(7)最終確認
ネシーナがクレランス学園を卒業して一ヶ月後。リロイと彼女の婚約が公表されたことで、キャレイド公爵家と普段から交流がある家を中心として社交界に衝撃が走った。
上級貴族の中でも由緒正しい歴史あるキャレイド公爵家の嫡男に嫁ぐことになったのが、取るに足らない男爵家の令嬢であること。更に、これまで嫡男に対してあまり期待をしていないような言動をしてきた公爵夫妻が、盛大な婚約披露の夜会と挙式の予定を立てていること。この二点で、マグダレーナを後継者としてその婿がねを探しているのではと推察していた者達の衝撃は特に大きく、様々な憶測を呼んでいた。
そして婚約公表から更に二ヶ月が経過し、キャレイド公爵邸で婚約披露の夜会が開催される日になった。その昼下がり、マグダレーナは応接室の一つで、優雅にお茶の時間を楽しんでいた。
「いよいよこの日になりましたわね……。招待状を差し上げた方々からは、ほぼ全員参加の返事がきたと執事から聞きましたし、盛況な夜会になりそうです」
お茶を飲む合間に、マグダレーナが淡々と口にする。それに横からリロイが、上機嫌に口を挟んできた。
「そうだね。これもひとえに、私の人徳のなせる業かな?」
「寝言は寝てから仰っていただけますか? 興味本位か思惑がらみか、はたまた悪意からかのどれかに決まっているでしょうが。全く……」
半ば呆れながら言葉を返したマグダレーナだったが、ここで向かい側のソファーに座っている男性が、恐縮しながら頭を下げてきた。
「本当にキャレイド公爵家の皆様、特にマグダレーナ様には、今回ご迷惑をおかけします。妹をよろしくお願いいたします」
ネシーナの隣でひたすら恐縮しているノイエル男爵モーリスを見て、マグダレーナは彼の目の前で愚痴めいた台詞を口にしてしまったのを反省した。
(たかが婚約披露のための夜会、と笑い飛ばせないのが辛いわね。初めて顔を合わせたけど、ネシーナ様の兄上だけあって誠実そうな方だわ。以前伺った話では、お兄様が問題がありすぎる前男爵を隠居させた後は、我が家から差し向けた人員から教育を受けたのよね。お父様にさりげなく人となりを伺ったら、人品能力に問題なしと判断されていたし)
そこまで考えたマグダレーナは、モーリスと彼の妻であるアンナに対して、穏やかな笑みを向けながら声をかける。
「いえ、言葉足らずで申し訳ございません。ネシーナ様やノイエル男爵家に対して、不満があるわけではありませんのよ? 寧ろ、こちらの意向で今まで婚約を公にしていなかった上、婚約披露から挙式まで短期間で進めることになって、そちらの心理的負担の方が大きいのではと懸念しておりました。今回絡まれるのが必至なのは想定しておりましたので、ネシーナ様のことはお任せください」
それを聞いたモーリスとアンナが、揃って救われたような表情になって応じる。
「そういっていただけると、心強いです」
「今後とも、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお付き合いください」
そんなやり取りをしていると、リロイが上機嫌に会話に加わってきた。
「あはは、モーリス殿は心配性ですね。万事、私にお任せください」
「はぁ……、そうでございますね。よろしくお願いいたします……」
(お兄様に全面的に任せるのが不安だから、モーリス様のお顔が微妙なことになっているのではありませんか。分かって言っているのだから、本当にタチが悪いわ)
ネシーナとの話を進める上で、モーリスとリロイが関わらない筈がなく、これまでのあれこれでモーリスは相当な気苦労をされたり振り回されてきたのだろうと、マグダレーナは心底同情した。そこでネシーナが、改まった口調で話しかけてくる。
「マグダレーナ様、今夜はよろしくお願いします。事前にジュリエラ様にご指導を受けてきましたので、それほどご迷惑をかけることにはならないかと思いますが」
そこでネシーナに意識を向けたマグダレーナは、素朴な疑問を口にした。
「お母様からですか? 一体、何に関する指導でしょう?」
「ご婦人方からの誹謗中傷悪口雑言対処術です。取りあえず二百パターンほど、口頭と実技を交えて指導していただきました」
「…………」
にこりと微笑みながらネシーナが告げた途端、応接室内に沈黙が漂った。彼女の兄夫婦は勿論、リロイまでもが固まる中、マグダレーナは心の中で絶叫する。
(お母様! 私が知らないところで、何をなさっておいでですの!? それって一歩間違えたら、結婚前から嫁いびりに余念がない姑の行動そのものですわよ!?)
若干焦りながら、マグダレーナは慎重に口を開いた。
「あ、あの……、ネシーナ様?」
「大丈夫です。ジュリエラ様には、最終的にご満足いただきました。それで、大体のことには一人で対応できるかと思ったのですが、『後々の事もありますので、当日はマグダレーナを張り付かせておきます』と言われましたので」
何がどう母が満足したのだろうと突っ込みたい気持ちは山々だったものの、下手に追求しない方が良いと判断したマグダレーナは、僅かに顔を引き攣らせながら頷く。
「そうですか……。分かりました。それでは私も、今夜は心置きなくやらせていただきます」
「ですからお兄様、お義姉様。私がどんな方に囲まれていても大丈夫ですから、冷静に控えて傍観していてくださいね?」
妹から満面の笑みでそんなことを告げられたモーリス達は、そこで気を取り直して言葉を返してくる。
「分かった。元より極力目立たないように、会場の隅で控えているつもりだったからな」
「それでは私達は、こちらに寄ってくる方々を交わすことだけに専念しますね」
「ええ、そうしてください」
そんな最終的な打ち合わせをしながらも、夜会の開始時刻までのひと時を、マグダレーナ達はそれなりに和やかに過ごして親交を深めていった。




