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『返品不可』な幼馴染の二人

作者: 青空のら
掲載日:2026/02/10

あとがきに1遍あります。

興味のある方はぜひ。

 いつもそばにいた。一緒にいるのが当たり前だと思っていた。

 いつまでも、いつまでも、変わらずに……

 握りしめた手からすり抜けていく。

 見ず知らずの誰かの隣で微笑んでいる、その姿だけは見たくなかった。

 変わらない関係、口に出さなくて済む関係、そんなものはないのだ。

 誰しも見えない努力、口にする勇気で乗り越えている。

 失ったあとの後悔なんて何の役にも立たない。

 まだ間に合う、きっと間に合う、いや、絶対に間に合わせる。

 手のひらに食い込む指に決意がこもった。


 *********


「へへへ、良いだろう?」

 よし!気合を込めて目の前で回ってみせる。


「そうだな、よく似合ってる」

 くるりと回る姿にスカートがひらひらと舞う。新しく買った服を見せびらかしに来たようだ

 購入する時に立ち会ったのだから当然の話である。


「だろう?まあ、素がいいから何着ても似合うんだけどね!」

 当然だ。ターゲット本人に選ばせた、本人の好みの服装である。


「まあな」

 何年の付き合いだと思ってるのだろう?何着ても可愛いのは揺るぎない。


「溢れる笑顔、ほとばしる若さ、ぴちぴちの肌、ふくよかな胸にキュッと締まったくびれ、とどめに弾力のあるヒップ!男性陣の視線を独り占めだよ」

 もとより似合わないという回答は受け付ける気はない。渾身の笑顔で問い掛ける。


「うんうん、異論はない」

 過剰な自惚れではない。今すぐにでも抱きしめたいくらいだ。


「でもまあ、この身体触れてもいいのは彼氏だけだけどね」

 無難な返事に胸を撫で下ろす。少し物足りないのはいつもの事だ。

 挑発するような口調で言う。

 今回の目的は異性と認識させる事である。何として幼馴染のカテゴリーを脱却するのだ。


「いや、幼馴染でもいいだろ?」

 妥協点を探ろう。許可さえ出ればすぐにでも触れたい。


「残念!幼馴染が気安く触ってもいいのは思春期前までなんだな」

 残念ながら予想通りの回答にNGを突き返す。


「いつも手を繋いで学校に行ってたじゃないか」

 当然の権利として主張させてもらう。


「小学校の頃の話でしょ!あれ?中学でも繋いでたかな?」

 手を繋ぐどころか、転倒しそうになると手を引っ張られ抱きしめられる。その度にドキドキが止まらなくなる。あれは反則だ。


「小さい頃は一緒の布団に寝た事もあるというのに薄情な!というか、彼氏なんて聞いていないぞ?」

 先週も繋いだ。繋いでいる間中、胸がドキドキしていたのは内緒だ。

 ガードはしっかりと固く堅めていたはずなのにいつの間に!?血の気がひく。間に合わなかったのか?


「へへへ、これから作るのさ!本気を出せば直ぐにゲットだぜ!」

 何としても落とす。ちょっとはしたなくてもお色気攻撃で幼馴染の殻を撃ち破るのだ。手段を選ぶ気はない。すでに戦闘の火蓋は切って落とされたのだ。


「くそ!その胸を好きに触れるとか彼氏が羨ましいぜ」

 ノーセクハラ!おさわり厳禁!理性の限り我慢してきたというのに。


「そうだよ。ただの幼馴染は指を咥えて見てれば良いよ」

 彼氏になったら触り放題だよ。口に出しかけるがやっぱり躊躇してしまう。


「本当に羨ましい、じゃなくてけしからん!俺だってずっと夏樹が好きなのに」

 いつも側に居た。気付いた時には好きだった。とても大事な女の子だ。


「ふへぇ?!」

 いきなりの不意打ちに頭の先から変な声が出る。


「いつ好きだと告白しようか悩んでいたのに、俺以外の彼氏を作るのか……」

 どうする?どうすればいい?彼氏を作るなとは言えば考え直してくれるのか?


