(14)思わぬ擁護
「本当に身の程を知らない愚か者ばかりね! そんな者の顔など見たくもないわ! 今すぐここを出て行きなさい!!」
激高したフレイアの様子に、さすがに女生徒達はたじろいだ。そんな彼女達を庇うように、マグダレーナはフレイアの視線を遮る如く一歩前に出る。
「私達は勉学と他者との交流を深めるために、クレランス学園に在籍しております。教室から出て行かなければいけない理由はありません。私達の顔が見たくなければ、外へ出て行くことをお勧めします」
「どこまで馬鹿にするつもりなの!?」
「フレイア様、とにかく少しお静まりください」
「少し外に出ていましょう。ここは空気が悪いですわ」
冷静に言い返されたフレイアは、思わず手を振り上げかけた。それを取り巻きの生徒が二人がかりで押さえつけ、宥めながら半ば強引に彼女を教室から連れ出す。その様子を冷え切った眼差しで見送ったメルリースは、マグダレーナに向き直った。そしてあからさまな皮肉を口にする。
「存じませんでしたわ。今の今までそんな素振りを見せなかったのに、マグダレーナ様は意外に人を取り込むのがお上手でいらっしゃいますのね」
「取り立てて、取り込んだ記憶はありませんが……。ただ単に、これまで他者を貶めたり、本人の気が進まないことを強制したりしなかっただけですわ。そんな事を続けていたら、人心が離れるのは当然ですもの。要は、私の人徳のなせる業ですわね」
あなた達がしてきたような事をしてこなかっただけだと、暗に含んだ物言いに、メルリースの顔が歪んだ。
「臆面もなくそんな事を口にされるとは、どうやら恥というものをご存じないようですわね」
「日々勢力拡大に汲々としているさまは、見苦しいのを通り越して哀れさを誘いますわね。鏡に映った己の姿を、一度じっくりご覧になった方がよろしいのでは?」
「…………」
「メルリース様!?」
「どちらにいらっしゃるのですか!?」
マグダレーナが含み笑いで、忠告めいた内容を口にする。それを聞いたメルリースは、怒りを堪えつつ踵を返した。そのまま静かに教室を出て行くメルリースを、彼女の取り巻きの生徒達が追う。そこで教室が静まりかえると同時に、マグダレーナは疲れたように溜め息を吐いた。
(正直、ここまで揉めるつもりはなかったのだけど……。お兄様だったら、もっと上手くあしらえたのでしょうね。私もまだまだだわ。それにしても……)
そこで彼女は、声を上げた生徒達に向き直って尋ねた。
「あの……、皆さん? あのお二人に面と向かって、あそこまで言ってしまって良かったのですか?」
後で色々と支障が出そうであり、必要なら擁護する必要があるだろうとマグダレーナは懸念した。しかし予想に反して、彼女達に深刻さや悲壮感などは殆ど見受けられなかった。
「言ってしまったものは仕方がありません」
「それに本当の事ですもの」
「前々から言いたかった事ですし」
「確かにマグダレーナ様はきつい物言いをされますし、容赦がないとも言えますが、他人の悪評など口にされない方なのは分かっていますもの」
「何事にも真摯に、正面から取り組む方ですから」
「底意地の悪いあの方達とは、一線を画していますわ」
彼女達が口々に明るい表情で、苦笑交じりに告げてくるのを聞いたマグダレーナは、安堵と共に胸が温かくなる心地がした。
(勉強会とかで交流がある方はともかく、普段、それほど親しくしていない方からも、そんな風に言って貰えとは思っていなかったわ……。試験で満点を取った時より、遙かに嬉しい。私のことをそんな風に理解してくれていたなんて、なんだか涙が出そうだわ)
僅かに感動すら覚えていたマグダレーナだったが、そこで無粋な声が割り込んできた。
「あれ? マグダレーナ嬢、まさか感激のあまり泣きそうなのかな? 小姑の目にも涙ってところだね」
明らかに茶化しているその口調に、じんわりと浮かんでいたマグダレーナの涙が瞬時に引っ込んだ。そして険しい顔つきで、発言したイムランに視線を向ける。
「は? 誰が、感激して泣きそうだと仰るのですか?」
「雨が降りそうだな」
「…………」
そこで唐突にボソッと告げられた台詞に、教室内が再び静まりかえった。反射的に窓の外を見やったマグダレーナが、ゆっくりとディグレスに視線を向けながら問いかける。
「……ディグレス様。外は、雲一つない晴天のようですが?」
するとディグレスは、彼女と視線を合わせつつ真顔で頭を下げた。
「すまない。珍しすぎて雨ぐらい降りそうだと、思っていたことをついうっかり口にしてしまった。気分を害してしまったのなら謝罪する。申し訳なかった」
「謝罪など不要ですわ!!」
本気で腹を立てたマグダレーナが怒鳴りつけた瞬間、教室のそこかしこで堪えようとして堪えきれなかった笑いが漏れる。
「ぐふっ!」
「ぶふぁっ!」
それは男子生徒が中心であり、彼らは必死にマグダレーナと視線を合わせないようにしながら笑いを堪えていた。
「…………」
教室内を見回したマグダレーナは、いつの間にか教室に入って来ていたエルネストに気がつく。その彼もよくよく見ると机に突っ伏し、無言のまま上半身をプルプルと僅かに震わせており、それで否応なく彼女の怒りが爆増した。
(本当にどいつもこいつも! 一番腹が立つのは、この諸悪の根源よね!! 誰のせいで私がこんなに苦労していると思っているのよ!! この甲斐性無しがっ!!)
マグダレーナが心の中でエルネストを罵倒しているうちに教授がやって来て授業が開始され、ひとまず事態は沈静化したのだった。




