋と、伝説の武器の脇差しバージョン、さらには見知らぬ土地の言語を理解出来る指輪。これなら、まあ運があるとも言えるな。

Thank you for reading!

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