第7章: 接近
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第7章: 接近
5月1日（月曜日）
朝の光が窓から差し込み、天井に金色の筋を描いていた。遠くから聞こえる鳥のさえずりが静寂を彩る中、あゆみは机に向かい、日記を開いていた。ペン先が紙の上をかすめ、少しためらった後、書き始めた。
「昨日は、結局すごく幸せだった。もしかしたら、幸せすぎたかもしれない。」
彼女の唇にかすかな微笑みが浮かび、昨日の記憶が心に蘇った。ボウリング、一緒のランチ、ゲームセンター、ショッピングモール……どの瞬間も完璧だった。それでも、心のどこかに空虚さが残っていた。
「気分は回復して、もう考えていなかった。」
彼女はベッドの隣の鏡に目を向け、自分の姿を見つめた。前夜の涙で少し腫れた目、思慮深い表情の唇。
「でも、食事中、ずっとあなたを見ていた。」
彼女は唇を噛み、視線を日記に戻した。あきひろのそばにいられることが嬉しかった。彼の言葉や笑顔が、彼女を特別な存在に感じさせた。
「あきひろ……あなたが好き。」
その言葉を書いた瞬間、彼女の心臓は高鳴った。
「昨日は本当に幸せだった。こんな日々が続けばいいのに。こんな日々が私を幸せにしてくれる。」
彼女は一息つき、静かにため息をついた。あきひろの手が自分の手を握った感覚、あの瞬間の温もりがまだ残っていた。その時、すべてを打ち明けようとした。
「昨日、あなたが私の手を取ったとき、心臓が破裂しそうだった。幸せすぎて、気分は最高潮だった。」
その瞬間を思い出し、彼女の頬は赤く染まった。あの時間が永遠に続いてほしかった。
「こんなに幸せで、なぜか告白しようと思った。」
彼女はペンを置き、指を組み合わせて軽く握った。何を考えていたのだろう？それは無謀だったのか？
「なぜか、心の中でうまくいくって思ってた。あなたが受け入れてくれるって。」
彼女は目を閉じ、部屋の静けさに身を委ねた。そして、再び書き始めた。
「あなたが私のドレス姿を見て、あの褒め言葉をくれたとき、嬉しすぎて胸が痛くなった。でも、今思えば、それは葵やあかりにも言ってたのかもしれない。」
彼女の目にわずかな悲しみが浮かんだ。その言葉が自分だけに向けられたものだと信じたかった。でも、もしかしたら自分を騙していただけかもしれない。
「昨日、あなたを連れてあそこに行った。もう告白寸前だった。もう我慢できなかった。でも、ちょうどその時、邪魔が入った。もしかしたら……それでよかったのかも。」
彼女は再びペンを置き、日記を胸に抱きしめた。長いため息が唇から漏れた。本当にそれでよかったのか？それとも、ただ諦めただけなのか？
「もうすぐ体育祭がある。どうなるかな。」
彼女は日記を机に置き、立ち上がって窓の方へ歩いた。朝の空気は新鮮で軽やかだった。もう考えすぎるのはやめて、今を大切にしよう。
でも、一つだけ確かなことがある。あきひろへの想いは、そう簡単には消えない。
5月5日（金曜日）
あゆみは机に座り、日記を開いていた。窓に打ちつける小雨の音が部屋を満たし、ペンが紙の上を走る音と重なっていた。
「今週は普通に過ぎた。あきひろとはあまり話せなかった、残念ながら。」
彼女の唇から小さなため息が漏れ、過ぎ去った日々を思い返した。毎朝、彼はいつもの笑顔で教室に入り、葵やあかりたちに囲まれていた。でも、彼らの会話は挨拶や簡単な言葉のやり取りに限られていた。
「彼があかりと少し距離を縮めたのを感じた。」
あゆみは一瞬手を止め、ペンのキャ
「私たちの関係について話していたって聞いたの。私はね、あかりにはもう私のことを心配しないでほしい。」
あゆみは視線をノートに落とし、ペンを強く握った。あかりはいつも優しかった。もしかすると、優しすぎたのかもしれない。助けようとしてくれているのはわかっていたけど、それがかえって自分の弱さを思い知らされる気がしていた。