「いやその……え?」

 何を言ってるの?まさか、無自覚に言ってるの?えっ?


「距離感が近すぎて告白するタイミングが分からない。それが最近の寝不足の原因だ。おかげでろくに頭が回っていない」

 本当にもう……何をすればいいのか。誰か助けてくれ。


「ふぉぉおお!!??」

 本当かな?ドッキリじゃなくて?嬉しすぎて考えがまとまらない。


「どうかしたのか?」

 思い留まってくれたのかと期待を込めてその顔を見つめる。


「いやいや、普段から女の子とか全然興味なさそうだったよね?」

 心を落ち着かせるのだ、冷静に、冷静に。慌てるにはまだ早い。


「当たり前だろ?昔からずっと夏樹一筋だ」

 一度も浮気心を持った事はない。それは胸を張って誇れる。目移り?するわけがない。


「ふぁ!?いやいや、そんな素振りなかったよね?」

 逆にいつも私が行動を束縛しているという自覚しかない。


「いつも『いい乳してるね!』って言ってる」

 中学1から急に大きくなり出したんだよな。好きになったのはそれ以前だ。胸が大きかろうが小さかろうが夏樹は夏樹だ。


「それセクハラだからね!他の女の子に言ったら大問題になるやつ!」

 中1から大きくなり出してコンプレックスだった胸を直接的に褒めてくれるのは春人くらいだった。幼馴染の枠を超えて好きになったのも必然だ。もちろんそれだけが好きになった理由ではない


「夏樹相手だとセクハラにならない?」

 ノーセクハラ!セクハラ駄目、絶対駄目。


「それは!?あれよ、あれ!幼馴染の軽口ってやつで!もう慣れっこになってるからね」

 胸どころか他の女には一瞥すらして欲しくない。それが束縛したい乙女心。


「本心から褒めてる」

 夏樹に嘘など言ったことはない。


「そこは『いつも可愛いね、って言ってる!』じゃないの?」

  頑なに可愛いとは言わなかった春人。コンプレックスだった胸を褒めてくれても差し引きゼロだぞ。そこんとこ勉強してよ、と心の中で呟きながら春人の背中を叩く。


「うぐっ!そうです」

  夏樹に背中を叩かれる。恒例の照れ隠しだと分かってても、痛みで息が詰まる。


『おはよう、今日も可愛いね!』 本当に可愛い。


『知ってる』顔真っ赤になるからこっち見るな。


『今日もいい乳してるね!』 夏樹なら小さくても構わない。


『当然だよ!』 毎日念入りに手入れをしてるのは誰の為だと思っているのさ。


 これが二人の恒例となった朝の挨拶。


「まさか幼馴染が本気でエロい目で見ているとは思わなかったよ!?」

 ガッツポーズを取りたい気持ちを抑えて、胸を隠す仕草をする。


「エロい目で見るわけない。揉みたくなるほどいい形してると褒めている」

 やれやれだ。肩をすくめる。そばにいるための努力をどれだけしているのか、夏樹は知らない。


「本当かな?」

 いやいや、褒めても進展しないよ?手を出さないと!どれだけ待ち焦がれてると思ってるの?


「触りたいと思うのは夏樹だけだ」

 頬を触るだけでもいい。なんなら指を触れ合わせるだけでもいい。


「えへへ」

 思わずニヤけてしまう。いや、これで満足しちゃ駄目だ。


「そばに居るといい匂いがして思わず抱きしめたくなる」

 我慢するのが大変だ。


「ふぇ!?」

 まったくの初耳だ。変な声が出ても仕方ない。


「柔らかいのは以前に抱きしめた経験上知ってる。ずっと抱きしめていたくなる柔さと匂いだった」

 通学途中で転びそうになった時。学校の階段を踏み外して落ちそうになった時。親子喧嘩で家を飛び出した夏樹を慰めてた時。


「んんん!幼馴染が変態さんだった!?」

 他の女の子にそんなことしたら引っ掻く。絶対に。


「変態が嫌いだから俺以外の彼氏を作ろうとするのか?」

 幼馴染の関係を壊したくないから、指を咥えて俺以外の彼氏と仲良く過ごす姿を見ていると?

