喜ばしき思いと失われし右腕
私の右腕はどこに行ったのだろうか?
朝起きたら右腕が無くなっていた。
何を言っているか分からないと思うが私にも分からない。
ただ、事実、右腕が無くなっていたのだ。
目をこすり、もう一度よく見る。
……やはり無い。
ふと、私の頭の中に、「これは悪魔の仕業なのではないか?」という考えが浮かんだ。
悪魔なら、隣の家に住んでいる。
私は隣の家へと突撃した。
私が隣の家のドアを怒りに満ちた拳でノックすると、隣人はひどく驚いた様子で扉を開けた。
驚くのも当然だ。彼は私がこんなにも早く犯人を特定するとは思わなかったのだろう。
私は右腕捜索のためという合法的な理由により、隣人の家に押し入った。
*
「たのもう、たのもう!」
「いったいどうしたんだ、そんなに恐ろしい顔をして!」
「この右腕が目に入らぬか!」
「……無いじゃないか!」
「そのとおり。そして、犯人は……あなただ!」
「わけがわからない!」
隣人は、あくまでもしらばっくれるつもりのようだ。
私は最後まで戦い抜くことを決意する。こんな理不尽に屈してはならぬのだ……!
「いや、私も疑いたくはなかったのだが、確たる証拠があるとなれば、たとえ良き隣人の貴様といえども容赦するわけにはいかぬ!」
「どこにそんな証拠があるっていうんだ! そもそもなんの証拠だよ!」
「この小説の登場人物は私と貴様しかいない。そして私には自分の右腕を無くす趣味はない。よって貴様が右腕泥棒の犯人だ!」
「ああ、なんてメタいんだ! ていうか友達にそんなことするわけないだろ! それに俺にも盗んだ記憶はない! ちゃんと家の中を見たのか?」
そう言われて、私は家の中をちゃんと確認していないことに気が付いた。
だが、私は自分の非を認めたくなかったので、言葉を尽くしてなんとか彼に罪を着せようとした。
しかし、隣人の勢いに流され、ついに家に戻って、一緒に探すことになってしまった。
ああ……不甲斐ない……。私の弁論の腕はこの程度だったというのか?
己が身の無力さに打ちのめされている私を、隣人は家まで連れて行った。
*
捜索はあっさりと終了した。
「ほら、ベッドの上にあったぞ」
そう言って彼は私の義手を差し出してきた……
…………
……
「ああ友よ、この右腕ではない
そうではなくて、心地よく、喜びに満ちた歌を始めよう……
喜びよ、美しい霊感よ
死後の楽園の娘よ
私たちは情熱に陶酔し、足を踏み入れる
天の、あなたの聖域へ
あなたの魔法が再び結びつける
時の流れが厳しく分裂させた右腕を
すべての人々は兄弟となる
あなたの柔らかい翼がとどまる場所で
一人の友の中の友となる
偉大な成功をおさめた人よ
美しい妻を伴侶にした人よ
喜びの声を一つに混ぜ合わせよう
そうだ、地球でたった一人の人間も(喜びの声を一つに混ぜ合わせよう)
そして、そうできない人は出ていくがいい
泣きながら、この結びつきから
すべての存在は自然の乳房から喜びを飲む
すべての善人とすべての悪人は
創造主のバラの足跡についていく
創造主は私たちにキスとブドウの木と
死の試練を与えられた一人の友を渡した
快楽は虫けらのごとき人間にも与えられ
ケルビムが神の前に立つ
喜びをもとう、太陽が華やかな空を飛ぶように
走れ、兄弟よ、あなたたちの道を
喜びを持って、英雄のように 勝利に向かって
抱き合おう、何百万もの人々よ!
このキスを全世界に!
兄弟よ、星空の上には
愛する父が住んでいるにちがいない
あなたたちはひざまずいたのか、何百万もの人々よ
あなたは神を感じるか、世界よ
星空の上に神を求めよ!
星々の上に、神は住んでいるにちがいない!」
ベートーヴェンの『歓喜の歌(?)』を歌い終え、全身を震わせて陶酔感に浸っている私に、友は言った。
「誤魔化すな」
「ごめん」
読んでくれてありがとう。
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