墓前の盾
森を抜けた先の、小高い丘。
かつて仲間たちと幾度も通ったその道を、ゴルザンはひとり、ゆっくりと登っていた。
風は冷たかったが、不思議と心は穏やかだった。
視界の先に、馴染みの墓標が見える。
――ラーク。
石碑の前に立ち、ゴルザンは小さく息をついた。
「……久しぶりだな」
そう呟いて、荷から取り出した一本の酒瓶を傍らに置く。
「支部の連中は、みんなよくやってる。……そう言えるくらいには、育った」
風が、乾いた葉をさらう音だけを運んでくる。
「俺は、お前に守られてた」
それは、ずっと口にできなかった言葉だった。
「あの頃は、守るってのは“前に出て、全部受け止めること”だと思ってた。……でもな、違ったよ」
「お前がいなくなって、俺は独りで背負おうとして、またしくじった。……誰かを守るために規則を破ったこともあった。
あれは、あれで俺のやり方だったのかもしれねぇけど……結局、また潰れかけた」
ゴルザンは、背負っていた“それ”を静かに地面に下ろす。
分厚い、傷だらけの盾。
ラークから引き継ぎ、自らの覚悟と共に抱えてきた、重すぎる意志。
「けど、この支部で……ミーナたちと過ごして、少しだけ分かったんだ」
「俺も、守ってばっかじゃなかった。育ててたつもりが、育てられてたんだな」
膝をつき、墓の前にそれを置く。
触れる指先は、ごつごつとして、それでいてどこか優しかった。
「ミーナには、あんたと違うもんを見つけてほしい。
俺たちみたいに、“守ること”に縛られなくてもいい。
自分のやり方で、人を支えられるなら、それでいいんだよな」
盾の上に、そっと手を乗せる。
「……俺も、ようやくわかった気がする」
風が吹き抜ける。
何かがほどけていくような、そんな静かな感覚だった。
立ち上がったゴルザンは、振り返らずに歩き出す。
「またな、相棒。……次に来るときは、ちょっと笑える話でも持ってきてやるよ」
丘を下る背中は、もう過去に縛られてはいなかった。