空の舞踏会
わたしが目を覚ますころあなたは眠ってしまう。
それが月であるわたしと、太陽であるあなたの決まりごと。
夜の空はいつも静かだ。
深い闇のなかでわたしはそっと光を灯す。
まぶしさはないけれど、冷たくもない。
やさしいひかりで世界を包むのがわたしの役目。
そばには星さんたちがいてきらきらと瞬きながら夜を飾ってくれる。
昼の空にいるあなたをわたしは直接見たことがない。
けれどとおくでも伝わってくるあなたのひかりとあたたかさを知っている。
すべてを照らす強いひかり。
誰よりも明るく、誰よりも遠い存在。
わたしが沈むころ、あなたは空へ昇る。
そのすれ違いの一瞬さえ、触れることも話すこともできない。
それでも、わたしは今日もあなたを想う。
この想いが届くことはないと知りながら。
夜の空でひとり、あなたの光を心の中で感じ続けている。
星さんたちはいつもわたしのまわりで瞬いている。
「月ちゃんは、じゅうぶんきれいだよ」
「月ちゃんの光はちゃんと夜を照らしてくれてるよ」
そう言って、きらきらと笑いかけてくれる。
わたしは微笑んでうなずくけれど、心の奥では首を振っていた。
だって、あなたの光を知っているから。
昼の空を満たす、あのまぶしさ。
わたしの光は、やさしくはあっても弱い。
あなたの隣に並んだら、きっと消えてしまう。
「太陽さんのそばは、まぶしすぎるよ」
そう言って、冗談めかして笑うと、星さんたちは少し困ったように瞬いた。
応援してくれているのはわかっている。
でも期待されるほど胸が苦しくなる。
わたしとあなたは、同じ空に立てない。
夜と昼。交わらない時間。
それは変えられない運命なのだと、何度も自分に言い聞かせた。
だから、この想いは胸にしまう。
遠くから、ただ見守るだけでいい。
あなたが輝く昼の空をわたしは夜の空からそっと祈るように見つめている。
次の夜、星さんたちの瞬きがいつもより騒がしかった。
「月ちゃん!」
「大変!大変!」
きらきらと弾む声に呼ばれて顔を上げると、星さんたちが一斉にわたしを囲む。
「招待状だよ」
「昼と夜が重なるの。数年にたった一度の舞踏会!」
「月ちゃんが主役なんだよ」
胸の奥が、きらりと光った。
――あの人に、会える。
その考えが浮かんだ瞬間、同じ速さで冷たい不安が広がった。
本当にいいのだろうか。
わたしなんかが太陽のそばに立って。
あのまぶしい光の隣で、わたしの存在は許されるのだろうか。
想像するだけで、怖くなる。
近づけば、光に溶けて消えてしまいそうで。
見つめ返されたらこの胸に秘めた想いまですべて照らされてしまいそうで。
それでも、星さんたちは嬉しそうに瞬いている。
「きっと大丈夫!」
「月ちゃんは、ちゃんと輝けるよ!」
わたしはまだ答えられない。
期待と不安が夜空のなかで絡まり合う。
逃げたい気持ちと会いたい気持ちが同時にきらきらと揺れていた。
それから暫くして舞踏会の時が訪れた。
昼と夜の境目がほどけ、空はゆっくりと色を変えていく。
光は完全には消えず、闇もすべてを覆わない。
ふたつが溶け合う、不思議な時間。
昼空に、星さんたちが瞬いていた。
ありえないはずの光景なのに誰もそれを疑わない。
ただ、世界がきらきらと暗すぎず明るすぎずに息をしている。
そして――あなたが、そこにいた。
近すぎてまぶしすぎてわたしは何も言えなかった。
あたたかい光。
強くてやさしくて逃げ場のない輝き。
目を合わせた瞬間、胸の奥にしまってきた想いが音を立ててほどけていく。
消えてしまうかもしれない。
そう思ったのに不思議と怖くなかった。
あなたは、何も言わずに手を差し出した。
「一緒に踊ろう」
その声は光みたいに自然でわたしは考える前にその手を取っていた。
踊り始めると、世界が変わった。
あなたの光を受けて、わたしのひかりが広がっていく。
弱いと思っていた光が、こんなにも明るかったなんて知らなかった。
星さんたちが、歓声のように瞬く。
きらきら、きらきら。
空は宝石箱みたいに輝いて時間さえも足を止めている。
この一瞬だけでいい。
会えない運命でも、わたしの片思いでも。
あなたのそばで同じ空に立てたこの時間は確かに本物だった。
わたしはあなたの光の中で今までで一番きらきらと輝いていた。
永遠に続くように思えた舞踏会にも終わりは訪れる。
空の色がゆっくりと変わりはじめた。
光は高く昇り闇は静かに身を引く。
昼と夜が、名残を惜しむように少しずつ離れていく。
つないでいた手が自然とほどけた。
その瞬間、胸がひゅっと冷える。
戻らなければならない。
わたしたちは、それぞれの空へ。
あなたは、少しだけ微笑んで言った。
「君の光、きれいだった」
その一言が胸の奥に深く沈む。
ありがとうと言いたかった。
好きですと言ってしまいそうになった。
けれどその言葉を口にしたらこの時間が壊れてしまう気がして、わたしは黙ってうつむいた。
それを見たあなたは続けて言った。
「ぼくの光も調整してくれてありがとう。いつもは眩しすぎてみんな目をあわせてもらえないから。」
その言葉に心が溶かされていく
嬉しくて思わずにやけてしまうのを抑えてわたしは小さくそっとうなずいた
想いは、夜の闇にそっと隠す。
伝えなくても、この気持ちは消えない。
あなたが見た光の中に、確かにわたしはいたから。
太陽は昼の空へ。
わたしは夜の空へ。
元に戻った世界できらきらした記憶だけが胸の中に残る。
片思いのままでも後悔はしない。
あの舞踏会は夢じゃなかった。
それだけでわたしは、また夜を照らしていける。
夜の空にわたしは戻ってきた。
いつもと同じ場所、いつもと同じ闇。
けれど胸の奥に灯る光は、確かに前より明るかった。
ひとつ大切な輝きを受け取った気がしている。
会えなくてもわたしはあなたの光を知っている。
その事実がわたしを照らす。
星さんたちは今夜、いつもより楽しそうに瞬いていた。
まるで秘密を共有しているみたいにきらきら、きらきらと祝福してくれる。
昼の空を想う。
もう会えないけれど、胸に広がるのは寂しさではなかった。
いつかまた昼と夜が重なる日が来る。
その時もきっと、あなたはあの場所に立っている。
そう思えることがわたしをあたためてくれる。
夜と昼は、また離れていく。
それでも、同じ空の下で互いの光を知った。
そして、その記憶は未来へと続いている。
わたしは今夜も、空にひかりを灯す。
いつか訪れる、次の舞踏会のために。
静かに、そして、きらきらと。




