(8)茶番の始まり
リロイとネシーナの婚約披露の場である夜会の冒頭、会場である大広間に勢揃いした招待客を見回しながら、キャレイド公爵ランタスは落ち着き払って挨拶を述べた。
「皆様、本日は我が嫡男リロイの婚約披露の場にお集まりいただき、ありがとうございます。このたび縁あって、リロイはノイエル男爵家のネシーナ嬢との婚約が調いました。若い二人の今後に、幸多いことを願います。それではリロイ。皆様にご挨拶をしなさい」
そこで促されたリロイが一歩前に出て父と並び、誇らしげに宣言する。
「皆様、本日は私とネシーナ嬢との婚約祝賀の場にご参加いただき、ありがとうございます。彼女と二人、今後一層キャレイド公爵家を盛り上げていくのをここに誓います」
「それでは皆様、今宵は存分にお楽しみください」
ランタスの挨拶が終わると緩やかな音楽が奏でられ、それを契機に大広間にざわめきが戻った。それに伴い人が行き来し始め、マグダレーナは両親や兄とネシーナがいる場所から静かに壁際に移動する。会場全体が見渡せるそこで、マグダレーナは他者に邪魔されることなくグラス片手に冷静に参加者達の観察を始めた。
(今夜は派閥など関係なく、招待状を送っていたもの。ユージン王子派、ゼクター王子派、中立派とも入り乱れているわ。逆に言えば、幾ら違う派閥に属していても、顔を合わせれば挨拶もするし雑談をするのも自然な流れ。この機会に色々と動いて、自分の方に取り込めるきっかけを作っておこうと考える人間が出てくるのは当然よね)
そこでマグダレーナは、入れ替わり立ち替わり主宰者である両親に挨拶に出向いてくる者達に目を向けた。その順番は、暗黙の了解で社交界の序列に従っていた。
(ローガルト公爵に続いて、シェーグレン公爵も挨拶に来られたわね。お父様達とは一言二言、挨拶程度の会話で離れたけど、双方良い笑顔でいらっしゃる。既に周囲に知られないところで、やり取りはされているみたいだわ)
この間詳しい話は聞かされていなかったが、問題なく両公爵家と連絡を取り始めたのだろうと推察したマグダレーナは、改めて会場内の動向に目を向けてみる。
(先に当主に挨拶に出向くのは上級貴族の中でも公爵家や侯爵家と相場が決まっているし、伯爵家以下は最初は空気を読んで控えているものだけど……。この時間を逆手にとって、ジベトス伯爵とバルナック伯爵は早速精力的に動き回っていること)
彼女は半ば呆れながら、側妃達の実家である伯爵家当主達の姿を見やった。お互いに腹に一物を抱えながらのやり取りを、距離を取って眺めていたマグダレーナは、少々やさぐれた気分でグラスを傾ける。
(本当に、どれもこれも茶番すぎて……。自ら引き受けたことではあるけれど、本当に忌々しいわね)
そう思いながらも参加者の交流を観察していると、楽しげな声がかけられた。
「マグダレーナ、相変わらず一人で暇そうだね」
それが誰の声なのか分かりきっていた彼女は、ここで比較的平穏無事な時間は終わったと、うんざりしながら振り返った。そしてネシーナを引き連れてめぼしい参加者達に挨拶を終えたリロイに、素っ気なく答える。
「……たった今、一人ではなくなりましたわ。それにじっくりと人間観察をしておりましたので、全く暇ではありませんでした」
「そうか。それなら何よりだ」
「それではリロイ様。そろそろ別行動の時間ですわね」
ここで彼に付き従っていたネシーナが、笑いを堪える口調で告げた。するとリロイは真顔で彼女の手を取りつつ、憮然としながら訴える。
「全く……、私としては君の瞳に他の男の姿を映すことさえ、憤懣やるかたないのだがね」
「そう仰らずに。この機会に、色々と釣り上げたい方がおられるのでしょう? 後でゆっくり釣果を聞かせてくださいね?」
「期待していてくれ。最高に面白い話を聞かせてみせようじゃないか」
「楽しみにしています」
穏やかに微笑みながらネシーナが促すと、リロイはすぐに頷いて薄く笑いながら離れていった。予想外にあっさり離れていった兄を見て、自分に対する反応との違いを感じたマグダレーナは、既に兄の操縦法を会得しているらしい未来の義姉に賞賛の言葉を贈る。
「もう少し、いえ、かなりごねるかと思っていました。ネシーナ様、お見事です」
「ありがとう、マグダレーナ。ああ、今夜は人前ですから『マグダレーナ様』と呼びますからね?」
「はい、そうしてください」
互いに笑顔でそんな事を語り合っていると、少し離れた所から年配の夫人達が自分達に向かって近づいてくのを視界に捉えた。
「あら……、お兄様が離れた途端、徒党を組んでいらっしゃいましたね。ですが集団で来ないと嫌味や文句も言えないような方々なら、何を言っても大したことはないでしょうし、時間の無駄だと思いますが。あんな方々でも一応招待客ではありますので、仕方がないからお相手して差し上げましょう」
「あの方達を相手に、そんなことを平然と口にできるのはあなたくらいだと思うわ」
明らかに小馬鹿にする口調で五月蠅そうな女性達を評した未来の義妹に、ネシーナは苦笑を深める。その直後、マグダレーナの目の前にその女性達がやって来た。




