(11)僅かな変化
「さて、本日の首尾だが……、近日中にマグダレーナ達とイムラン殿とディグレス殿との顔合わせを行うことにした。先方の了解を貰ったのでな」
真顔でランタスが口を開くと、その横でジュリエラが含み笑いで続ける。
「どちらも結構乗り気でしたが、最後の方はお二方とも『できればマグダレーナ嬢ではなくて、下の令嬢の方が』とか、ボソボソと仰っていましたね」
「お母様、面白がらないでください」
「それで場所なのだが、ノイエル男爵邸を使わせて貰うことにした。ここに呼びつけたり、お前達が向こうに出向いたら人目に付くのが確実だからな」
脱線しかけた話を、ランタスがすぐに軌道修正した。それにリロイとネシーナが頷きながら応じる。
「今夜、ネシーナが我が家で影響力を行使できないと周囲に思わせましたから、我が家との利権や縁故を得ようとノイエル男爵邸に入り浸る輩が無造作に増えることはないでしょうね」
「兄達にも話は通していますので、ご遠慮なく。貴族街のはずれですが治安に問題はありませんし、ここより出入りが目立たないはずですから」
「それでは遠慮なく、お邪魔させて貰います」
そこでランタスが、がらりと話題と口調を変えた。
「ところで、今日は参加者と満遍なく話をしてみたのだが、やはりこの一、二年で派閥の構成が流動化しているのを実感したな」
「明確に口に出さないまでも、これまで支持していたのを止めたいとか、他の方に乗り換えたいと考えておられる方が、それなりにおられるようですわね」
夫婦で静かに現状について口にすると、リロイが皮肉っぽく尋ねる。
「それらは、特にユージン王子派に多いのでは? 表には出ないだけで、色々やらかしていますからね」
それにマグダレーナは、思わず突っ込みを入れた。
「ユージン殿下は学園卒業後、王宮内で役職を頂いて公務に励んでおられるはずですが、色々しくじるように大叔父様達やお兄様が裏で糸を引いておられるのでしょう?」
「そうとも言う。今のところ、すこぶる順調だと言っておこう」
「お兄様達にとっては順調なのでしょうね」
半ば呆れながらマグダレーナが口にした。するとネシーナが、考え込みながら問いを発する。
「ユージン殿下が何らかの失敗をしたというのであれば、幾ら隠そうとしても噂になる筈ですが……。それが聞こえてこないとなると、対外的には殿下ではなく他の方の失態ということになっているのでしょうか?」
「その通り。それも十分に想定内だ。将来の国王とのパイプ役として優秀な身内や臣下を身近に付けたのに、自身の失敗を責任転嫁された挙げ句に使い捨てにされたりしたら、その相手に好感など持てるはずがないだろう?」
「なるほど。それもあって、後押ししている貴族の熱意が徐々に薄れているのですね」
リロイの説明で、ネシーナは納得したように頷いた。そこでジュリエラが、社交界についての所感を述べる。
「ゼクター王子派は、一足先にユージン殿下が公務に関わるようになって焦っているのか、締め付けが強くなって逆に人が離れている感じがしていますしね」
「確かにな。客観的に見るとジベトス伯爵より、バルナック伯爵の方が誰彼構わず声をかけていた。節操がなさ過ぎるとも言える」
ランタスも問題の王子二人の生母、それぞれの実家を挙げて評した。
「そうしますと、現状としてはどのような感じでしょうか?」
「割合にするとユージン王子派が三、ゼクター王子派が二、中立派が四と言ったところか」
「そうですか」
父の言外に含まれた内容を察したマグダレーナは、表情を消して黙り込んだ。そこでネシーナが、直近の台詞に対して控え目に質問する。
「あの……、公爵様? 今のお話ですと、合わせて十にならないと思いますが……」
それに答えたのは、ランタスではなくジュリエラだった。美しく微笑みながら、思わせぶりに告げる。
「そうですね。残りの一は、今夫が口にした方以外のどなたかを支持する派閥でしょうね」
「……失礼いたしました」
すぐに、公には表明されていないエルネストの支持者割合だと察したネシーナは、恥ずかしそうに俯きながら謝罪した。そこでマグダレーナが、空気を変えようと力強く宣言する。
「立場を明確にしていなくとも、そうと感じる貴族が一割出てきたのは朗報ですわ。中立派は、後でどうとでも対処できます。このままユージン王子派とゼクター王子派を、少しずつ削ぎ落としていきましょう」
「そうなるな。最小派閥の身では、なかなか骨が折れるが」
そこで気を取り直したネシーナが、満面の笑みのリロイに視線を向けながら尋ねる。
「でもリロイは他の人に嫌がらせをするのが大好きだから、願ったり叶ったりなのではない?」
「そうなんだよ、実に困ったことに」
真顔で深く頷いたリロイを見て、ネシーナは思わず笑ってしまった。しかしマグダレーナはとても笑う気分にはなれず、兄を指さしながらネシーナに訴える。
「全然困ったように見えません。それにネシーナ様、嫌がらせをするのが好きだと言われて嬉々として頷くような人間と、本当に結婚して良いのですか!? 思い直すのなら今のうちですわよ!?」
そんな事を言われたネシーナは、わざとらしく考え込む。
「そうですわね。ここが本当に、思案のしどころかもしれませんわ」
「おいおい、ネシーナ。そんな事を口にするのは止めてくれ。私の繊細な心臓が張り裂けそうなのだが」
「あら、繊細な心臓などありましたの? 今まで全く存じませんでした」
ネシーナがしれっと言い返し、それを聞いたリロイは悲しげに胸を押さえる。それを見たキャレイド公爵家の面々は揃って笑い出し、それからは楽しくひと時を過ごしたのだった。




