支部との別れ
ギルドの昼下がり。
荷造りを終えたゴルザンが、最後の挨拶にと事務所をひと回りしていた。
言葉少なに、それでいて一人ひとりと丁寧に向き合う。
それが、彼なりの別れ方だった。
「……片付いたんですか?」
最初に声をかけてきたのは、書類台の前で帳簿にペンを走らせていたベイル=ストレイ。
視線は書類から外さぬまま、手だけが動いている。
「ああ。部屋も机も、まっさらになった」
「それは助かります。インデント崩れると再整形に時間がかかりますので」
「……最後までそれかよ」
苦笑を浮かべて背を向けると、後ろからぽつりと。
「記録には残します。前任者が“人の成長を最優先とした”支部運営だったこと。……評価は私ではなく、後の世代が下すでしょう」
振り返ったゴルザンに、ベイルは相変わらず手元を見たまま告げた。
「お、お疲れ様でしたああっ!」
突然現れたチット=スパンが勢いよく敬礼し、羽根をバサバサと羽ばたかせる。
緊張なのか、目元が潤んでいるのか判別がつかない。
「俺ぁ……なんだかんだで、ゴルザンさんがいたから変な噂もすぐ回収できてた気がします……! たぶん!」
「回収するな。流すな」
ぼそっと返すと、チットは笑って手を振った。
「でも、また来てくださいよ。俺、耳ざといんで! 伝書でいつでも呼んでくださいね!」
「おや、そちらはもうご出発で?」
背後からかけられた声に振り向けば、ハナミ=ルードンが腕を組んで立っていた。
「無理に強くなろうとして、焦っていた頃が懐かしいですねえ。……あんたを見てると、若い子らが“自分で考える”ようになってきた気がする」
「俺がやったことじゃねえ。お前らが育てた」
「へぇ。らしくない」
小さく笑ったハナミが、最後にこう言った。
「帳簿の数値じゃ測れないもんも、残せたってことですよ。……ご苦労さん」
休憩所を抜けようとしたところで、リリア=カスカータが手を振って追いついてきた。
「ゴルザンさん、これ、忘れ物! っていうか“置いてくな”って言ったでしょ、予備のクエスト書類!」
「今後のトラブル対応に備えて、だ」
「そうやって“黙って準備して去る”の、ほんとズルいですよね。
でもまあ──わたしも、ちょっとはズルくなれたの、ゴルザンさんのおかげかも。……ありがと」
施設区画を通れば、マルコがいつものように椅子の脚を直している。
言葉はない。けれど、トン、と足元に差し出されたのは、小さな腰掛け。
「……もらっていいのか?」
マルコは無言でうなずく。
ゴルザンは腰掛けを手に取り、わずかに目を細めた。
「……次の支部長は、もうすぐ来るんだったな」
休憩室の近くで、ゴルザンがぽつりと呟く。
「本部から、ですよね。どんな人だろう」
ミーナがそう返すと、チットがすかさず割り込む。
「え〜〜絶対固いタイプでしょ〜! リリアが喋りすぎて怒られたりして!」
「こら!」
リリアのツッコミに、皆の笑いがこぼれる。
その雰囲気を見て、ゴルザンは静かに言った。
「……ま、誰が来ようと、お前らはもう大丈夫だ」
その一言に、ミーナがしっかりと頷いた。
事務所の扉が閉まる。
静かに、その空間に一つの時間が流れ去った。