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一触即発

 翌朝。マグダレーナは気合を入れて、寮から学業棟に出向いた。そして顔見知りの者達ににこやかに挨拶しながら廊下を進んで行ったが、教室に入る直前、室内から神経質な金切り声が響いてくる。


「そこのあなた、お退きなさい! フレイア様がお通りになるのよ!」

「平民風情が、フレイア様の視界に入る事すら不敬なのが分からないの? 同じ部屋で勉学できる温情を感謝して、隅に行っていなさい!」

(一週間経っても相変わらずというか、寧ろ悪化したみたいだわ。いい加減にして欲しいわね)

 朝から爽やかな気分が霧散してうんざりしながら教室に入ると、出入り口近くで些か能天気な声をかけられた。


「あら、マグダレーナ様。おはようございます」

「おはようございます、フレイア様」

 自分の取り巻き達を喚かせて平然としているフレイアに対し、マグダレーナはいまだに好感を持てなかった。しかし傍目には優雅に微笑み返す。するとフレイアは笑顔ながら、妙に押しが強い物言いをしてきた。


「入学してから一週間経ちましたが、この間慌ただしくてあなたとゆっくり語り合う時間が取れずに、申し訳ありませんでした。あなたとは是非親交を深めたいので、今日の放課後にお時間をいただきたいわ」

(こっちはあなたに絡まれなくて、清々していたわよ。それにしても一方的に誘っておいて、こちらが時間を合わせるのが当然と言わんばかりの物言いとはね。呆れたわ)

 こちらが誘いをかけたのだから応じるのが当然と言わんばかりの態度に、目の前の見苦しい騒ぎも相まって、マグダレーナは気分を害した。しかし口調だけは穏やかに言葉を返す。


「先程、朝からご友人方のお声が、廊下に響き渡っておりましたが」

「ええ。二人とも私の周囲の環境を整えるために昼夜を問わず努力してくださって、本当に感謝しておりますわ。私がこの国の王妃になった暁には、二人とも厚く遇するつもりですのよ?」

(あらあら『王妃になった暁には』ですか。あなたの婚約者であるユージン殿下は確かに第一王子ですが、まだ立太子されていないのですが? 従ってあなたの婚約は、王太子相手ではなく第一王子と結ばれたものなのに。もうすっかり王太子妃気取りとは恐れ入るわ。王妃様以上に、おめでたい頭をしているみたいね)

 軽い嫌味のつもりが、相手は全く動じないどころか笑みを深めたため、マグダレーナは本気で呆れた。すると至近距離で、感極まった声が上がる。


「まあ、フレイア様! もったいないお言葉ですわ!」

「隣国からいらした未来の王妃様に誠心誠意お仕えするのは、貴族子女として当然ですのに!」

(お花畑脳の取り巻きは、蜜に群がる蜂か蟻ね。小者には違いないけれど、集団になると鬱陶しいだけだわ)

 全く現状把握ができていないお姫様と、その有象無象の取り巻きを、まともに相手にする気が失せたマグダレーナだった。しかしクラス内の優秀な生徒を、平民というだけで蔑ろにする行為だけは無視できないと、波風を立てるのを厭わずここで苦言を呈する事にする。


「お二人とも。先程、『当然のこと』と仰いました? あなた達の行為は、王家の意向に反しておられます。そんな事を公言したら不忠だと言われても申し開きができませんわよ? もう少しご自身の言動や振舞いに、留意された方がよろしいかと存じます」

 その言葉に、言われた二人は勿論、フレイアも怪訝な顔で振り返った。


「マグダレーナ様。一体、何の事を仰っておられますの?」

 周囲に微妙な緊張が満ちる中、マグダレーナは淡々と説明を始める。


「この学園に在学中は、王族であろうが上級貴族でだろうが一生徒として遇され、基本的に身の回りの事を自分で行うことになっております。それはこの学園設立時に、当時の国王陛下が定めた規則です。他国のご出身とはいえ、在学する以上はフレイア様もご存じないとは仰いませんよね?」

「……勿論ですわ」

「しかしこの一週間、フレイア様はその規則を蔑ろにしておられませんか? 食堂でお見かけしたところ、食事を受け取るのも食器を返却するのもご自分ではなさらず、ご友人がされておられたようでした。それにフレイア様とは寮が異なりますので真偽のほどは定かではありませんが、寮の自室にご友人が足繁く通い、室内の清掃や担当者と洗濯物の受け渡しをしていると伝え聞いております。それは事実とは異なるのでしょうか?」

「…………」

 穏やかな口調での問いかけだったが、フレイアは表情を消して口を噤んだ。その代わりに彼女の取り巻き達が、盛大に非難の声を上げる。


「マグダレーナ様! 有力な公爵家のご令嬢と言えど、一国の王女であるフレイア様に向かって無礼ではありませんか!」

「そうですわ! 幾ら宰相閣下のご親戚でも、その威光を傘にきてなんという失礼な物言いでしょう! 即刻謝罪された方がよろしくてよ!」

 その虚勢を張っているようにしか見えない様子に、マグダレーナは思わず鼻で笑ってしまった。


「あらあら……。『ご威光を傘にきて』ですか。隣国の王女殿下のご威光を傘にきているのは、どこのどなた様でしょうか。自らを小者だとあからさまにしているのに、それに気がつかないなど滑稽極まりないですわね」

「なんですって!?」

「誰が小者だと仰るの!?」

「勿論、あなた達の事です。この話の流れで、他に誰が該当すると仰るのでしょうか?」

「マグダレーナ様!」

「人を侮辱するのもほどほどになさいませ!」

 ますますいきり立った彼女達に対し、もう少しきつく言い聞かせておくかとマグダレーナが軽く相手を睨みつけたところで、少し離れた所から場違いな笑い声が湧き起こった。



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