「葵は、あきひろの気持ちにまだ気づいていないみたい。でも私は、彼女が気づけるように手伝ってあげたい。」
その言葉を書いた後、手が止まる。それが本心なのか、自分でもわからなかった。葵は友達。でも、心の奥ではもし彼女が本当に気づいたとき、自分のライバルになるかもしれないことを知っていた。
「あきひろはいい点を取ったのに、私は赤点だった。」
ため息が漏れる。勉強は得意じゃなかったし、この一週間は気持ちがぐちゃぐちゃで集中できなかった。
「もうすぐ中間試験があるから、頑張らなきゃ。本気でやる。」
自分の頬を軽く叩いて気合いを入れる。失敗してばかりの自分でいたくなかった。いつも取り残されている存在でいたくなかった。
そして、そっと微笑みながら最後の一文を書く。
「でも嬉しいの。生徒会長が私たちに体育祭の準備を頼んでくれて。すごく楽しみ。だって、あきひろともっと一緒に過ごせるかもしれないから。」
ペンを置いて、ゆっくりと日記を閉じる。それがチャンスかもしれない。体育祭は、あきひろに近づくための絶好の機会だった。
５月６日（土）
朝の光があゆみの部屋のカーテン越しに差し込んでいた。彼女は伸びをしながら、台所から漂うお茶の香りに気づいた。今日は、久しぶりに家が少しにぎやかだった。
「今日は両親が家にいる。嬉しい。」
二人がそろって仕事を休むのは珍しかった。その存在だけで、あゆみは少し安心した。まるで子どもの頃に戻ったような気持ちになった。
ゆっくりと起きて、落ち着いた朝食をとったあと、また日記を書き始めた。
「またみんなで出かける予定を立ててる。うまくいくといいな。」
みんなと過ごす時間は本当に楽しかった。前回の思い出がまだ胸に残っていて、また同じ時間を過ごしたいと強く思った。
でも、本当の理由はただひとつだった。
「学校に行く理由は、あきひろに会いたいから。時間が早く過ぎてほしい。」
彼のことを思うだけで、心臓がドキドキした。唇を噛みしめて、自分がバカみたいだと思いながらも、その気持ちをごまかせなかった。彼を見かけるだけで、気分が明るくなるのだ。
「月曜日、お昼ご飯を一緒に食べてもらうの。あきひろと葵を。二人きりにしてみせるって、約束する。」
そう書いた瞬間、胸にチクリとした痛みが走る。簡単なことではなかった。でも、葵が自分の気持ちに気づけるようにしてあげなきゃ。もし、それが運命なら、あきひろもきっと答えを見つけられる。
日記を閉じて、外出の準備をした。
買い物はあまり好きじゃなかったけど、その日はゆっくり歩きながらスーパーの棚を見ていた。考え事ばかりしていた。
そんなとき、あるコーナーで目に入った光景に足が止まる。
数メートル先、お菓子売り場の近くに、見覚えのある二人の姿があった。そうたと、あかりだった。二人だけで話しながら、何かを買っていた。
とっさに棚の影に隠れて、様子を見てしまった。二人は笑い合っていて、とても自然な雰囲気だった。…でも、なぜ彼らは二人きりだったのだろう？
「何を話してるんだろう。どうして、二人だけで…？」
気づけば、その場から離れられずにいた。そうたの表情が真剣になって、あかりは変わらずに笑っていた。自信にあふれた、あの魅力的な笑顔で。
あゆみは小さくため息をついて、頭を振った。気にしすぎだと、自分を叱るように。
そのまま買い物を終えて家に帰った。
その土曜日は、小さな疑問を胸に残して過ぎていった。けれどきっと、答えはいつか見つかるはずだった。
５月８日（月）
あゆみは、明確な目標を胸に目を覚ました。この日、彼女はあきひろと葵を近づけようとしていた。彼がまだ自分の気持ちに気づいていないなら、その背中を押してあげるしかなかった。
教室に入ると、二人を注意深く観察した。並んで座っていたが、まるで違う世界の住人のように、距離があった。
