5話目
「おら、酒どんどんもってこーい!」
隣で、篝火さんもとい、ゴリラが叫んでいる。てか、隣って!隣って!(二回目)。
隣の男はずっと私を無視してくるし、そのせいで周りの隊員も私の方をちらちら見るだけで話しかけてこないし、居心地の悪さが半端ない。
じゃあ、親戚のおばさんのお節介のように、私をゴリラの隣にするな、お見合いかよ!戻ってきて!私の椿さん!
私の心のお嫁さんは、遠くで仲間と話している。
隊員たちはだいぶ自由で、宴会の席は堅苦しい雰囲気は一切なかった。
九条さんの言っていた通り、女性も何人かいた。特に目立つのは、派手な赤髪で妖艶な雰囲気を持つ美人と、天使のような顔立ちの天真爛漫な雰囲気をもった女の子だ。どちらも周りに沢山の隊員が集っている。
いいなあ。こんな酒乱ゴリラと隣じゃなくて、私も天使様(今命名した。明るい感じの美少女の方をそう呼ぶ)とか女王様(妖艶美女の方。こちらも今命名)とかの隣がいい。椿さんといちゃいちゃしたい。その間も不機嫌そうなゴリラの圧だけはしっかり感じる。
ああもうなんなんだよ、じゃあ断ればよかっただろ。
門の前で倒れてたらしい私を拾ってくれたことに関しては感謝の気持ちがあったが、九条さんとの会話を思い返しても善意で助けてくれたわけではないことはわかってしまった。逆に敵の情報、おそらく十二支帝国の情報を得るために中に入れてくれたのだろう。私のこと刺客だと思ってたらしいし。
「…なんでこんなガキの面倒見なきゃなんねえんだよ」
ぼそりと聞こえた言葉に体が強張る。
うるさい、黙れ、そんなこと私に言うなと怒鳴りつけたいが、助けてもらっている上に自分の上司に入隊早々そんなことはできない。イライラする。でも我慢だ。我慢我慢。
「記憶喪失なんて嘘にじじいもよく騙されるよな」
我慢我慢。
「俺の隊はお前を受け入れるとか無理だから、受け入れられるとか思うなよ」
我慢だぞ私。これに耐えれば大丈夫。
「おい、聞いてんのかクソガキ。それとも身長が小さすぎてでかい俺の言葉は耳まで届かねえか?」
絶対我慢とか無理。
「うるっせえ誰がチビだ、この野郎!」
「おうっ?」
急に叫んだ私に、ゴリラはびくっと肩を震わせた。その様子に少し溜飲が下がる。私は性格が悪いらしいことが発覚してしまった。なんてこった。そしてざまあみろゴリラ。
近くにあった酒の瓶に口をつけて一気に飲み干す。ゴリラの酒は全て奪ってやる!
「お、おい!未成年が酒を飲むな!」
焦ったように言うゴリラを睨みつけた。
「は?未成年はお酒を飲むな?こちとら、今自分が何歳なのかも把握できてねえんだよ!」
「な、なんなんだお前。本性でも現したか?」
恐らく酒の匂いだけでも少し酔っている私の乱暴な口調に少し気おされたように、しかし最後は冷たい目でこちらを見据える。なんとなく、酔いがひどいような気もするが、ふわふわして何もわからなくなってくる。
「…しい」
「あ?」
そしてそれは、悪化した。
「鬱陶しいって言ったんだよ!」
ガバッと顔を上げた私は、ゴリラの前にある一升瓶に手を出した。
そーれ、一気飲み!
「は⁉︎お前、なに人の酒飲んでんだよ!」
「うるっせえ!さっきからなんなんだよ、ちくちくちくちく、嫌味言ってきやがって!記憶喪失が怪しいって言われても、こっちだって何も覚えてないんだよ!自分の家も年齢も親も友達も好きなものも嫌いなものも!なんにも!わかんないんだよ!なのに、なにが刺客だ!根拠もないくせに決めつけて、ずっと不安で堪らないのになんで敵意ばかり向けられなきゃいけないんだよ!」
ゴリラの怒声に怒鳴り返す。さっきまでの我慢が水の泡だな、と頭のどこかで考える。でも、止まらなかった。酔いが回ってきて、ぐらぐら揺れている視界で、ゴリラがギョッとしたように私の顔を凝視しているのが見えた。
「な、なんで泣くんだよ」
オロオロしたように声をかけてくるから、泣いてない、と返しながら頬に手をやる。びしょびしょだった。喋りながら号泣してたみたいだ。視界が揺れてたのも、酔いのせいだけじゃなかったのか、と思いながらさらに酒を取り上げる。
「あ、おい!「お前に飲ます酒はない!このうどの大木が!」
ゴリラの言葉に被せるように怒鳴ると、ゴリラの眉がぴくりと動いた。
「あぁ?!てめえさっきから下手に出てやってたら調子に乗りやがって!ここの酒はお前のもんじゃねえ!」
「お前の酒でもない!唐変木のこんこんちきめ!」
「なんだと、チビ!」
「むきー!誰がチビだゴリラのくせに!」
「はあ?!ゴリラとはなんだ!」
段々と白熱していく言い合いに、他の隊員たちもやじや笑い声を飛ばしてくるようになり、騒がしくなってきた頃、ちょうど五本(この間に、私とゴリラの闘争があったことを記す)飲み切って私はばたりと倒れた。