(12)あてこすり
婚約披露の夜会が無事に終わり、マグダレーナは学園の寮に戻った。その翌日、休暇明けの学園で、マグダレーナは遠巻きにされながら好奇の視線を一身に浴びていた。
「ほら、あの方よ……」
「綺麗な顔をして、やる事がえげつないんだって?」
(こういう空気は久しぶり……。初めての期末テストで、学年首席になった時を思い起こさせるわ)
あちこちで自分について噂しているであろう囁き声を拾いつつ、マグダレーナは堂々と足を進める。そして傍目にはいつも通り、教室のドアを開けた。
「おはようございます」
「あ、おはようございます。マグダレーナ様」
貴族科下級学年の教室内には半数程度の生徒が既におり、ドア近くにいた女生徒に挨拶しながらマグダレーナは教室内に入った。声をかけられた生徒と言えば、一瞬動揺した様子で挨拶を返すと、身体を引いてマグダレーナの進路を空ける。そのままマグダレーナは、自分の席に歩み寄った。
(予想してはいたけど。昨日寮に戻ってからも、周囲の視線が煩わしかったし)
溜め息を吐きたいのを堪えながら椅子に座った彼女は、鞄から私物を取り出しながらさりげなく周囲の様子を窺う。
(だけど一言言わせて貰えば、これまでだって社交界で嫁いびりとか散々噂されていた人や家があるでしょうが。多少派手に見せつけたくらいで遠巻きにしてコソコソ噂するとか、よほど話題がないのかしらね)
半ば八つ当たりじみた事を考えていると、教室の出入り口から挨拶を交わす声が聞こえてきた。声ですぐに入室してきた人物が誰か分かったマグダレーナだったが、素知らぬ顔で開いた教科書を眺める。するとその人物はまっすぐマグダレーナに歩み寄り、機嫌よさげに声をかけてきた。
「おはようございます、マグダレーナ様」
「おはようございます、フレイア様」
「マグダレーナ様が傍若無人なのは個性なのかと思っておりましたが、お血筋だったのですね。それであれば幼い頃からの振る舞いの矯正など、できるはずもありませんわ」
挨拶もそこそこに、嘲笑めいた台詞を面と向かって告げてきたフレイアに、マグダレーナは内心でうんざりした。
(それであれば、少しでも相手を貶す材料があれば絡んでくるのは、ナジェル国の国民性と考えてもよろしいでしょうか、王女殿下?)
自分はともかく母親まで含めて侮辱してきた相手に対して、マグダレーナは一切容赦するつもりはなかった。
「フレイア様は傍若無人な振る舞いを『個性』の一言で済ませられる、寛大なお考えの方だったのですね。私、今の今まで存じ上げませんでしたわ。それとも……、単に我が国の言語を良く理解されておられないだけなのでしょうか?」
「なんですって?」
ここで逆にあてこすられたフレイアが、顔色を変えた。すると普段彼女といがみ合っているメルリースが、不機嫌そうに割って入ってくる。
「マグダレーナ様、言葉遊びはお止めになった方がよろしくてよ? そういう物言いが、傍若無人と言われても仕方がないと思われますが」
その声に、マグダレーナはわざとらしい笑顔で向き直った。
「あら、メルリース様。おはようございます。今日もお元気そうでなによりですわ」
「たった今、あなたのせいで気分が悪くなったところです」
「そうですか? 不思議ですわね」
にこやかに応じるマグダレーナを見て、フレイアとメルリースは一瞬視線を見交わした。そして薄く笑いながら、息を合わせて話し出す。
「聞くところによると、あなたの兄君の婚約者が下級貴族出身で、知識や教養に乏しい方らしいですわね」
「それであなたとお母上が揃って、その方をご指導されているとか」
「はい。その通りです。それが何か?」
マグダレーナが平然と答えると、二人はネシーナに同情するような台詞を口にする。
「その婚約者の女性がお気の毒ですわ。例の婚約披露の夜会に参加された方から聞きましたが、その方を公爵夫人やあなたが使用人のように従えていたとか」
「それにその方の至らないところを、他の方々の前であげつらっていたとも聞きましたわね。本当に、母娘揃って情け容赦のない方ですわ」
「本当に酷いですわね」
「人間性を疑われても、仕方がないのではありませんか?」
(普段いがみ合って近寄りもしないくせに、こんな時だけ同調して人を非難してくるとわね。それこそ育ちが見えると言うものだわ)
揃って自分を見下しつつ蔑むような笑みを浮かべている二人に対し、マグダレーナは正直まともに相手をする気になれなかった。しかし周囲がどうなることかと固唾をのんで推移を見守っている状況であり、なにより言われっぱなしでいるのは彼女自身の矜恃が許さなかった。
「お二方とも、よほどお暇なようですね。私に対してそんな埒もない事を延々と口にしている暇が有るなら、もっと有意義な時間の使い方をされた方がよろしいのではありませんか?」
「なんですって?」
「兄の婚約者である方と母や私が関係している事であれば、これはあくまでもキャレイド公爵家内の問題です。元々第三者のあなた方が、それに対して口を挟んでくる義務も権利もないはずです。そこのところを、きちんとご理解ください」
マグダレーナは二人に対して、堂々と申し出る。しかし彼女達は、それで素直に納得するような人間ではなかった。