軽く唇を噛んだ後、あゆみはペンを手に取り、わざとそれを二人の間に落とした。
「あきひろ！葵！」自然な声で呼びかける。思惑通り、二人は同時に身をかがめてペンを拾おうとした。
その瞬間、彼らの手が触れ合った。ほんの一瞬、息を飲むほどの短い時。視線が重なった。あゆみはすぐに気づいた。あきひろの頬が赤く染まっているのを。
葵は落ち着いているように見えたが、唇に小さな照れ笑いが浮かんでいた。
あきひろはすぐに目をそらし、ペンを拾ってあゆみに差し出した。その姿はどこか不器用で、それがまた胸を締めつけた。
…それでも、彼女は止まらなかった。
次の休み時間、二人が席を立った瞬間を見逃さなかった。葵があきひろのすぐ後ろを歩いていた。
チャンスだった。
深呼吸をして、あゆみは一歩踏み出し、わざとバランスを崩して二人に軽くぶつかった。
時間が止まったように感じた。
突然の出来事に、葵はとっさにバランスをとろうとして、あきひろの制服にしがみついた。指先に感じた布の感触、体温の近さ。あきひろの身体がピクッと反応する。
顔が、ものすごく近かった。あきひろの戸惑った表情と、葵の少し恥ずかしそうな瞳。心臓が爆発しそうなほど早く打ち、顔が真っ赤になった彼に対して、葵はすぐに整った表情で距離を取った。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃ…」制服を直しながら、小さな声で言った。
「だ、大丈夫…！」あきひろは目をそらしながら、髪をかき上げて言った。まだ動揺している様子だった。
あゆみは慌てて頭を下げて謝った。本当に反省しているように見せかけて。でも、心の中では、すべて計画通りだと思っていた。
…そう思っていた。
二人がまだ少しぎこちなくしているのを見ながら、胸の中に妙な空虚感が広がるのを感じた。
本当は、喜ぶべきだった。二人の距離が近づいた。その一歩を自分が後押ししたのだ。…それが、望んでいたことだったはずなのに。
それなのに——
彼女は手を背中で組み、無理に笑おうとした。
「嬉しいはずなのに…」心の中で繰り返した。「嬉しいはず、なのに。」
授業が再開されても、あゆみの視線はあきひろとあおいから離れなかった。自分の計画通りに進んだはずなのに、その胸の奥の虚しさは消えてくれなかった。ふたりの仕草や言葉の一つひとつを観察しながら、本当に何かあるのかを探っていた。
その様子を、後ろの席にいたあかりが気づいた。最初は気にしなかったが、何分経ってもあゆみの視線が変わらないのを見て、さすがに不自然だと感じた。
最初の休憩時間に、あかりはあゆみに近づき、いたずらっぽく耳元で囁いた。
「ねえ…いつからふたりを見つめてたの？」
あゆみはビクッと肩を震わせ、顔が一気に熱くなった。慌てて振り返ると、あかりの好奇心に満ちた目と目が合ってしまう。言い訳しなきゃ——と焦りながらも、言葉が詰まった。
「ち、違うの、そんなつもりじゃ…！」
「ふぅん？じゃあ、あんな目で何を見てたのかな？」
あゆみは深呼吸をして、無理に笑みを浮かべた。
「ただ…ふたりの関係、なんか変だなって思って。」
あかりは眉を上げて、興味深そうに身を乗り出した。
「変？どんなふうに？」
あゆみは視線を少し落として、制服の袖を指でいじりながら、落ち着いた声で話し始めた。
「学校では全然話さないし、距離ある感じなのに…外だと違うの。こないだのボウリングのときとか、あきひろが褒めたでしょ？あおい、すごく嬉しそうだったじゃん。なんか、ギャップがあるっていうか…」
あかりは唇に指を当てて考え込む。今まで意識したことなかったが、確かに…と思い出す。
「ふーん…言われてみれば、たしかに。」
椅子にもたれて、あかりもあきひろとあおいをチラリと見る。ふたりの関係には、言葉にできない微妙な違和感があるように感じた。