 幼馴染のままならそばに居れると?

 否!

 望んでも手に入らないなら漠然とそばに居る意味はない。自分の気持ちをきちんと伝えて、その上で幼馴染という関係が終わるならそれは仕方がない。

 自分の気持ちを伝える前に夏樹に彼氏が出来る、という戦う前の敗北だけは避けねばならない。


「春人は小さい頃からの幼馴染だし」

 正確には春人を彼氏にする!というのが今回の目標であり、普段は春人に彼女が出来ないように妨害工作ばかりしている。

 朝夕はもちろん一緒に登下校するし、休日も家に押しかけて勉強を教えろと迫る。

 いつも独占していたくて。いつもそばにいる、一番大事な人になりたくて。


「そばにいる努力はした」

 離れるなんてできない。考えたくもない。


「小1までおねしょしてたのも知ってるし」

 下校時間の自由が効くからと個人競技を選択したのは知ってる。追いかけて押し掛けてマネージャーになったから。


「内緒にしてたけど小2でもやらかした」

 夏樹の前で格好付けても意味はない。嫌われたならそれまでだ。


「おっぱい星人だし」

 そうなんだ?ふふ、また一つ秘密をゲット!


「夏樹のが小さいなら貧乳星人になってた」

 一番大事で、欲しいのは夏樹自身だ。


「いつも勉強教えてくれてるし」

 本当かな?嘘だったら胸で顔を挟んで窒息させてやる!


「何聞かれてもいいように結構頑張って勉強してる」

 それでも足りない気がして、焦る気持ちを抑えられない。


「私、わがままだし」

 高校で部活入るまではどちらかと言うとガリ勉タイプでヒョロっとしてたもんね。おかげで一緒の高校に入るのに死ぬ程勉強した。もちろん春人に教えて貰ってだけど。


「知ってる」

 そこに惹かれてるとは……まだ言えない。


「きっと束縛するし」

 自覚あるけど、即答されるとちょっとへこむ、ショボン。


「したいだけすればいい」

 夏樹に束縛されるとか、ご褒美でしかない。


「筋肉フェチだし」

 今以上だよ。将来、子供が出来て可愛がってたら嫉妬しちゃうくらい。


「知ってる、だから部活に入って鍛えた」

 これくらいはお安いご用だ。


「面食いだし」

『(春人の)筋肉ってちょっと好きかも』って発言が運動部入部の動機って聞いてトキメイたのは内緒。たまに抱きしめられたくて、わざと転びかけるのも内緒。


「見捨てられないように努力はする」

 今以上に。だから、お願いだ──


「結婚式のお色直しは3回はしたいし」

 もちろん他の男なんて眼中にない。やきもち妬いて欲しくて他の男の子の話題を持ち出してるのは内緒。


「頑張って二人で結婚資金貯めよう」

 頼むから──


「子供は3人は欲しいし」

 どちらに似ているかしら?


「そうだな」

 俺の──


「返品効かないんだけど、本当にいいの?」

 うなずく春人に似た子供達の姿を想像するとニヤけ顏が止まらなくなる。


「こちらこそよろしくお願いします。夏樹が大好きです。よかったら俺と結婚して下さい!!」

 お嫁さんになってくれ。


「!!??何か途中をすっ飛ばしてるよ?」

 手は繋いだ。抱き合った(転ぶのを防止)。キスもした(子供のママゴト)。デートもした(一緒に買い物)。一夜を共にした(お泊まり保育)。告白(現在進行中ナウ)。

 あれ?抜けているのは恋人としての交際期間だけだった。


「これだけ長くそばに居たんだから恋人も婚約者も大して変わらないだろ?」


「逃げられなくなっちゃうよ?」

 確かに異論はない。というか、今すぐ入籍でもOKだよ。


「こちらこそ、逃す気はないよ」

 俺の大切なお嫁さん!


「えへへ!」

 言質取った!あとは押し倒すだけだよね?

 ニコッと微笑むと全力で春人の胸に。

 えへへ、逃さないんだからね。



 満面の笑みを浮かべた夏樹が春人の胸に飛び込んだ。



Fin.

