(13)鬱憤晴らし
「本当に、恥というものをご存じない方ね。そもそもキャレイド公爵家自体が、秩序など少しも重んじない家なのかもしれませんが」
「確かにそうかもしれませんわね。体面や権勢など全く気にしない家風のようですし」
「そうですわね。社交界においては強調と融和が重きを置かれておりますが、それが度が過ぎると強制と癒着になります。我が家は、そんな愚行を犯すつもりはありませんので」
やんわりと、そちらの振る舞いはどうなのかとの含みを持たせた台詞に、二人は瞬時に顔色を変えた。
「なんですって!? よくもそんな……」
「そんなことを、面と向かって公言して良いと思っておられるのですか!?」
その非難の声に、マグダレーナは淡々と言葉を返す。
「れっきとした公式の場で口にすれば、色々な意味で問題でしょうね。ですがここは社交の場ではなく、勉学の場です。そして幅広い交流を深めるために、設立された場でもあります。ある程度自由な意見の発言は、許されて然るべきでしょう」
「それが傲慢と言っているのです!」
「生徒だから、何でも許されると思っているのですか!?」
そこでマグダレーナは、鋭い視線を相手に向けながら語気強く指摘する。
「その言葉、そっくりそのままお返しいたします。あなた達は入学以来、自分よりも立場の弱い人間を親の権威にて従わせ、自らの都合の良いように動かされていました」
しかしそれを聞いてもフレイアとメルリースは恐れ入るどころか、鼻で笑って応じた。
「何を言うかと思えば……。何を見当違いなことを仰るのかしら」
「そうですわ。皆は進んで私達に従ってくれておりますのに」
「あら……、お二方は、面従腹背という言葉をご存じないのですね。良い機会ですから、教えて差し上げましょうか?」
この緊迫した場に相応しくない笑顔を見せながら、マグダレーナが申し出た。それを聞いた瞬間、フレイアとメルリースの顔から笑みが消え、怒りを露わにする。
「……私達を侮辱するつもりですか?」
「幾ら公爵令嬢でも、言って良いことと悪いことがありますわよ?」
「そうですか。皆さん、自ら率先してあなた方を盛り立ててくださっているのですか。それなら良かったですわ。最近お二方をお見かけしている時、親しくしている方が入れ替わったり、気のない方にかなりしつこく言い寄っておられるようで、それなりにご苦労されておられるようだと思っておりましたもので」
「…………」
さりげなく両王子派の勢力が流動化していること、更に徐々に離脱する家が出ていることをマグダレーナに仄めかされた二人は迂闊なことは言えず、表情を消して黙り込んだ。教室内の視線を一身に浴びたマグダレーナは、ここで二人に対して真摯に訴える。
「この際、はっきり言わせていただきます。社交界の権勢争いを、学園内に持ち込むのはお控えください。皆、卒業すれば嫌でも社交界のしがらみからは逃れられない身です。在学中だけは家同士の立場や自らの境遇をある程度忘れて、可能な限り制限ない交流の中で勉学に浸るひと時を過ごすことが」
「お黙りなさい!!」
自分の声を怒声で遮ったフレイアに対し、マグダレーナは溜め息交じりに告げた。
「そのような態度が、他者から見てどう思われるか判断できないのですか?」
「フレイア様!」
「お腹立ちは尤もですが、ここは気持ちを落ち着かせてくださいませ!」
「放しなさい、無礼者!」
取り巻きの女生徒が、焦ってフレイアの腕に手をかけつつ宥めにかかる。それを横目で見てから、メルリースが口を開いた。
「随分はっきりと仰るのね。でもあなたの言い分も、納得しかねるところがあるのですけど。私達はあなた方母娘の振る舞いについて噂されていることを、話題に出したのに過ぎないのですが。それなのに、どうして私達が責められることになるのでしょう。話題をねじ曲げた上に、誹謗中傷していると言っても過言ではありませんわよ?」
睨み付けながらの台詞だったが、それくらいで恐れ入るマグダレーナではなかった。当然、余裕の笑みを浮かべながら反論していく。
「そもそも他人を誹謗中傷するような話題を出してきたのは、そちら」
「マグダレーナ様は、悪意を持って人前で立場の弱い方を貶めるような人ではありません!」
「……え?」
ここでいきなり会話に割り込んできた第三者の声に、マグダレーナは勿論、フレイアとメルリースも呆気に取られながらその人物に視線を向けた。するとそのシェリーの周囲で、普段は下級貴族であるために何かとフレイアとメルリースに対して遠慮がちな女生徒達が、我先にと声を上げる。
「確かにマグダレーナ様は他人に対して厳しいところがおありですが、それ以上に自らを厳しく律していらっしゃいます!」
「それに公の場で、近日中に義理の姉になる方を見下して事細かにあげつらったとか仰いましたけど、どなたかから伺っただけで実際にご覧になったわけではないのですよね?」
「それにキャレイド公爵夫人やマグダレーナ様が本当にその方を冷遇されているなら、公の場で責めるような事はされないのでありませんか?」
「私もそう思います。そんなことをすれば、キャレイド公爵家が非難されるのは明らかですもの」
「ですから噂になってしまったようなことは、公爵夫人とマグダレーナ様が、その婚約者の方が後々恥をかいたりしないように、敢えて最初から事細かに教えて差し上げていただけだと思いますわ」
「第一、本当にその方を陥れたかったり恥をかかせたかったら、陰で間違ったことを教えたり、公の場で放置して困っているのを高みの見物でもすると思いますが」
普段、フレイアとメルリースに逆らう以前に、関わり合うこと自体をなるべく避けていた彼女達が真剣な面持ちで訴える様子を見て、マグダレーナは呆気に取られた。
(あの……、皆様、私を擁護してくれるのは嬉しいのですが、フレイア様とメルリース様に面と向かって反論してしまって良いのですか?)
マグダレーナが困惑しながら、心の中で彼女達に問いかけた。するとここで、普段見下している者達から一斉に反論されたことで、フレイアが癇癪を起こした。