そしてその瞬間から、あかりも無意識にふたりを観察するようになった。
授業がゆっくりと進む中、あかりが小さく声をかける。
「あゆみ…」
驚いて振り返ったあゆみは、真剣な表情のあかりと目が合った。
「ふたりを一緒にお昼にさせようよ。」と、あかりはにやりと笑った。
あゆみの心が一瞬だけ跳ねた。だけど、すぐに自分を落ち着かせて微笑む。——あきひろを応援するって決めたんだから。幸せになってほしい。たとえ、心が痛んでも。
「…うん、そうだね。やろう。」
昼休みのチャイムが鳴ると、ふたりはあきひろとあおいのもとへ向かった。
「ねえ、今日一緒にお昼食べない？」あかりが明るく声をかける。
あきひろはすぐにうなずいた。
「もちろん！」
あおいは少し驚いた表情を浮かべたが、周りを見回してから微笑んだ。
「うん、いいよ。」
「じゃあ、ふたりは先に行ってて！」と、あゆみが自然を装って言った。「私たちはそうたを呼んでくるから。」
あきひろとあおいは頷いて、ふたりきりで中庭へと向かった。
あきひろは少し緊張していた。すぐにみんな来ると分かっていても、あおいとふたりきりというだけで、どこか落ち着かなかった。
ふたりが離れると、あゆみとあかりはそうたのもとへ走った。
「聞いて、今日あおいとあきひろをふたりきりにしたいの！」あかりが嬉しそうに話すと、
そうたの目がキラリと輝いた。
「おぉ〜、いいね！まかせて！」
満足げにうなずき合うあゆみとあかり。ふたりはそのまま、中庭が見える教室の窓際まで移動し、こっそりとふたりの様子を見守った。
明弘と葵は、その間に木陰のベンチにたどり着いた。ゆっくりと隣同士に座った。
歩は遠くから二人を見つめながら、自分の制服の裾を握りしめた。 彼女の中の空虚感はますます大きくなっていたが、自分が正しいことをしていると繰り返し言い聞かせていた。
ベンチに座っている間、明弘と葵の間には触れられそうなほどの沈黙が漂った。 軽いそよ風が上の木々の葉を揺らしていたが、どちらもその気まずさを破る勇気を見つけられなかった。
数秒後、葵が少し困惑した表情で明弘の方を向いた。
「でも…他のみんなはどこに行ったの？」 そう言って、周りを見渡した。
明弘はその視線を受け止め、すぐに頬が熱くなるのを感じた。 葵と二人きりでいることが彼をそわそわさせたが、その理由がはっきりと分からなかった。
「わ、わからない…」 彼は視線をそらし、落ち着こうと努めながら答えた。
数秒間、緊張が漂う中、どちらも直接目を合わせるのを避けていた。 その時、不意に音が沈黙を破った: 「ピッ」
明弘は電話を取り出し、明からのメッセージを見た。 彼はすぐにその内容を読んで、葵の方を見上げた。
「えっと…明が言ってたけど、先生が話したいことがあるらしくて、教室に残ってるみたいだよ。」
葵はベンチの背もたれに寄りかかり、腕を組みながら空を見つめた。
「先生？何の話だろうね…」
すでに少し気まずさを感じていた明弘は、なんとかその雰囲気を和らげようとした。
「そ、それじゃ…僕たち二人だけになっちゃったね…」 そう言いながら自然に見えるよう努めた。
葵は軽く微笑みながらうなずいた。 「そうだね、二人きりみたい。」
明弘は視線をそらし、心を落ち着けようとしたが、この状況に戸惑いを隠せなかった。 それでも沈黙が再び漂う前に、葵が話題を変えた。
「ところで…次の外出についてなんだけど、今月はやらない方がいいかも。」
明弘は少し悲しそうな表情で彼女を見た。 「えっ…どうして？」 そう言いながらその失望を隠そうとした。
「実は、もうすぐ中間試験があるし、その後はスポーツフェスティバルも控えてるから。みんな忙しくなりそう。」
明弘は軽く視線を下げながら、彼女の言うことが正しいと認めた。
「うん…わかるよ…」 そう答えたものの、少し苦い笑みが浮かんだ。