1年後のとある二人


「ちょっと、変な目で見ないでよね」

 見つめられると照れるじゃない。


「うん、ごめん。一緒に居れるのが嬉しくて、つい」

 どこかに視点を固定してないと挙動不審になってしまう。


「もう、誤魔化そうったってそうはいかないんだからね」

 顔を赤くさせないでよ、馬鹿。

 絶対、顔真っ赤になってるわよ、もう!


「うん。ううん、誕生日おめでとう。これプレゼント」

 夏樹が欲しがってた首飾り。悩まなくて済んでよかった。


「ありがとう。来週は春人の誕生日よね。何か希望のものあるかしら?」

 高い物はだめよ。言わなくても春人なら心配ないけど、直接本人に聞くのが間違いないもの。


「えっと、その──言わなきゃだめ?」

 今、準備中。まだ心の準備ができていない。あと少し──


「ええ、言いたくないなら言わなくてもいいわよ。ええ、なんならもう聞かないわ」

 自分から言うように仕掛ければいいだけだもの。


「えっ、うん。そうだね。」

 それも仕方ないのかな。勇気さえあれば──


「誕生日プレゼントがいらないんなら、お祝い自体なくしちゃう? なんなら今日、一緒に誕生日のお祝いを済ませましょうか?」

 一緒に祝う回数減っちゃうじゃない、馬鹿。


「ああ、そうだね。それもいいね」

 夏樹がそれで喜ぶなら。


「じゃあ、準備してないから、後日になるけど、誕生日プレゼントは何が欲しかったの? もう一度だけ聞くわ。無理な注文は聞き流すからだめ元で言ってみなさいよ。胸ぐらいなら触らせてあげるわよ」

 絶対に顔真っ赤になってるわよ、馬鹿!


「うん、じゃあ──これなんだけど。俺の誕生日に一緒に出しに行って欲しいんだ」

 半分だけ記入した婚姻届。自分で書いたとはいえ実物を見ると身悶えしてしまう。断られたらと思うと胃が痛い。


「ぶふぉ!」

 いきなりすぎるのよ。普通、もう少し事前に匂わしがあるものでしょう? 春人らしいといえばらしいけど。物には順序ってものがあるのよ?


「唐突すぎだよね。ごめん」

 でも、早く独占したいんだ。世界中に宣言したい。夏樹は僕の最愛の人だって。


「そうね、唐突ね。いきなりどうしたのかしら? 私はまだまだ恋人気分を楽しみたいわ。春人は違うのかしら?」

 手を繋いでデートして、遊園地のお化け屋敷で抱きついて、観覧車で肩寄せ合って、そのままキスなんかしちゃったりして──


「うん、俺だっていつまでも夏樹と仲良くしたいよ。腕組んだり、腰に手を回したり」

 ああ、願望が垂れ流しだ。恥ずかしすぎる。


「だったら、今のままじゃダメなの? 私はこのままの方がいいわ」

 せっかくの甘えるチャンス。たっぷりと堪能しなくちゃね。


「そうだね。気持ちが先走ってだよね。ごめんね」

 夏樹の気持ちが一番大事だ。


「ええ、いずれは出すのだから今書いてもいいけど。勝手に出すのはダメよ」

 今は恋人の関係を楽しみたいもの。せっかくだもの十分に満喫してからでも遅くはないわ。


「うん。そうだね」

 顔を真っ赤にしている夏樹も可愛い。


「こういうものは二人で出しに行くものよ」

 抜けがけは許さないんだから。本当にやったら一生口きかないんだから


「うん、想像するだけにしておくよ──夏樹が俺のお嫁さんに」

 エプロン姿を想像しただけで──駄目だ、鼻血が出そうになる。


「もう、気が早いわよ」

 まだ、キ、キスもまだなのに──


「そして、二人の間には──仲良く手を繋いだ俺と夏樹の子ども──」

 両手にぶら下がって遊んでる姿が目に浮かぶ。


「うん? なんて言ったの?」

 こ、子ども!? 春人と私の子ども? えっ?


