(6)ろくでもない提案
イムランとディグレスとの密談で二公爵家の意向を把握できたマグダレーナは、直後の休日、屋敷に戻った時に父と兄に詳細を報告した。
「そういうわけで、ローガルド公爵家とシェーグレン公爵家の意向を、内々にですが確認できました」
「分かった。今後はそのつもりで動いていく」
応接室で向かい合って座っている父が重々しく頷いたのを見てから、マグダレーナは隣に座る兄に視線を向けた。
「それでお兄様に、周囲には極力知らせずに両家と接触を図る方法を考えて頂きたいのですが」
「任せろ。既にどちらにも、信用のおける者を潜り込ませてある」
「そんなことをしろと、誰が言った……」
「お兄様……」
リロイは満面の笑みで、打てば響くように答えた。それを見たランタスは額を押さえて呻き、マグダレーナは呆れ果てた顔つきになる。リロイはそんなことには全く構わず、楽しげに話を続けた。
「それにグリーズ商会は、両公爵家に出入りしているからな。やろうと思えば、今日中に連絡が取れるが」
「分かりました。全面的にお任せしますわ」
「ところでマグダレーナの目から見て、両家の嫡男はどんな感じなのかな?」
唐突にそんなことを兄から尋ねられたマグダレーナは、真顔で考え込みながら思うところを口にしてみる。
「どんな、と言われましても……。そうですね……、イムラン様は明朗快活で物怖じしない性格で、周囲から反感を買ったりしない世渡り上手なイメージがありますね。ですが、なんとなく抜け目がない感じがします」
「同感だね。それでもう一人の方は?」
「ディグレス様は、寡黙な方ですが、その分慎重で観察眼が鋭い感じがしますね。かといって優柔不断といった感じではなく、きちんと自分の意志に基づいて判断できる方だと思います」
「ああ、そんな感じだね」
自分の人物評に対して素直に相槌を打つ兄に、マグダレーナは若干面白くなさそうな視線を向けた。
「お兄様自身がそう判断されているなら、わざわざ私に尋ねなくてもよろしいかと思いますが」
「お前の判断と同じかどうか、確認したかったんだよ。どちらも性格に問題はないし、将来有望だと思うだろう?」
「はぁ……、まあ確かに、それはそうですね」
この兄は、一体何を言いたいのかと、マグダレーナは怪訝に思いながら頷いた。するとリロイはランタスに向き直り、笑顔で話を切り出す。
「父上。一つ提案があるのですが」
「何だ?」
「せっかく両公爵家がこちらと同じ意向であるのが判明した事ですし、今後を考えて、より強固で良好な関係を築いてみませんか?」
「うん? 何のことだ?」
「幸いなことに、私には未だ婚約者が決まっていない妹が三人もいます」
サラリと口に出された内容に、ランタスとマグダレーナが瞬時に反応した。
「おい、リロイ。ちょっと待て」
「……お兄様?」
「マグダレーナも含めて三人が彼らと意気投合したら、一気呵成で水面下での婚約を進めましょう」
ランタスは慌ててリロイを制止しようとしたが、彼はあっさり両公爵家との縁談について言及した。さすがに我慢できなかったマグダレーナは、兄に向かって声を荒らげる。
「お兄様!! 勝手に私達の縁談を進めないでいただけますか⁉︎」
その非難の声にも、リロイはびくともしなかった。寧ろ真剣な面持ちで、それらしいことを主張してくる。
「だが現実問題、マグダレーナにも未だ婚約者はいない状態だし、無理にエルネスト殿下に縁付けようとするつもりもない。この際、どんな縁でも良縁があれば、勧めてみようと思うのだが。間違ってはいないだろう?」
「ふむ……、それもそうだな」
「お父様、お兄様の口車に乗らないでください。お兄様は単に面白がっているだけですわ」
マグダレーナは、しおらしく聞こえる兄の台詞を一蹴した。それにリロイが苦笑いで応じる。
「酷いな。一割くらいは本気で妹の行く末を案じているのだが」
「贅沢を言わせていただければ、九割は本気で心配していただきたかったです」
うんざりしながらマグダレーナが本音を口にした。それに一瞬苦笑を深めたリロイが、真顔になって話を続ける。
「まあ、それはそれとして、イムラン殿の方は以前は婚約者がいたのだが、去年破談になっている。表向きは先方から断りを入れてきたことにはなっているが……」
「そうではないのですか?」
「相手やその家と手を切りたいイムラン殿やご当主が、裏から手を回してそう持ち込んだ気配がある」
「そうですか……」
「ディグレス殿の方はご両親が恋愛結婚で、家同士の結び付きでの縁談などは眼中にないらしい。自力で相手を探せと言われているそうで、これまでずっと婚約者はいないから好都合だな」
「本当に珍しいですわね。ですが……、まだミレディアは十三歳でエルシラは十一歳ですよ?」
自分はともかく妹達はどうなのかと、マグダレーナは渋面になりながら言及してみた。しかしリロイは冷静に話を続ける。
「その年で婚約者が決まる者もいるし、早すぎるというわけでもないだろう」
「それはそうかもしれませんが」
「何も、今すぐどうこうというわけではないから、まずは顔合わせをしてもらおうか。私だって妹と相性が悪い相手を、義弟にするつもりはないからね」
そこで穏やかに微笑まれたマグダレーナは、兄が本心からそう考えているのを察した。それに幾分安堵しながら、冷静に考えて結論を出した。
「そう、ですね……。実際に会わせた時の反応を踏まえて縁談の可否を考えるのであれば、私も異論はありません」
「勿論、マグダレーナ自身もその気になったら、いつでも言ってくれて構わないよ?」
「……分かりました。そうなる可能性は、限りなく低いでしょうが」
若干からかい交じりの声をかけられたマグダレーナは、溜め息を吐いてその会話を終わりにしたのだった。