しかし、彼が落ち込み始める前に、葵が楽しそうに付け加えた。 「でも…誰かの家で一緒に勉強するのはどう？楽しくて、しかも役に立つと思わない？」
明弘は驚きながら彼女を見た。葵や明、そして他のみんなと一緒に勉強するという考えが急にとても魅力的に思えた。
「おお！そ、それいいね！すごくいいアイデアだと思う！」 そう言って明弘は心からの笑顔を浮かべた。
彼がこんなにも喜ぶ姿を見て、葵も自然と笑顔になった。
その頃、少し離れた場所では、歩、明、宗太が窓から二人を覗き見していた。 「ちょっと待って…」 宗太は目を細めながらつぶやいた。 「どうして急にあんなに笑ってるんだ？」
「何を話してたんだろうね…」 明は少し眉をひそめながら言った。 しかし歩は黙ったままだった。 二人が一緒に笑い合っているのを見て、幸せそうだと感じようとしたが、心の中で広がる空虚感を無視することはできなかった。
教室に戻ると、明弘と葵の間には微妙な緊張感が漂っていた。 宗太は隣に座る明弘の様子にすぐ気づいた。視線をそらしたり、動きがぎこちなかったり、そして頬が少し赤くなっているのも見逃さなかった。 しかし、彼は何も言わず、抑えた笑みを浮かべながらその様子を眺めていた。
授業中、誰も話さず、時間がいつもよりゆっくりと過ぎていくように感じた。 明弘は葵の一つ一つの動きに妙に意識を向けてしまい、時々こっそりと彼女を見た。 しかし、彼らの目が合いそうになるとすぐに視線をそらしてしまった。
ついに授業終了のベルが鳴ると、明弘は勢いよく立ち上がった。 まるでその奇妙な雰囲気から逃げ出したいかのように。 彼はカバンを慌てて掴んだせいで、いくつかのノートを落としそうになった。 歩と明は自分の席に座ったまま、黙って彼を見つめていた。
「まあ、私たちの計画はほぼ成功したみたいね」 明は満足そうに微笑みながら小声で言った。
歩はうなずいたが、その笑顔はどこかぎこちなく、作り笑いのようだった。 彼女はおそらく嫉妬していたのだろう。 二人があまり近づきすぎることを望んでいなかったが、そうするべきだと心の中で思っていた。
生徒たちが教室を出ていく中、歩、明、宗太はお互いに目配せをし、素早く教室を出て行った。 そして明弘と葵を二人きりに残した。
彼らの間に流れる沈黙は、目に見えるほどだった。 その瞬間、アキヒロは教室が突然広く、空っぽに感じられることに気づいた。 彼はアオイの方を向いた。彼女は気まずそうな表情で彼を見ていた。
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「じゃあ……行くね」 彼女は視線を少し下げ、一歩後ろに下がりながら言った。
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アキヒロは生唾を飲み込んだ。 胸の鼓動が激しくなっていた。 「お、オーケー」 彼はカバンに集中しているふりをしながら、どもりながら答えた。
アオイは背を向けて教室を出て行った。
彼女の足音が廊下で遠ざかっていくのを聞いて、アキヒロは少しだけ肩の力を抜いた。 深呼吸をしてカバンを肩にかけたが、そのとき彼の視線はアオイの机に落ちた。
何かが机の下からはみ出していた。
彼が近づいてみると、それは本だった。 彼はそれを取り出し、タイトルを読んだ瞬間、それが重要なものであることを理解した。
「しまった……これ、彼女の勉強に必要な本だ。」
彼は考える間もなく、教室を飛び出し、廊下を駆け抜けた。 学校の出口に到達すると、周囲を必死に見渡したが、アオイの姿はなかった。
少し離れたところで教師が歩いているのを見つけ、彼はためらわずに近づいた。
「先生、すみません！」
教師は立ち止まり、眉を上げて彼を見た。 「はい？」
「アオイさんの家をご存知ですか？ 彼女がこの本を忘れてしまって……勉強に必要なんです。」