「俺と夏樹の子ども──気が早いかもしれないけど、夏樹との子ども──可愛いだろうな」

 絶対に夏樹似の可愛い子どもに違いない。ほっぺたが緩んで元に戻る気がしない。


「春人と私の子ども?」

 私が産んだ春人の子ども!? きゃっ、恥ずかしい。本当に恥ずかしい。顔真っ赤になってるはず。


「そう。きっと夏樹に似た可愛い女の子だよ。お転婆に育ちそうだ」

 よく追いかけっこをした。捻挫した夏樹を背負って夕暮れ道を歩いて帰った幼いあの日。きっと夏樹は覚えてないだろうな。


「あら失礼ね。まるで私がお転婆だったような言い方。春人に似た男の子に決まってるわ。だって私が産むんだから!」

 お転婆だった私を恋する乙女に変えたのは春人でしょう?


「ははは、確かにそうかもね。でも三人は産むんだろ? 一人くらい夏樹似の女の子も生まれるさ」

 何人でも構わないさ。そのためには甲斐性を磨かなくては。


「ええ、そうよ。産むわよ、もちろん」

 春人似の男の子を産むまで頑張るわよ。


「楽しみにしてるよ」

 夏樹似の女の子。小さな子の夏樹にまた逢えるんだね。


「ええ、そうね──」

 甘えん坊だった春人にそっくりな、可愛い息子。想像したらますます顔が赤くなってしまうじゃない──


「いつかきっと──」

 早く夏樹を独占したいなんてわがままはもう言わないよ。今でも十分に幸せだもの。


「書く!」

 もう、我慢できないわよ。


「えっ?」


「今すぐ書くからよこしなさい」

 春人の息子に逢いたい。


「あっ、はい。これ」

 がしっ!

 差し出すより早く、夏樹の手が婚姻届を奪っていく。

 こんなにアクティブな夏樹って見たことないぞ。


「名前、生年月日、本籍、性別──」

 もう、当たり前のことばかり書かせて、まどろっこしいわね。


「──」

 いきなりどうしたんだろう?


「書いたわよ」

 ふう。誤字脱字──なし。完璧ね。


「じゃあ、預かって──」

 大事に保管しておかなくちゃ。


「行くわよ!」

 ついてらっしゃい。2人で出しに行くのよ。


「えっ? どこに?」

 こんな夜更けにどこに?


「役所よ。決まってでしょう」

 思い立ったが吉日よ。待てるわけないわ。


「いや、こんな夜中にはやってないよ」

 コンビニじゃないんだよ。


「死亡届と婚姻届は24時間受け付けるのよ。知らないの?」

 夜間窓口に行くのよ。


「もちろん知ってるさ」

 知らないなんて言うわけないだろ?


「なら、早く支度しなさい!」

 この際、外見なんて気にしてる余裕はないわよ。手を繋いで出しに行くのよ!


「だから──」

 俺たちはまだ出せないからね。


「何よ? 何か文句でもあるの?」

 珍しく反抗的ね。今更怖気付いたのかしら? ううん、春人はそんな人間じゃないもの。じゃあ、どうして?


「違うよ。文句なんてないよ」

 夏樹のする事に文句なんてないよ。でも──


「ならいいじゃない」

 そうよね。早くいきましょうよ。


「まだだよ」

 俺だってすぐに提出したいさ。


「何が?」

 もう、早くいって、一体何なの?


