(29)予期せぬ遭遇
その日の授業が終わり、レベッカと共に教室を出て廊下を歩き出したマグダレーナは、校舎の正面玄関ホールに繋がる辺りで人垣が目に入った。それと同時にざわめきも伝わってきたため、彼女は首を傾げながらレベッカに尋ねる。
「何かしら? ホールに人だかりができているけど」
その問いかけに、レベッカは笑いを堪える口調で言葉を返した。
「マグダレーナ様、お忘れですか? 今日は、この前の定期試験の成績優秀者リストが掲示される日です」
「……ああ、そうだったわね」
すっかり失念していた彼女は、微妙に視線を逸らしながら足を進めた。そのままホールに入り、壁際に固まっている人垣に近づく。するとその何人かがマグダレーナに気がついた瞬間、動揺を露わにしながら後ずさりした。それが周囲の生徒達に伝染したかのように、次々と彼女の進行方向が開いて道ができる。
「凄いですね、マグダレーナ様の効果」
「私を人避けみたいに言わないでくれるかしら」
半ば感心したようなレベッカの口調に、マグダレーナは憮然としながら応じた。そのまま壁際まで移動した二人は、貼り出されているリストを見上げて内容を確認する。
「…………」
確かに全力で試験に挑んだものの、再び僅差でグレンを抑えて学年一位の座を得たマグダレーナは、何とコメントしたら良いか咄嗟に迷った。すると横から、レベッカがしみじみとした口調で告げる。
「ええ、まあ、何というか……、予想通りと言えば予想通りですよね。マグダレーナ様は、いつでもどこでも手を抜いたりしませんもの」
「褒め言葉と思いたいわ」
「褒め言葉以外の何物でもありませんが。はぁ……、もう少し上に行きたかった……」
「二十位でも十分立派な成績でしょう」
「ありがとうございます」
そこで二人は笑顔を見合わせ、互いの健闘を称え合った。レベッカはそれから周囲の様子を窺い、好奇の視線を向ける者はいても不穏な気配を漂わせている者がいないのを見て取って、安堵したように囁く。
「それにしても……、前期の期末試験の時にあれだけの騒ぎになりましたから、今回は静かなものですね」
「これでまだ騒ぎを起こすような愚か者だったら、この場で引導を渡してあげるわ」
「怖いですよ、マグダレーナ様」
そこで二人は踵を返して歩き出したが、やはりマグダレーナに絡んだり難癖をつけてくる者は皆無だった。
「マグダレーナ様。試験も済んで、あとは特別講義などを受けるだけですが、学年末休暇に入ったらどうするおつもりですか?」
マグダレーナが受けている密命を把握しているレベッカは、少し心配そうに尋ねてきた。それに彼女は、落ち着き払って頷いてみせる。
「それなりに考えてはいるわ」
「そうですか……。ところで今日は、これからどうされるおつもりですか?」
「色々疲れたから、ちょっと一人で散歩してから寮に戻るつもりよ」
「分かりました。それではここで失礼します」
「ええ、また明日」
講義棟を出てすぐのところでレベッカと別れたマグダレーナは、考え込みながら歩き始めた。
「さてと……。庭園も良いけど、ちょっと静かなところの方が良いのよね。裏の厩舎の方にでも行ってみようかしら。あそこに行く途中に、ベンチもあったし」
気分良く歩き出したマグダレーナだったが、講義棟を回り込んで隣の棟の横を進んでいくうちに、前方に見慣れた生徒がいるのを認めた。
(あら? あそこにいるのはディグレス様よね? こんな所で、何をしているのかしら。変にコソコソ隠れているみたいに……)
普通に道を歩くのではなく、その身体を樹の陰に隠すようにしながら移動しているディグレスを見て、マグダレーナは困惑した。そして何気なく彼の進行方向に目を向けた彼女は、ディグレスの行動の理由を察する。
(ああ、なるほど。そういう事ね。でもエルネスト殿下に興味を持っているとなると、シェーグレン公爵家でも色々と思うところがあるのかしら?)
少し先を歩いている生徒がエルネストだと見当付けたマグダレーナは、今日は厩舎の馬の世話でもしに行くのかしらと一瞬だけ考えた。しかし次の瞬間、彼女の興味は目の前のディグレスに移った。




