2話目
九条さんが部屋から出ていった後、すぐに食事が運ばれてきた。空腹に染み渡るような料理に感動し、泣きながら口に詰め込むという出来事を挟むと、外はすっかり暗くなっていた。
食事などで最初から面倒を見てくれている格好いい男の人(後ろに椿の花が咲き誇っている印象だから椿さんということにしよう)とは少し仲良くなれたような気がする。つまりもう友達であると言っても過言ではない。ということでずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「それで、その、ここは一体どこなんですか?」
に私が聞くと、
「あなたがいるのは、揆央組の客室です」
きおうぐみ?とはなんだろう。…うん。本当に記憶がない。むしろ言葉が話せているのが不思議なくらいだよ。
「…すみません。きおうぐみとは?」
恐る恐る聞くと、格好いい男の人、もとい、椿さんは、驚いたように目を見開いた。
「あ、記憶喪失で揆央組の記憶がないんでしたら、この十二支帝国のこともわからないのでは?」
じゅうにしていこく?初耳事が多すぎやしないかい。
「わかりません」
そういうと、椿さんは大きく息を吐いて、
「すみません。その配慮を忘れてました」
いやいや、記憶喪失なのは、椿さんのせいじゃないので、配慮しないことに謝らなくていいんだよ!
勝手に転がり込んで置いてもらうのに配慮してもらうとか、おんぶにだっこ状態すぎてつらい。
「いえ、つば…貴方のせいじゃないのに、こちらこそ本当にすみません。でも、説明を聞かせてもらってもいいですか?」
「もちろんですよ」
椿さんは微笑んで話し始めた。
「とはいえ、何処から話せばいいのか…。此処は、十二支帝国と呼ばれていまして、その名のとおり、十二支と神様が治めてる国です。ただ、昔はここは十二支帝国ではなく、揆央国という小さな国でした。でも、百年ほど前、大陸の方から、元祖十二支と神様が渡って来て、国を乗っ取ったのです。逆らおうにも不思議な力を持つ、十二支たちには到底かなわず…。今では、神様が完全に国を牛耳っていて、それを不思議に思うものも少なくなっています」
うわあ、百年前とか想像もつかないよ。百年間一つの組織による統治が続いたら、そりゃあ、民衆も楯突こうとは考えもしないだろうな。
あれ?というか…?
「……神様たちが国を牛耳っているなら、反抗するような発言してもいいんですか?」
そして、揆央って…
「反抗上等です。我々揆央組はそんな状況に疑問を持ち、できたのですから。揆央組の揆央は、揆央国の揆央と同じです」
つまり、革命家たちってことだろう。すごい話を聞いてしまった。VS国って結構大変じゃなかろうか。
とりあえず、基本的な質問からしていきたい。
「じゅうにしとはなんですか?」
漢字からわかりません。
「十二支は、鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、猪の十二の動物です。子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥って記憶にないですか?時間軸も今これなのですが。十二刻ですね。子の刻、丑の刻のような感じで」
へえ。動物が不思議な力を持ってるんだ。うーん、記憶がないから実感もないなあ。
「今がちょうど辰の刻ほどですね。あなたは、子の刻ほどのときに、ここの前に倒れていたのですよ」
へえ…って、今、さらっとすごく重要な情報がっ!
「えっ!倒れてたんですか?」
私が意気込んでそうきくと、
「はい。起こそうとしても起きなかったそうなので、この部屋で寝かせていました」
「…その節は本当にありがとうございます。え、というか、起きなかったらしいって。見つけて頂いたのは、つば…貴方ではなく?」
「ええ、そうです。なとりさんを見つけたのは、篝火というやつです」
かがりびさん?すごい名前。運んでくれたってことはきっと良い人なんだろうな。それより、
「かがりびさんって漢字はどんなのですか」
「そこですか」
椿さんはキレのあるつっこみをいれつつ、紙に書いて教えてくれた。
「ほうほう、すごい漢字ですね」
篝火て。申し訳ないけど、会ったら笑っちゃいそう。
「ところで、そろそろ、お疲れでしょう。話の続きは明日にして、休んでだほうがいいですよ」
そういえば、夜なのに、話につき合わせてしまった。おとなしく寝よう。短時間に色々ありすぎて正直眠い。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい。なとりさん」
その夜私は夢を見た。ずっと名前を呼ばれる夢だ。
真っ暗な空間で何度も何度も呼ばれる。
「なとり…なとり…なとり」
それは、私の中の何かを呼び覚まそうとしているようで…何かに縛りつけようとしているようで…怖い夢だった。