(32)消去法の結果
「その前に、陛下に幾つかお伺いします。陛下が重臣達から半ば脅迫され、無能な父王を叩き出して即位したのは存じておりますが、その時にどのように国を治めていこうと思われたのか、またはどのような国を理想としておられたのかをお聞かせください」
質問に問いで返されたレイノルだったが、特に気を悪くする素振りは見せず、真顔で考え込んだ。
「当時の事か、そうだな……。だが、大して何も考えてはいなかったと思うが。何しろ、問題が山積していたからな。同時進行で対処しなければいけなかったし、理想も何も無かったというのが正直なところだ」
それを聞いたマグダレーナは、深く頷いて話を続ける。
「それはそうでしょうね。ただそれでも漠然と、国民が安全に過ごせる状態にしたいとは思っておられたのではありませんか? 他のどうでも良い有象無象がどうなろうと知ったことではないかと思いますが、陛下が大切に思っておられる方々がこの国で生活しておりましたし」
その遠慮のない物言いに、レイノルは苦笑しながら言葉を返した。
「確かに、そう言われたらそうだろうな。これで答えになるか?」
「はい、結構でございます」
そこで頷いたマグダレーナは、冷静に話を続けた。
「それでは、話を元に戻します。陛下の治世は良すぎました。危機からの劇的な回復と更なる繁栄を遂げ、今現在では陛下は崇拝に近い状態です。この状態で王子殿下以外の後継者を選定すると国内の混乱を引き起こし、それが収まらない可能性すらあります」
「そうなると、やはり三人のうちの誰かになるか。それは十分予想されていたがな」
「ええ、順当とも言えますね。ただし上のお二人は、それぞれ後見する貴族の数と力がそれなりにあるものの、本人の気質、能力ともに国王に相応しいとは思えません」
早速上の二人を切って捨てたマグダレーナに対し、レイノルは面白がるような表情で反論してくる。
「逆説的に言うなら、変に頭が切れない者の方がお飾りとして扱いやすいと思うが? 国王に据えるだけにしておいて、有能な側近や家臣が国政に携われば良いだろう」
「お二人ともその有能な側近や家臣を従えたり、活かす事ができない御仁かと思われますので」
「随分と見切りを付けられたものだな。それで? 残りの一人はどうだ?」
含み笑いで話の先を促してきた相手に、マグダレーナは内心で反発した。
(息子の名前も言及しないのね。何となく分かってはいたけど)
三人とも、血を分けた息子として認識していないらしい主君の酷薄ぶりを再認識したマグダレーナは、苛立ちを抑えつつ会話を続けた。
「エルネスト殿下は、ご両親から全く期待されておられません。幼少期から、顕著な才が見られなかった故かと思っておりましたが、ご両親の対応にも色々と問題がおありだったご様子ですね」
「マグダレーナ。ここで言うべき事ではないぞ」
真っ向から国王に皮肉をぶつけた妹に、リロイは慌てて制止しようとした。しかいレイノルは鼻で笑ってから、平然と言い返す。
「あんな女が産んだ子供など、例え非凡な才があっても興味はないな。それにあれ自身も、母国からも国内の貴族からも後見されない惨めな女の上、自分の存在意義を微塵も高めない息子などに全く関心を向けていないのだから、お互い様だと思うが」
「王妃陛下が母国から半ば放置されているのは、陛下との仲が結婚当初から冷え切っていて、二国間の貿易交渉に全く益がなかったからだと思われるのですが」
「即位当初、この国への侵攻を仄めかしていた奴らの機嫌を取るために、性格の悪いあれを引き受けて王妃の称号も与えてやったのだ。それ以上の義理はないし、要求に応じるつもりもない」
「ええ、その辺りは大叔父様から伺って理解しております。話を元に戻しますが、そんな風にご両親を初めとして、王宮内で半ば放置されていたエルネスト殿下ですが、幸いなことに性格だけは善良に成長されました」
「あれにとっては、両親に似なくて幸いだったな」
「ええ、全く、本当に、心の底からそう思いますわ」
他人事のように口にするレイノルに、冷え切った眼差しと声音で応じるマグダレーナ。ここでさすがにテオドールが、空気の悪さに辟易したように口を挟んでくる。
「……陛下、それくらいにしてください。マグダレーナ、お前もだ」
「これくらい言っても罰は当たらないと思いますが、自重いたします」
「そうしてくれ」
そこで気持ちを切り替えたマグダレーナは、核心について触れた。
「エルネスト殿下ですが、過日、『臣籍降下されて領地運営をする時、具体的にどのような事を心がけていきたいのか』とお伺いしました。すると殿下は『自分の生活が平穏無事そのものだと、意識させない生活を送って貰いたい』と仰いました」
「…………」
それを聞いたレイノルとテオドールが、表情を消してマグダレーナを凝視する。しかしリロイは、困惑したように問いを発した。
「マグダレーナ? それは一体、どういう意味だい?」
「つまり、人というものは生活に余裕がない危機的状況に陥ると、それ以外の平穏な生活をありがたく認識する。つまり自分の生活が凄く恵まれていると自覚しないまま、多少の不平不満を漏らすような生活が送れれば、その人は凄く幸せだと言えるのではないかと言っておられました」
「はぁ……、うん、まあ、言っていることは分かるが……」
そこでマグダレーナは、考え込み始めた兄からレイノルに視線を戻した。
「エルネスト殿下には、権勢欲も自己顕示欲も見受けられません。そして現時点では国政を問題なく動かすだけの手腕はなく、託せる側近もおられません。しかし私は国王として尤も重要な資質は、この国で生活を営む人々の生活を守るのを第一に考える意思だと考えます。故に、次期国王に相応しいのは、エルネスト殿下をおいて他にはおられません」
(ああ、とうとう言ってしまったわね……。もう撤回とかできないわ。でも散々考えてみたけれど、ユージン殿下やゼクター殿下に任せたら、確実に今より悪くなる予想しかできないもの。それだったら未知数のエルネスト殿下の方が、まだましかもという消去法なのだけど……)
断言してしまったものの、本当にこれで良かったのだろうかと一抹の不安がよぎったマグダレーナだった。そしてそのまま、目の前の国王と宰相の反応を待った。




