(1)若干の不安
教養科から貴族科下級学年に進級したマグダレーナは、官吏科下級学年に進級したレベッカと密かに連絡を取り合い、ある日の放課後、第二教授棟の隠し部屋で落ち合った。
「レベッカ。こちらは貴族科上級学年のユニシアさんよ。去年からここで顔を合わせて、情報交換をしているの。ユニシアさん、こちらは官吏科下級学年のレベッカです。進級して貴族科下級学年の私とは所属が分かれてしまったので、今後はここで顔を合わせる機会を作ろうかと思っています」
互いに初対面の二人を、マグダレーナが紹介する。それに続けてレベッカが、上級生で貴族でもあるユニシアに向かって頭を下げた。
「ユニシア様、初めまして。レベッカ・シアーズと申します。よろしくお願いします」
「ユニシア・ヴァン・チガソンです。レベッカさんが優秀な生徒であるのは、これまでマグダレーナ様から折に触れ聞いていました。こちらこそよろしくお願いします」
事前に話をしていたことで、二人とも以前からの知り合いのように和やかな空気で挨拶を済ませた。そこでマグダレーナが、真顔になって話の口火を切る。
「早速ですが、ユージン殿下が卒業されて学園内でのいがみ合いが落ち着くかと思われましたが、最近は別の意味であまり良くない空気ですわね」
溜め息交じりのその台詞に、ユニシアも沈鬱な表情で頷く。
「ええ、その通りです。さほど重要でないとはいえ、ユージン殿下が少しずつ公務を任されるようになって、未だ在学しているゼクター殿下達は危機感を募らせています」
「私が所属している下級学年でも同様ですから、ゼクター殿下が在籍している上級学年なら尚更でしょうね」
「学園内でも、自派の勢力を少しでも拡大しようと躍起になっていますから」
そこでマグダレーナとユニシアは、苦々しい顔を見合わせた。そんな二人に同情する眼差しを向けながら、レベッカが冷静に報告する。
「そういう意味では、官吏科は平穏ですね。誰が次期国王になっても、する事は同じですから。まだ官吏になれるかどうか分からない青二才を、囲い込もうとする派閥もありませんし。ただ最近は官吏科の上級下級の学年を問わず、エルネスト殿下と親しくしている生徒が多いようですね。あと、意外に騎士科の生徒との交流も多いみたいです」
「相変わらず勉強で分からないことを臆面もなく教えてくれと頼み込んだり、同じ寮で生活している方々に遠慮などせずに話しかけているのでしょうね……」
「何というか……、本当にのびのびとお過ごしですわね……」
エルネストの動向を聞いたマグダレーナ達は、苛立たしさと呆れを等分に含んだ表情で感想を述べた。そこで少しの間沈黙が漂ったが、気持ちを切り替えたユニシアが声をかけてくる。
「それでは、最終確認をさせて貰って良いですか?」
その問いかけに、マグダレーナは落ち着き払って答える。
「ええ。学年末休暇の間に、次期国王にエルネスト殿下を推挙しました。それは陛下の了承を得ています」
それを聞いたユニシアとレベッカはある程度予想していたらしく、驚きはしなかった。
「確かに推すのは一番難しいですが、エルネスト殿下が一番まともな気がしますね」
「そのことはご本人に報告しているのですか?」
「いえ、本人が卒業するまで内密にしておく予定です」
「え? ご本人にも秘密にしておくのですか?」
「その理由をお伺いしても良いですか?」
揃って戸惑いながら問いを発した二人に、マグダレーナは渋面になりながら思うところを述べる。
「これまで遠回しに即位する意志があるのか尋ねてみたのだけど、それが全く認められなくて。それどころか、即位するなど面倒だと思っているのが濃厚です。迂闊に立太子予定だなどと漏らしたら、周囲に暴露した挙げ句に遁走するのではないかと考えています」
「さすがに、そこまではされないのでは……」
「ですが、殿下に卒業まで秘密にするとして、卒業後に立太子や即位を素直に受け入れるのでしょうか?」
困惑の色も露わにレベッカが発した台詞に、マグダレーナは幾分険しい表情で応じる。
「現時点では無理でしょうね。だからあと二年のうちに、殿下を説得する交渉材料を探ることになるわ」
「うわぁ……」
「そうなりますか……」
「そういう事なので、これからも情報収拾をよろしくお願いします」
無茶ぶりが過ぎると思ったものの、マグダレーナから真摯に頭を下げられたユニシアとレベッカは、瞬時に腹を括った。
「分かりました。お任せください」
「全力でお手伝いします。あ、エルネスト殿下といえば、最近事務係官と親しくしているそうです。官吏科の生徒が、そんな話をしていました」
ふと思い出したようにレベッカが話題を出してきたことで、マグダレーナは興味深そうに尋ねた。
「どんな事を話していたの?」
「事務係官の管理棟は、何か手続きとか教授に頼まれた時くらいしか、生徒は出向かないですよね。でも偶々同じクラスの生徒がそこを歩いていたら、エルネスト殿下と出くわしたそうです。どうしてこんな所にいるのかと尋ねたら、事務係官の話が面白いから聞きに来ていると言ったそうです」
「事務係官の話を? どんな話なのかしら?」
「すみません、そこまでは……。男子生徒達が話しているのを、小耳に挟んだだけなので……」
そこでレベッカは、申し訳なさそうに謝罪した。それにマグダレーナは笑顔で首を振る。
「いえ、大体分かったわ。以前にも殿下は事務係官と一緒に、窓枠の修繕などをしておられましたし。基本的に、好奇心旺盛な方なのでしょうね。ただその方向性が、一般的な王族のそれとは、著しく方向性が異なっていますが」
それを聞いたユニシアとレベッカは、揃って唖然とした顔つきになった。
「窓枠の修繕? 殿下が、ですか?」
「それって……、あまり多くの人に目撃されたら、王族らしくないとか非難されないですか?」
「体面的には、確かによろしくありませんね。そういう事が周囲に広く知られるようになっても、今だったら笑われるだけで済むでしょう。ですが実際に立太子される時期になったら、そのような行為が国王に相応しくないと、頭の固い保守的な方々が攻撃材料にするかもしれません」
マグダレーナが憂いを含んだ表情で口にすると、ユニシアとレベッカも同様の面持ちで頷く。
「確かに、その通りですね」
「本人は次期国王に推挙されたのを知らないわけですから、『国王に相応しくないと非難される材料になりかねません』と注意するわけにもいきませんし……」
「そういう訳ですので、もしそのような場面を目にする機会があったら、他の方の目に触れないようにフォローするか、止めるように声をかけてください」
「上のお二方とは違った意味で、困った方ですね」
「本当に、エルネスト殿下で良いんでしょうか……」
マグダレーナの言葉に頷きながらも、ユニシアとレベッカは不安が拭えない表情を隠しきれなかった。