「俺の誕生日──」

 我慢してるんだから。


「だからそれがどうしたのよ」

 春人の誕生日は一緒に祝ったはず──


「来週だよ」

 早く大人になりたい。


「あっ──」

 確かに来週だわ。自分の勘違いに気づいた瞬間、顔が真っ赤に、ゆでだこみたいに真っ赤になっていった。


「じゃあ、今のうちに準備でもしておく?」

 夏樹を、お嬢さんを僕に下さい。言えるかな? 僕って、言い慣れてないから何か照れるな。いや、必要な事だ。頑張るぞ。


「ば、バカ! いきなり何を言い出すよ。結婚するまでは清い交際よ、当然でしょう!」

 は、春人の子どもなら何人でも産んであげるけど。いきなり急すぎるわよ。こ、心の準備がいるんだからね。そこのところ、女心を理解してよね。


「いや、だからおじさんとおばさん、じゃなかった、夏樹のご両親にご挨拶しとかないとね。夏樹を俺に下さいって言いに行かなくちゃ」

 背広とか、きちんと着こなせる自信がないよ。いや、気弱になっちゃいけない。やらなきゃ駄目だ。


「バッ、バカ! まだ心の準備が出来てないわよ」

 どちらにしろ、急に言わないでよ。


「えっ? そういうものなの?」

 顔を赤らめてる夏樹も可愛い。ずっと見ていたい。


「そういうものよ」

 事前の匂わせくらいしておいてよね。


「入籍の前にきちんと挨拶しておかないとね」

 世界に認められる前に、二人の両親からも認められたいよ。


「ぐぬぬ。春人に正論を言われた。悔しい!」

 正論だけど、正論だけど、悔しい。抱きしめたいくらい悔しいわよ。


「ははは、俺だって何も考えてなかったから同類だよ。でも、夏樹が産んでくれる子どもの父親になると考えたら頑張らないわけにもいかないしね。もちろん、夏樹が一番だけど」

 頼もしい父親になれるといいな。


「もう、絶対にずるい」

 わかってて言ってるに違いない。


「いつ挨拶に行けばいいかな?」

 明日は日曜日だけど、いきなり訪問するわけにはいかないよね?


「必要ないと思うわよ」

 今更よ。本当に、今更なんだから。


「いや、そんなわけにはいかないよ」

 男としてのけじめだもの。


「大丈夫よ」

 全部バレてるって恥ずかしいのよ。まだ交際宣言もしてないのに。


「どうして?」

 絶対に許可は必要だよ。


「だって──」

 自分の口から言うとなると恥ずかしいわね。うん、恥ずかしい。


「だって?」

 そんな顔しないでくれないか。抱きしめたくなる。


「『いつ孫を抱かせてくれるの? 春人ちゃんはいい子だけど、度胸がねぇ。まだ手を握ってドキドキしてるって微笑ましいわね。キスもまだなのよね。若いっていいわね。あっ結婚の挨拶はいいから、もう嫁に出したつもりだから、返品は不可だって伝えておいて』だってさ。伝えたわよ」

 もう知らない。一字一句、言われた通りだからね。責任は取ってもらうわよ。


「えっ?」

 ちょっと待って──意味がわからない。どういうこと?


「うちの母親からの伝言よ。『返品不可』意味わかってるのかしら?」

 母娘揃って『返品不可』宣言。もう逃げ場ないんだからね、春人!


「ああ、わかっているよ。大事にするよ」

 『返品不可』言われなくても逃す気はないよ。


「誰情報かしら、キスがまだとか、どうして知っているのかしら?」

 交際して一年も経ってるのにね。誰がバラしたのかしら?


「ははは、なんでだろうね? 不思議だな?」

 独り言を聞かれていたなんて言えないよ。


「不思議よね? 心当たりないの?」

 私じゃないから、春人しかいないのよね。


「俺が? まさか、全然。さっぱりだよ」

 ジト目で睨んでくる夏樹も可愛い。全部可愛い。俺だけのものだ。


「ふーん、やはり春人が犯人だったのね」

 その顔がもう自白してるのと同じなのよね。


「ええっ!? 誤解だよ。神に誓って俺じゃないよ?」

 独り言なんて言ってないよ。


「本当に?」

 早く言わないとひどい目に遭わせるわよ。


「本当だよ」

 勝手に後ろで聞いていたお袋が悪いんだよ。


「じゃあ、私の胸に誓える? 嘘だったら一生触らせないわよ」

 これは春人への脅しよ。脅しなんだから。我慢するのよ。我慢、我慢──


「──俺が犯人です。独り言をお袋に聞かれました」

 それは卑怯だよ。隠し通すなんて無理。


「素直でよろしい。でも、駄目よ。しばらく反省していなさい」

 はあ、この調子だと、キスなんてまだまだ先になりそうだわ。胸禁止にならなくて良かったけど──



Fin.

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