教師は一瞬困惑した表情を見せたが、左の道を指さした。 「まっすぐ行けば、彼女の家があるはずだよ。」
アキヒロは素早くお辞儀をした。 「ありがとうございます！」
そして彼は走り出した。
風が彼の顔を打ちつけ、呼吸は走りで速くなっていた。 彼の目はあらゆる角を探し、ついに彼女を見つけた。
「アオイ！」 彼は息を切らしながら叫んだ。
彼女は驚いて振り返り、立ち止まった。 「ナカハラくん？」
アキヒロは歩みを緩め、息を整えながら言った。 「アオイ……君の本、忘れてたよ。」 彼はそれを差し出した。
アオイは目を見開いた。 「あ……本当だ！」 彼女はそれを丁寧に受け取り、視線を少し下げた。 「これを届けるためにずっと走ってきてくれたの？」
アキヒロは顔を赤らめた。 「べ、別に……必要だと思って。」 彼は視線をそらし、照れくさそうに首の後ろを掻いた。
アオイは優しく微笑んだ。 「ありがとう、本当に。ナカハラくんって優しいね。」
彼はさらに赤くなり、視線を下げた。 「い、いや、たいしたことないよ。」
数秒間、彼らは沈黙の中で立ち尽くし、アオイの髪がそよ風に揺れていた。
そして彼女は一歩後ろに下がった。 「じゃあ……また明日ね？」
アキヒロはぎこちなく見えないようにしながら頷いた。 「う、うん。」
アオイは最後に微笑みを浮かべてから背を向けて家路についた。 アキヒロは彼女が遠ざかるのを見送り、まだ速く打つ心臓を感じていた。 そしてため息をつき、髪を手でかき上げ、考え事をしながら家へと向かった。
アキヒロは息を切らしながら家に戻った。 走ったことで足は少し疲れていたが、心臓が速く打っているのは別の理由だった。
彼は靴を脱ぎ、リビングへと向かった。しかし、部屋に足を踏み入れた瞬間、何かが違うと感じた。母親がそこに立っており、あまりにも嬉しそうな笑顔を浮かべて彼を待っていたのだ。
アキヒロは立ち止まり、困惑した表情で眉をひそめた。
「えっと…何かあったの？」
母親はキラキラとした目で彼を見つめた。
「あら、別に何もないわよ」と何気ない口調で答えたが、その笑顔はさらに広がった。
「それで、ついにあの女の子と会ったのね？」
アキヒロの心臓が一瞬止まった。
彼は無意識にリュックのストラップを握りしめた。
「ど、どの女の子のこと？」と平静を装いながら尋ねた。
母親はくすくすと笑った。
「もう、しらばっくれないで。あの紫色の髪の可愛い子よ。」
アキヒロの顔が真っ赤になった。その特徴に当てはまるのはアオイしかいない。
でも…母親がどうして彼女のことを知っているのだろう？
「どうして彼女のことを知ってるの？」と疑いの目で尋ねた。
母親は少し首をかしげた。
「あら、つまり彼女のことだと認めるのね？」
アキヒロの頭の中が混乱した。
「そ、それは関係ないでしょ！」と話題を逸らそうと必死になった。
「どうして彼女のことを知ってるの？」
母親はため息をつき、腕を組んだ。
「まあ、あなたが覚えていないのも無理はないわね…でも、あの子とは昔会ったことがあるのよ。」
アキヒロはその場に立ち尽くした。
「何の話をしてるの？」と心臓が激しく鼓動する中で尋ねた。
母親はすぐには答えず、部屋を出て行った。
彼は頭の中に渦巻く疑問とともにその場に取り残された。
数分後、母親は一枚の古い写真を手に戻ってきた。
「これを見て。」
彼女は写真を差し出した。
アキヒロが視線を落とすと、世界が一瞬止まったように感じた。
そこには幼い頃の自分が写っていた。そして、その隣には紫色の髪の少女がいた。
アキヒロの目が見開かれた。
彼はすぐに彼女を認識した。
それはアオイだった。
いつも読んでくださってありがとうございます！
初めての作品なので、温かい目で見守っていただけると嬉しいです。
コメントや評価をもらえると、とても励みになります！
これからの展開も、どうぞお楽しみに！
